都市伝説・・・奇憚・・・blog
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☆☆気がつけば1億PV☆☆
なくしたはずの通知表
2007.12.04 (Tue) | Category : 誰も信じない人へ
中学のときに大好きだったじいちゃんが死んでから、通知表とテストの成績表は必ず仏壇に置いとく事にしてたんです。で、いつもはあんまり良くないんだけど、たまたますごくいい点数とって、喜んでうち帰ってきたんですが、どこに置いてきたのか成績表が見つかんなくて、親にも
「悪かったから見せられないんだろう」
って超怒られて、泣いたまま寝ちゃったんです。そしたら夢にじいちゃんが出てきたんで、
「ごめん、成績表なくしちゃったみたい・・・」
っていったら
「ちゃんと見たよ。よく頑張ったな」
って笑って頭なでてくれたんです。で、
「だらしないくせ直せよ。なくしたら困るものはしまっとけ」(口癖でした)
と無くしたはずの成績表を手渡してくれました。
目が覚めて、夢だったのか・・・と起き掛けに仏壇をみると、ちゃんと成績表が置いてあるんです。びっくりして親に行くと
「あんたの机の上に置いてあったよ。良かったんだからちゃんと見せればよかったのに。」
と。でも、私は机に置いた
記憶はないし、ちゃんと前の晩にそこにないか確かめたんです。他の家族に聞いても知らないって言うし。ああ、じいちゃんが見つけてくれたんだなって思って泣けてきました。それからは大事なものはちゃんとしまうようにしてます。
思い込みかも知れないけど、忘れられない出来事だったので。
「悪かったから見せられないんだろう」
って超怒られて、泣いたまま寝ちゃったんです。そしたら夢にじいちゃんが出てきたんで、
「ごめん、成績表なくしちゃったみたい・・・」
っていったら
「ちゃんと見たよ。よく頑張ったな」
って笑って頭なでてくれたんです。で、
「だらしないくせ直せよ。なくしたら困るものはしまっとけ」(口癖でした)
と無くしたはずの成績表を手渡してくれました。
目が覚めて、夢だったのか・・・と起き掛けに仏壇をみると、ちゃんと成績表が置いてあるんです。びっくりして親に行くと
「あんたの机の上に置いてあったよ。良かったんだからちゃんと見せればよかったのに。」
と。でも、私は机に置いた
記憶はないし、ちゃんと前の晩にそこにないか確かめたんです。他の家族に聞いても知らないって言うし。ああ、じいちゃんが見つけてくれたんだなって思って泣けてきました。それからは大事なものはちゃんとしまうようにしてます。
思い込みかも知れないけど、忘れられない出来事だったので。
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イスラム教
2007.12.04 (Tue) | Category : 誰も信じない人へ
ちょっとスレから外れるかも知れませんが。
私今巷を騒がせているイスラム教徒の一人です。
まぁイスラム教徒の女性と結婚したためになりゆきで入信したのです。
イスラム教徒って死んだ後は土に埋めて最後の審判の日を厳かに待つと言う事になっています。
先日娘が生まれましたが、病院で胎盤を冷凍して取っておいてくれました。
私は「何するんだろう」と思っていましたが、
退院の時ドクターがその冷凍された肉の塊(胎盤)を私に手渡し、
「おまえ日本人だけどやりかた分かるか?」
と聞くのですが、まさか食べるわけではあるまいという程度しか
見当がつかず、「知らない」と答えると、病院にいるイマムというキリスト教の牧師さんのような役割の人ですが、その方を紹介されました。
いわく、生まれたときに包まれていた物(胎盤)を梱包して土に埋めるとの事。
これは人は大地から生まれ大地に帰っていくという意味だと教えてくれました。
なんだかちょっと胸がきゅんとなりました。
それと、あとから聞いたのですが、彼は新生児室の前で
「はっぴーばーすでーつーゆー」
をその日生まれた赤ん坊に向かって歌っているおちゃめな人らしいです。
ってスレちがいっすね
逝ってきます
私今巷を騒がせているイスラム教徒の一人です。
まぁイスラム教徒の女性と結婚したためになりゆきで入信したのです。
イスラム教徒って死んだ後は土に埋めて最後の審判の日を厳かに待つと言う事になっています。
先日娘が生まれましたが、病院で胎盤を冷凍して取っておいてくれました。
私は「何するんだろう」と思っていましたが、
退院の時ドクターがその冷凍された肉の塊(胎盤)を私に手渡し、
「おまえ日本人だけどやりかた分かるか?」
