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都市伝説・・・奇憚・・・blog

都市伝説を中心にホラー、オカルト系の話題をお楽しみください。 メールはyoshizo0@hotmail.co.jpへ ☆☆投稿やまとめて欲しい話題のタレコミなど、情報提供受付中! ☆☆気がつけば1億PV☆☆

イスラム教

2007.12.04 (Tue) Category : 誰も信じない人へ

ちょっとスレから外れるかも知れませんが。 
私今巷を騒がせているイスラム教徒の一人です。 
まぁイスラム教徒の女性と結婚したためになりゆきで入信したのです。 

イスラム教徒って死んだ後は土に埋めて最後の審判の日を厳かに待つと言う事になっています。 
先日娘が生まれましたが、病院で胎盤を冷凍して取っておいてくれました。 
私は「何するんだろう」と思っていましたが、 
退院の時ドクターがその冷凍された肉の塊(胎盤)を私に手渡し、 
「おまえ日本人だけどやりかた分かるか?」 
と聞くのですが、まさか食べるわけではあるまいという程度しか 
見当がつかず、「知らない」と答えると、病院にいるイマムというキリスト教の牧師さんのような役割の人ですが、その方を紹介されました。 

いわく、生まれたときに包まれていた物(胎盤)を梱包して土に埋めるとの事。 
これは人は大地から生まれ大地に帰っていくという意味だと教えてくれました。 

なんだかちょっと胸がきゅんとなりました。 

それと、あとから聞いたのですが、彼は新生児室の前で 
「はっぴーばーすでーつーゆー」 
をその日生まれた赤ん坊に向かって歌っているおちゃめな人らしいです。 

ってスレちがいっすね 
逝ってきます 







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消えた朝食

2007.12.04 (Tue) Category : 誰も信じない人へ

たしか、土曜日の朝だった。遅く起きた姉が自分の朝食の支度をしてさあ食べようとしたところに、病院から電話がかかってきた。 
長く入院していた祖父がいよいよだから、すぐ来てくれと。 
あわてて親族一同が駆けつけ見守る中、祖父は大往生を遂げた。 

その後は、御存知の方は御存知のようにたいへんな忙しさで、なきがらを家に連れてきたり告別式の手配をしたり通夜の支度をしたり。 
一段落ついたところで、姉はようやく気づいた。 
「あたしが作った朝ごはん、どこ?なんでなくなってるの?」 

別に食い意地が張ってたから気になるわけではなく(w、あったはずの朝食が消えてるのは純粋に不思議だ。 
「おじいちゃんの魂が家に帰ってきたとき、おなか減ってて食べちゃったんだよ。よかった、ごはん用意しておいてあって」 
かなりあとになるまで、姉はそう思っていたらしい。 

ごめん姉ちゃん。それ食ったの俺なんだ・・・(w 







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ゴールイン

2007.12.04 (Tue) Category : 誰も信じない人へ

昔どこで誰に聞いた話かは忘れてしまったが、ちょっと良い話。 
ひょっとしたら雑誌で見たかもしれんが。 

ある大学の寮では毎年決まった時期になると、寮内を部屋から部屋へと走り抜けるマラソンランナーの霊が出ていた。 
何故出てくるのか誰もわからず、除霊もできずにいたそうなのだが、ある年の新入生が、そのランナーの霊がいつも一番最後に通り過ぎる部屋に、ゴールテープを張って待ち構えていたところ、案の定やってきた霊が、そのテープを切って見事ゴール。 
霊はとても嬉しそうに微笑んで消えた。 
その後そのランナーは現れなかったそうだ。 







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最後の説教

2007.12.04 (Tue) Category : 誰も信じない人へ

火曜日に、母方の祖母が亡くなりました。 
だんだんと体中が麻痺してゆく病気で、ここ2,3年はベッドから降りることも喋ることもできなくなっていました。 

通夜の晩、大叔母(祖母の妹)が棺の窓から自分の姉の顔を見つめながら、 
「姉ちゃんの急変した前の日ってね、母ちゃんの命日だったんだよ。……もしかしたら、母ちゃんが『もう苦しまなくてもいいよ』って呼んだんじゃないかねぇ……」と。 

