都市伝説・・・奇憚・・・blog
孫に会えたばあちゃん
2008.06.28 (Sat) | Category : 誰も信じない人へ
私のばあちゃんの話です。
文才も無く、長くなりそうですので無視、スルーOKです。
ばあちゃんは私を含め孫を本当にかわいがってくれた人でした。
ばあちゃんが作った和食が嫌で、当時くそガキの私は
「こんなんじゃなくてカレーが食べたい」
と出来上がったばかりの食事を前に言ったことがあります。
ばあちゃんは何も言わず今作ったばかりの食事を捨て、作ったこともないカレーを懸命に作ってくれました。
明治生まれのばあちゃんはカレーなど作ったことは無かったのでしょう。
勝手がわからず作ったであろうカレーは野菜は白菜、肉の変わりにソーセージや竹輪なんかが入っておりました。
できあがったカレーを見て、子供とはいえ私は悪いと思い、さすがに文句言わずに食べましたね。
今でもあの時のカレーの味は忘れられません。
ぼけ始めてからも孫が集まると
「内緒でお小遣いをあげるでお菓子買いな」
とお金を握らせてくれたばあちゃん。
(大金は持たせられないからという理由でお金を持っていないはずの祖母が握らせてくれたのは15円でした。)
いつも孫に優しい、穏やかで、ぼけてからもかわいいばあちゃんでした。
話がそれてますね、すみません。
「○○のお嫁さんを見たいねぇ」
「曾孫を見たいねぇ」
と言っていたばあちゃんは、私の嫁さんも、当然曾孫も見ることなく私が高校の時に亡くなりました。
そして7年の後、私は結婚。
結婚2年後には子供も生まれ本当に幸せでした。
が、息子が5歳の時それは突然やってきました。
「白血病」
この病気は自覚症状が少なく、まわりから見てもなかなかわかりません。
その上、調子が悪いから心配だと診て貰った医者では風邪だと診断。
発見はさらに遅くなり、入院時にはかなり進行した状態でした。
(型、発病年齢、進行状態等によりリスクが変わり、治療法も異なります)
自宅からかなり離れた大学病院を紹介され、病室で眠る息子を前に泣きました。
採血で何回も痛い注射をされ、点滴や心電図用のモニター等いくつもの機械に囲まれながら
「パパ、大丈夫?」
と私を気遣う息子。
こんなに優しい子がなぜ?という気持ちと、この子を失うかもしれない恐怖の中、私は一晩中泣きました。
泣きながら願いました。
神様に、そしてばあちゃんに。
「ばあちゃん、ばあちゃんの曾孫だよ。お願いだ!まだ連れて行かないでくれ!守ってやってくれ!」
その日から息子の辛い治療がはじまりました。
治療を進めていたある日、息子が言いました。
「もう大丈夫だって言ってたよ。」
医者は私に決して大丈夫などと言いませんでしたし、治療も先は長いものでしたから不思議に思い、誰がそういったのか息子に聞くとしらないおばあちゃんがベッドにきて
「悪いムシムシはいなくなるからね、もう大丈夫。」
と言ったとの事。
妻と私のどちらかが常に息子のそばにいるが、そんな人がきた事はない。
まして、来たのは面会時間以外のようだ。
腑に落ちないままになっていたある日、またあのおばあちゃんが来たと言う息子。
今回は私がお茶を買いに出た数分間のことですし、本当におばあさんがいたのなら廊下で必ず私とすれ違うはず。
実際私は看護士さん以外誰にもすれ違っていません。
?と思っている私に息子が、
「○○(私の名前)が心配だって言ってた。ちゃんとご飯食べなきゃって。」
なぜかはわかりませんが直感的に死んだばあちゃんだと思いました。
不思議なものでばあちゃんだと確信してしまったのです。
それ以降、ばあちゃんは息子の前に出てきませんでしたが私はばあちゃんが守ってくれているのだと思い、
心が少し軽くなった気持ちがしました。
”ばあちゃん、息子が元気になったら絶対墓参りに行くからな”心の中で思いました。
息子は退院し、今は小学校にもちゃんといっています。
この病気は再発は心配ですが、漠然と大丈夫だと思っています。
そういえば私には霊感など全くありませんが、病院では色々と不思議な話を聞いたり不思議な現象を見たりして驚きました。
なのに自分のこの事件は全く驚きもせず、不思議にも感じませんでした。
今思えば不思議ですね。
長文な上、文章下手ですみませんでした。
読んでくださった方、ありがとうございました。
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Title : 無題
すごくいぃ話しですね
私もすごく優しかったひばあちゃん思い出しました
何故か優し気持になりましたよo(^-^)o
ありがとうm(__)m
りの 2008.06.28 (Sat) 03:20 編集
Re:無題
りのさん>ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
2008.06.29 16:05