と聞くのですが、まさか食べるわけではあるまいという程度しか
見当がつかず、「知らない」と答えると、病院にいるイマムというキリスト教の牧師さんのような役割の人ですが、その方を紹介されました。
いわく、生まれたときに包まれていた物(胎盤)を梱包して土に埋めるとの事。
これは人は大地から生まれ大地に帰っていくという意味だと教えてくれました。
なんだかちょっと胸がきゅんとなりました。
それと、あとから聞いたのですが、彼は新生児室の前で
「はっぴーばーすでーつーゆー」
をその日生まれた赤ん坊に向かって歌っているおちゃめな人らしいです。
ってスレちがいっすね
逝ってきます
消えた朝食
2007.12.04 (Tue) | Category : 誰も信じない人へ
たしか、土曜日の朝だった。遅く起きた姉が自分の朝食の支度をしてさあ食べようとしたところに、病院から電話がかかってきた。
長く入院していた祖父がいよいよだから、すぐ来てくれと。
あわてて親族一同が駆けつけ見守る中、祖父は大往生を遂げた。
その後は、御存知の方は御存知のようにたいへんな忙しさで、なきがらを家に連れてきたり告別式の手配をしたり通夜の支度をしたり。
一段落ついたところで、姉はようやく気づいた。
「あたしが作った朝ごはん、どこ?なんでなくなってるの?」
別に食い意地が張ってたから気になるわけではなく(w、あったはずの朝食が消えてるのは純粋に不思議だ。
「おじいちゃんの魂が家に帰ってきたとき、おなか減ってて食べちゃったんだよ。よかった、ごはん用意しておいてあって」
かなりあとになるまで、姉はそう思っていたらしい。
ごめん姉ちゃん。それ食ったの俺なんだ・・・(w
長く入院していた祖父がいよいよだから、すぐ来てくれと。
あわてて親族一同が駆けつけ見守る中、祖父は大往生を遂げた。
その後は、御存知の方は御存知のようにたいへんな忙しさで、なきがらを家に連れてきたり告別式の手配をしたり通夜の支度をしたり。
一段落ついたところで、姉はようやく気づいた。
「あたしが作った朝ごはん、どこ?なんでなくなってるの?」
別に食い意地が張ってたから気になるわけではなく(w、あったはずの朝食が消えてるのは純粋に不思議だ。
「おじいちゃんの魂が家に帰ってきたとき、おなか減ってて食べちゃったんだよ。よかった、ごはん用意しておいてあって」
かなりあとになるまで、姉はそう思っていたらしい。
ごめん姉ちゃん。それ食ったの俺なんだ・・・(w
ゴールイン
2007.12.04 (Tue) | Category : 誰も信じない人へ
最後の説教
2007.12.04 (Tue) | Category : 誰も信じない人へ
火曜日に、母方の祖母が亡くなりました。
だんだんと体中が麻痺してゆく病気で、ここ2,3年はベッドから降りることも喋ることもできなくなっていました。
通夜の晩、大叔母(祖母の妹)が棺の窓から自分の姉の顔を見つめながら、
「姉ちゃんの急変した前の日ってね、母ちゃんの命日だったんだよ。……もしかしたら、母ちゃんが『もう苦しまなくてもいいよ』って呼んだんじゃないかねぇ……」と。
私は、7ヶ月ほど前に亡くなった祖父が呼んだのでは、とも思っています。
祖父は元気な人でしたが、季節柄ひいた風邪がこじれて肺炎で急死。
じつは若い頃の祖父は、家の金をありったけ酒につぎこむような酒乱で、母や姉弟、祖母に暴力をふるう人だったそうですが、アル中で足腰が立たなくなり、リハビリのために入院したここ10年ほどは、
「婆さん元気かな?会ったらよろしく言っといてくれ」
とよく別の病院に入院していた祖母のことを気遣っておりました。
祖母もまだ喋れた頃には、その言葉を伝えるたびに照れたような笑みで、
「そんなこと言ってたかい」って。
ショックを受けてはいけないと、祖母には祖父の死を知らせていなかったのですが、見舞いに行った私たちの雰囲気で察してしまっていたかもしれません。
祖母を良く知る人たちも、
「一人で年を越すのはイヤだったんだろうねぇ……」
涙が出ました。
翌日の告別式には、私は仕事で出られなかったので以下は母から聞いた話です。
先ほど出てきた大叔母、祖母の兄弟の中で唯一ボケの症状のない(汗)しっかりした人で、亡くなった日の晩と通夜の晩、二晩続けて寝ずの線香番をかって出ていたのだそうです。
身近な親族だけが聖苑に泊り込んで、迎えた告別式の朝。
やってきたのは祖母の長男である叔父でした。
この叔父、そこそこ資産家の一人娘を嫁に取ったはいいけれど、
