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都市伝説・・・奇憚・・・blog

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後悔はない

2007.12.04 (Tue) Category : 誰も信じない人へ

俺が厨房の時の話。 

俺は河原を知らない男の人と歩いていた。 
その河原は灰色の漬け物石みたいな石がごろごろしていて、草一本生えて無いなんともまぁ無機質な所で。 
しばらく歩くと岩山みたいなのがあって、そこには真っ赤な鳥居があったんだよ。 
その鳥居をくぐって岩山を登ると、その河原の周りが一望できた。 
でも川が一本流れてる以外、やっぱり何もない。 
暫くぼーっとしてると、川の向こうで誰かが手を振ってきたんだよ。 
良く見たら、俺の母親なのね。 
両手を挙げて笑顔で手を振ってるの。俺も手を振り返した。 
そこで目が覚めた。 
で、周りを見回して状況を把握したんだよ。 
その時は母親の通夜2日目の最中で、俺はお線香の火の番をしてたんだって・・・。 

その時は周りの大人たちは母親の事を「若くして亡くなった可哀想な人」だとか、俺の事も「受験の目前に母親を無くした可哀想な子供」とか言って、兎に角「不幸な人」ってのに祭り上げちゃってくれてさ、それがすごい嫌だったのね。 
だけどその夢の中の母親の笑顔を思い出したらさ、そりゃ未練はあっただろうけど「後悔はない!」って表情だった気がしたんだ。 
確かに若くして亡くなったのは悲しい出来事で不幸な事だけど、 
決して今まで母親が生きて来た人生は「不幸」の一言でで片付けられるものじゃないし、俺も悲しんでるんじゃなくて、母親の死も乗り越えて強く生きてる方がきっと嬉しいんだろうな~って悟った。 

「ただの夢だろ?」って言われたらそれまでだけど、それを機に俺は精神的に強くなれた気がするよ。







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最後に会いたい人

2007.12.04 (Tue) Category : 誰も信じない人へ

ペットの話はご法度かもしれないのですが...。伝聞なので書かせてください。 
祖母から聞いた話です。祖母が若いころ、かっていた犬は、雑種でしたが、とても賢く、曾祖母が
「買い物にでも行きましょうか」
と言えば、それがだれに対して言った言葉であっても反応し、曾祖母に「おんぶ」をねだったそうです。 
(おんぶしてもらって外に行くのが好きだったようです) 
野犬が社会問題となっていた時代で、首輪や鑑札など義務化されていない時代ですから、「犬団子」と呼ばれる、野犬を殺すための毒団子が道端にあったり、犬こ○しと呼ばれる職業の方が、首輪や鑑札のない犬をつかまえて、保健所へ連れて行くこともしばしばでした。 
ポチ(仮名)というその犬は、
「犬○ろしだ」
といえば、家の中にいてもスグに押し入れの中に設置された自分の寝場所へ戻り、おとなしく寝たふりをし、散歩中(といっても、引き綱などしていませんが)に、おいしそうなものを見つ 
けて走り寄っても
「毒団子だ」
といえば、決して口にしない、それほど賢い犬だったそうです。 
曾祖母と買い物に行ったとき、当時は珍しくなかった馬車が、カーブで少しゆらぎ、車輪があわや曾祖母をひっかける、と思った瞬間、ポチはそれほど大きな体ではなかったにもかかわらず、曾祖母の前に立ち、あっという間に馬車の車輪にひっかけられてしまったのだそうです。 
祖母はそのとき、女学生で学校へ行っていました。帰宅してみると、座布団の上に、ぐったりしたポチがのせられており、曾祖母が
「あんたが帰るまでと思ったけど、死んじゃったみたいだよ」と、しんみりと語ったそうです。 
ところが、呼吸も既に止まっていたはずのポチが、がっと首をもたげ、祖母を見た瞬間、がばっと血を吐き、くぅんと鳴いたあと、ゆっくりと頭をもとへ戻したのだそうです。 
祖母は、泣きながら
「ポチ!ポチ!」
と名を呼んだのですが、二度とポチが目を開けることはなかったといいます。 
曾祖母から、祖母は
「犬は、本当に会いたい人に会うまで、死ねないものなんだよ」と聞かされたそうです。 
長文失礼しました。 







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自殺した友人に思いを馳せる

2007.12.04 (Tue) Category : 誰も信じない人へ

418 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:01/10/03 13:07 
そんなに怖い話じゃないんだけど、とりあえず今俺の身に起きている事実。友人の友人とかじゃなくてね。 

去年、自殺した友達がいるんだ。去年の4月。GWに入る直前だった。 
まぁ悲しくてね、当然。俺はなんだと。なんなんだと。友人の苦しみを判らずに情けない。一通り悩みましたよ。今でも心に引っかかってます。 

でね、お葬式も終わった5/1。去年の5/1にね、グリーディングカードが届いた。ほら、インターネットでやるやつあるよね。自殺した友人から。 
内容は他愛も無い事。いやまぁそれだけなんだけどね。 
ただ、未だに毎月届いてるのさ。1日になると必ず。文面の少しづつ 変化していっている。一昨日届いたのね。 
「ここはいいぞ。何にも苦しみがない。」だってさ。 
多分ね、死ぬ前にそうやって死後に喜びを見出していたんだと思うけど。 

420 名前:418 投稿日:01/10/03 15:31 
>419 
まぁ多分ね、ヤツにとってみれば、自分が我々の世界にいた何かを残しておきたかったっていうのがあったんだと思うんだ。 
未だに送られ続けられる身にとってはたまらんけどね。 
でもヤツにはそういう寂しさがあったんだろうね。 
だからこの話、機会があったら誰かに話してあげて。それがヤツにとっても一番の供養だと思うから。 

