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都市伝説・・・奇憚・・・blog

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デウス号埋蔵金

2010.05.12 (Wed) Category : 都市伝説・伝説・伝承系

ちょっと表現としては「埋蔵金」という言葉が適切かどうかは微妙だが、今回紹介するのは海底に沈没した財宝である。

一般的に「デウス号埋蔵金」として知られるもの。

関係する人物は、戦国~安土桃山~江戸時代の大名、有馬晴信(1567-1612)。
1571年、兄の有馬義純が早世したため家督を継承。

家督を継いだ当初はキリシタンを迫害していたが、後にアレッサンドロ・ヴァリニャーノによる鉛、硝石などの軍事物資の提供によって敵軍を斥けた事に感謝して1580年に洗礼を受けて「ドン・プロタジオ」という洗礼名を持ち、以後は熱心なキリスト教徒となった。

1587年に豊臣秀吉の禁教令が出されるまで、数万を超えるキリスト教徒を保護していたという。その後も個人的にはキリスト教信仰を守り続けていた。

文禄・慶長の役では、同じキリシタン大名の小西行長の軍に属して従軍、渡海し、26歳から32歳までの7年間を朝鮮で過ごしている。

1600年、関ヶ原の合戦では当初、在国のまま西軍に属したものの、西軍惨敗の報を聞くなり東軍に寝返り、小西行長の居城であった宇土城を攻撃、その功績により旧領を安堵された。

ところが運命を暗転させる事件が起きる(岡本大八事件)。
1609年、マカオで晴信の朱印船の乗組員がマカオの市民と争いになり、乗組員と家臣あわせて48人が殺されるという事件が起きた。

晴信はこれに怒って徳川家康に仇討ちの許可を求めた。
そこへマカオにおけるポルトガル側の責任者アンドレ・ペッソア(Andre Pessoa)がノッサ・セニョーラ・ダ・グラーサ号(マーデレ・デ・デウス号)に乗って長崎に入港したため、晴信は船長を捕らえるべく、多数の軍船でポルトガル船を包囲した。

ところが船長は船員を逃がして船を爆沈した。
この事件の後、家康の股肱、本多正純の家臣であった岡本大八が、晴信に近づき、黒船を沈めた恩賞として家康が有馬の旧領を戻してくれるだろうと持ちかけた。

が、これは偽りであり、岡本大八は晴信をだまして口利き料として多額の金子を受け取っていた。
これが発覚し、家康は激怒。岡本大八は火あぶりになり、晴信もまた贈賄の罪をとわれて甲斐国初鹿野に追放された後で、死罪となった。

(以上wikiより)

今回沈んでいる財宝というのは上記にあるマーデレ・デ・デウス号(以後デウス号と表記)が積んでいた財宝。

デウス号自体は単なる貿易船で、今回の入港もポルトガルが日本との貿易を行うためであり、船には金塊112kg、銀9750kgなど、数億円の財宝が積まれていたという。

徳川時代以降、数回にわけて引き上げが行われており、数百貫の財宝が引き上げられたが、未だ全貌は不明という。

場所は長崎県長崎市の長崎港付近。
いずれすべてが引き上げられるかもしれない。



 




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