向こうのお義父さんから「こっちへきて家を継いでくれ」と言われ、当時通っていた会社にも何の連絡もせずに夜逃げ同然で嫁さんの家へ越してしまった無責任な人です。
向こうの実家はここからかなり遠く、叔父も祖父母の入院中、見舞いに来たことは一度もありません。
その叔父の顔を見るなり、椅子に突っ伏して泣き出す大叔母。
叔父を目の前に据えて、泣きながら説教し、掻き口説くこと数十分。
……突然。
大叔母が立ち上がり、きょろきょろしたかと思うと、
「ここはどこ?なんでこんなとこ、あたしおるん?」
「どうして姉ちゃんの写真、あんなふうに飾ってあんの?」
フラフラと椅子の間を歩き回り、そしていきなり半狂乱で暴れだし……。
あわてて彼女の息子たちが取りおさえ、落ち着くまで自宅で休ませることに。
呆然とする叔父。固まる親族。
結局、一時間後に正気に返った大叔母いわく、
「いや~、ホントに何にも覚えてないんよ(困惑)」
自分が泣きながら説教したことも、突然あばれだしたことも記憶にないそうです。
極度の睡眠不足と、姉の死という大きなストレス。それに加えて親不孝息子の出現。
これがスイッチになって、どっかプチッとキレたんでしょうね。
ただ、うちの母が言うことには、
「お婆ちゃんが自分の妹の体を借りて、あのバカ息子に対して最期のお灸を据えに戻ってきたのかもね」
私も気をつけます……。
だんだんと体中が麻痺してゆく病気で、ここ2,3年はベッドから降りることも喋ることもできなくなっていました。
通夜の晩、大叔母(祖母の妹)が棺の窓から自分の姉の顔を見つめながら、
「姉ちゃんの急変した前の日ってね、母ちゃんの命日だったんだよ。……もしかしたら、母ちゃんが『もう苦しまなくてもいいよ』って呼んだんじゃないかねぇ……」と。
私は、7ヶ月ほど前に亡くなった祖父が呼んだのでは、とも思っています。
祖父は元気な人でしたが、季節柄ひいた風邪がこじれて肺炎で急死。
じつは若い頃の祖父は、家の金をありったけ酒につぎこむような酒乱で、母や姉弟、祖母に暴力をふるう人だったそうですが、アル中で足腰が立たなくなり、リハビリのために入院したここ10年ほどは、
「婆さん元気かな?会ったらよろしく言っといてくれ」
とよく別の病院に入院していた祖母のことを気遣っておりました。
祖母もまだ喋れた頃には、その言葉を伝えるたびに照れたような笑みで、
「そんなこと言ってたかい」って。
ショックを受けてはいけないと、祖母には祖父の死を知らせていなかったのですが、見舞いに行った私たちの雰囲気で察してしまっていたかもしれません。
祖母を良く知る人たちも、
「一人で年を越すのはイヤだったんだろうねぇ……」
涙が出ました。
翌日の告別式には、私は仕事で出られなかったので以下は母から聞いた話です。
先ほど出てきた大叔母、祖母の兄弟の中で唯一ボケの症状のない(汗)しっかりした人で、亡くなった日の晩と通夜の晩、二晩続けて寝ずの線香番をかって出ていたのだそうです。
身近な親族だけが聖苑に泊り込んで、迎えた告別式の朝。
やってきたのは祖母の長男である叔父でした。
この叔父、そこそこ資産家の一人娘を嫁に取ったはいいけれど、
向こうのお義父さんから「こっちへきて家を継いでくれ」と言われ、当時通っていた会社にも何の連絡もせずに夜逃げ同然で嫁さんの家へ越してしまった無責任な人です。
向こうの実家はここからかなり遠く、叔父も祖父母の入院中、見舞いに来たことは一度もありません。
その叔父の顔を見るなり、椅子に突っ伏して泣き出す大叔母。
叔父を目の前に据えて、泣きながら説教し、掻き口説くこと数十分。
……突然。
大叔母が立ち上がり、きょろきょろしたかと思うと、
「ここはどこ?なんでこんなとこ、あたしおるん?」
「どうして姉ちゃんの写真、あんなふうに飾ってあんの?」
フラフラと椅子の間を歩き回り、そしていきなり半狂乱で暴れだし……。
あわてて彼女の息子たちが取りおさえ、落ち着くまで自宅で休ませることに。
呆然とする叔父。固まる親族。
結局、一時間後に正気に返った大叔母いわく、
「いや~、ホントに何にも覚えてないんよ(困惑)」
自分が泣きながら説教したことも、突然あばれだしたことも記憶にないそうです。
極度の睡眠不足と、姉の死という大きなストレス。それに加えて親不孝息子の出現。
これがスイッチになって、どっかプチッとキレたんでしょうね。
ただ、うちの母が言うことには、
「お婆ちゃんが自分の妹の体を借りて、あのバカ息子に対して最期のお灸を据えに戻ってきたのかもね」
私も気をつけます……。
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