426 名前:418 投稿日:01/10/03 18:24 
>423 
424の言うとおりだと思う。多分ね、自殺する前にイッパイ予約入れたんだよ。 
自分が死んだあとも、自分を忘れないでくれっていう意味だとか、死への恐怖を紛らわせる為だとか、色々な思惑があったんだと思う。推測しかできないけど。 

それだけ未練があるんだったら、自殺なんかするなって話だよね。 
そう思う。でも、結果は本当に自殺してしまった。死にたくなかったんではないか?っていうかそこまで追い詰められていたんだろうね。そしてそれを感じてあげられなかった自分自身がふがいない。 







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強い思い

2007.12.04 (Tue) Category : 誰も信じない人へ

もう大分前になるけど 
当時私がお遊びで作曲したものにアレンジを(編曲)つけたものをH君ががんがんレコード会社に送りつけてた。 
で、彼の家に某大手から審査通過の連絡があった時間、私は寝ていたんだけど、リアルな夢を見た。 
「通過したよー!まりさん!!」すっごい嬉しそうなH君の夢。 
これ、夢っていうのとちょっと違った感じ。 
で、その直後H君からの電話で起きた。 

あと、阪神大震災のときその時間にこれまた寝てたんだけどすんごい叫び声とか頭ん中でして起きた。 
あぁ、どっかでなんかあったのかなぁ。。 
と思いながら眠かったのでまた寝た。 
起きてからニュースで知って(あぁ、これだったんだー)って思った。 

強い想いは通じる。悪意でも善意でも歓びでも悲しみでも。 







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母からの手紙

2007.12.04 (Tue) Category : 誰も信じない人へ

心霊ではないんですが、母が死んだ次の日に手紙がきていたのには泣きました。 

数年前私は東京の会社に勤めていて、母が倒れたことを聞き一度見舞いに地元には帰ったものの、ちょうどそのとき仕事の過渡期でなかなか休みをとれず、半年ほど様子見に買えることもできない日が続いてました。 

ちょうどそのとき、私が付き合ってた女性のことを、両親とも認めてくれず、特に母親は
「絶対に結婚は許しません」
の一点張りで、プロポーズまでして、二人の間では婚約してはいたものの、結婚となると、家同士のこともありますし、なかなか出来ないでいました。 

母が入院しているときにも、電話をかけると必ずその話になってしまい、病気だというのにもかかわらず、電話ごしにけんかするばかりで、正直なところ、心の中で母を憎んだこともありました。 

そうこうしているときに、急な母の病状の悪化。 
危篤の知らせが入った3時間後には息を引き取るという突然の死でした。 

母の死に目にも会えず、急いで実家に戻った時にはもう母は実家に運ばれ、冷たくなった母の手を握り、とても後悔していました。 
「何でもっとやさしくしてあげなかったんだろう。」 
「何でもっとお見舞いにきてあげなかったんだろう。」 
「何で結婚のことを反対されたからといって憎んでしまったりしたんだろう。」 

後悔先に立たず、死んでからわかる親のありがたみ、そんな言葉が身に染みて分った気がします。 

お通夜、葬式、後片付けなどを済まし、後ろ髪が引かれる思いで、仕事がたまってしまった東京に戻りました。 
借りていたマンションの郵便受けに溜まった新聞や手紙。 
何もする気が起きないまま、呆然とそれらをテーブルの上に投げ出したとき、目に飛び込んできたのは、母の字で書かれた私宛の手紙。 

状況が飲み込めないまま、その手紙を手にとり、中身を読み出した私はその手紙が母からの最後の手紙ということを知りました。 
なくなる前日に、珍しく手紙を書こうと思ったのでしょうか、病状が悪化し、震える手で、書いたであろうその手紙。 
まさか自分が死んだ後に私に届くとは思ってなかったのでしょう。 

「今度来るときはもうちょっと長くいれるようにしなさい。」 
「仕事ばかりしてないで、たまには東京を案内して頂戴。」 
と、生きていたころには、うざいと思っていつもけんかになるような内容。 
でも、その時、初めてわたしは、母は寂しかったんじゃないか、と思いました。 

そんな手紙の中に、意外な事がかかれていました。 

「今度帰るときは○○さんもつれて帰ってきなさい。渡したいものがあるから。」 

その一行に、最後の最後になって、母が私たちのことを認めてくれたということを悟りました。 

よくある話ですが、私が小さいころから母は、大切にしていた指輪を私に見せながら、 
「おまえが独り立ちして、お嫁さんを連れてくるようになったらこれをその子にあげるからね。」 
と言っていました。多分その事なんだろうと・・・ 

それから数日して、改めて現在の私の奥さんとなる人を始めて実家に連れて行き、正式に父と亡き母を前に、結婚する旨を伝えました。 

今思うと、母はなんとなく自分の命のことを分っていたのではないかと思います。 
だから、最後の最後に、あのような手紙を送ってきたのではないかと。 
そう考えると、とても切ない気持ちになります。 
もうちょっと冷静にちゃんと話し合えばよかったなと。 

今では、2人目の子供も無事生まれ、一人目もわんぱくざかりで、手に余るほどですが、でも、こうやって幸せな家庭をもてるようになったのも、母のおかげと、そして、いつも草葉の陰から見守ってくれているからだろうと奥さんともども感謝しています。 







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