私は、7ヶ月ほど前に亡くなった祖父が呼んだのでは、とも思っています。 
祖父は元気な人でしたが、季節柄ひいた風邪がこじれて肺炎で急死。 
じつは若い頃の祖父は、家の金をありったけ酒につぎこむような酒乱で、母や姉弟、祖母に暴力をふるう人だったそうですが、アル中で足腰が立たなくなり、リハビリのために入院したここ10年ほどは、
「婆さん元気かな?会ったらよろしく言っといてくれ」 
とよく別の病院に入院していた祖母のことを気遣っておりました。 
祖母もまだ喋れた頃には、その言葉を伝えるたびに照れたような笑みで、 
「そんなこと言ってたかい」って。 
ショックを受けてはいけないと、祖母には祖父の死を知らせていなかったのですが、見舞いに行った私たちの雰囲気で察してしまっていたかもしれません。 
祖母を良く知る人たちも、 
「一人で年を越すのはイヤだったんだろうねぇ……」 
涙が出ました。 

翌日の告別式には、私は仕事で出られなかったので以下は母から聞いた話です。 

先ほど出てきた大叔母、祖母の兄弟の中で唯一ボケの症状のない(汗)しっかりした人で、亡くなった日の晩と通夜の晩、二晩続けて寝ずの線香番をかって出ていたのだそうです。 

身近な親族だけが聖苑に泊り込んで、迎えた告別式の朝。 
やってきたのは祖母の長男である叔父でした。 
この叔父、そこそこ資産家の一人娘を嫁に取ったはいいけれど、 
向こうのお義父さんから「こっちへきて家を継いでくれ」と言われ、当時通っていた会社にも何の連絡もせずに夜逃げ同然で嫁さんの家へ越してしまった無責任な人です。 
向こうの実家はここからかなり遠く、叔父も祖父母の入院中、見舞いに来たことは一度もありません。 

その叔父の顔を見るなり、椅子に突っ伏して泣き出す大叔母。 
叔父を目の前に据えて、泣きながら説教し、掻き口説くこと数十分。 
……突然。 
大叔母が立ち上がり、きょろきょろしたかと思うと、 
「ここはどこ?なんでこんなとこ、あたしおるん?」 
「どうして姉ちゃんの写真、あんなふうに飾ってあんの?」 
フラフラと椅子の間を歩き回り、そしていきなり半狂乱で暴れだし……。 
あわてて彼女の息子たちが取りおさえ、落ち着くまで自宅で休ませることに。 
呆然とする叔父。固まる親族。 

結局、一時間後に正気に返った大叔母いわく、 
「いや~、ホントに何にも覚えてないんよ(困惑)」 
自分が泣きながら説教したことも、突然あばれだしたことも記憶にないそうです。 
極度の睡眠不足と、姉の死という大きなストレス。それに加えて親不孝息子の出現。 
これがスイッチになって、どっかプチッとキレたんでしょうね。 
ただ、うちの母が言うことには、 
「お婆ちゃんが自分の妹の体を借りて、あのバカ息子に対して最期のお灸を据えに戻ってきたのかもね」 

私も気をつけます……。 







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後悔はない

2007.12.04 (Tue) Category : 誰も信じない人へ

俺が厨房の時の話。 

俺は河原を知らない男の人と歩いていた。 
その河原は灰色の漬け物石みたいな石がごろごろしていて、草一本生えて無いなんともまぁ無機質な所で。 
しばらく歩くと岩山みたいなのがあって、そこには真っ赤な鳥居があったんだよ。 
その鳥居をくぐって岩山を登ると、その河原の周りが一望できた。 
でも川が一本流れてる以外、やっぱり何もない。 
暫くぼーっとしてると、川の向こうで誰かが手を振ってきたんだよ。 
良く見たら、俺の母親なのね。 
両手を挙げて笑顔で手を振ってるの。俺も手を振り返した。 
そこで目が覚めた。 
で、周りを見回して状況を把握したんだよ。 
その時は母親の通夜2日目の最中で、俺はお線香の火の番をしてたんだって・・・。 

その時は周りの大人たちは母親の事を「若くして亡くなった可哀想な人」だとか、俺の事も「受験の目前に母親を無くした可哀想な子供」とか言って、兎に角「不幸な人」ってのに祭り上げちゃってくれてさ、それがすごい嫌だったのね。 
だけどその夢の中の母親の笑顔を思い出したらさ、そりゃ未練はあっただろうけど「後悔はない!」って表情だった気がしたんだ。 
確かに若くして亡くなったのは悲しい出来事で不幸な事だけど、 
決して今まで母親が生きて来た人生は「不幸」の一言でで片付けられるものじゃないし、俺も悲しんでるんじゃなくて、母親の死も乗り越えて強く生きてる方がきっと嬉しいんだろうな~って悟った。 

「ただの夢だろ?」って言われたらそれまでだけど、それを機に俺は精神的に強くなれた気がするよ。







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