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ピラミッド・アイ・タブレット
2009.07.14 (Tue) | Category : ミステリー・オーパーツ
【概要】
ピラミッド・アイ・タブレットとは、エクアドルのラ・マナで発見されたとされる石造のオーパーツ。
個人の所有物であり、2001年にウィーンで行われたオーパーツの展覧会「未解明の謎展」で初めて一般に公開された。ピラミッド・アイ・タブレットやピラミッド・ストーン、ラ・マナの光のピラミッド(La piramide di luce di La Mana)など、各媒体ごとに異なった名称で紹介されている。
1980年代に金採掘主任であったギレルモ・ソトマヨーアによって、深さ10メートルの廃坑から300余りの遺物が発見された。
その後これらの遺物は、発見者ソトマヨーアの知人にまとめて譲渡され、保管されていた。1999年に「未解明の謎展」のコーディネーターであったクラウス・ドナらが、ラ・マナで発見された別の遺物「石の世界地図」を調査しにエクアドルを訪れ、遺物の中にプロビデンスの目に似た模様があるピラミッド状の物体を見出し、「未解明の謎展」で大きく取り上げた。
2005年時点で、ラ・マナで発見された遺物について学術的な調査は行われていない。
高さ27センチメートルで、表面は3辺からなる三角形状になっており、頂点部分に一つの目が象嵌されている。また、目の下部には13の水平な段が刻まれている。底面には黄金の埋め込み細工で、オリオン座の配置が描かれている。
また、その下方には絵文字が刻まれている。クルト・シルトマン教授の解読によると、先サンスクリット文字で「創造主の息子がやってくる」と書かれているとされる。
ラ・マナの遺物の多くは紫外線を当てると発光するとされ、このピラミッドも目と段が発光する。
【真相】
正式公開が1999年と極めて最近なことと、所有が個人という2点があり、学術調査は行われていない。
だが、サンスクリット語が刻まれていた、と主張されていること意外は特に場違いな加工品と思われるような点はない。
ピラミッド・アイ・タブレットとは、エクアドルのラ・マナで発見されたとされる石造のオーパーツ。
個人の所有物であり、2001年にウィーンで行われたオーパーツの展覧会「未解明の謎展」で初めて一般に公開された。ピラミッド・アイ・タブレットやピラミッド・ストーン、ラ・マナの光のピラミッド(La piramide di luce di La Mana)など、各媒体ごとに異なった名称で紹介されている。
1980年代に金採掘主任であったギレルモ・ソトマヨーアによって、深さ10メートルの廃坑から300余りの遺物が発見された。
その後これらの遺物は、発見者ソトマヨーアの知人にまとめて譲渡され、保管されていた。1999年に「未解明の謎展」のコーディネーターであったクラウス・ドナらが、ラ・マナで発見された別の遺物「石の世界地図」を調査しにエクアドルを訪れ、遺物の中にプロビデンスの目に似た模様があるピラミッド状の物体を見出し、「未解明の謎展」で大きく取り上げた。
2005年時点で、ラ・マナで発見された遺物について学術的な調査は行われていない。
高さ27センチメートルで、表面は3辺からなる三角形状になっており、頂点部分に一つの目が象嵌されている。また、目の下部には13の水平な段が刻まれている。底面には黄金の埋め込み細工で、オリオン座の配置が描かれている。
また、その下方には絵文字が刻まれている。クルト・シルトマン教授の解読によると、先サンスクリット文字で「創造主の息子がやってくる」と書かれているとされる。
ラ・マナの遺物の多くは紫外線を当てると発光するとされ、このピラミッドも目と段が発光する。
【真相】
正式公開が1999年と極めて最近なことと、所有が個人という2点があり、学術調査は行われていない。
だが、サンスクリット語が刻まれていた、と主張されていること意外は特に場違いな加工品と思われるような点はない。
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アッシリアの水晶レンズ
2009.07.02 (Thu) | Category : ミステリー・オーパーツ
秦の始皇帝の兵馬傭坑出土のクロムメッキの剣
2009.06.27 (Sat) | Category : ミステリー・オーパーツ
【概要】
有名な中国の秦時代(紀元前3世紀、中国初の統一王朝)の兵馬俑遺跡から、クロムメッキがほどこされた銅の長剣が発見されている。
それは約2200年前のものとはおもえないほど光沢があり、劣化もしていない。
現に今でもこの剣は、十数枚重ねた新聞紙を切断するほどの切れ味をもっている。
クロムメッキは1937年にドイツで発明された近代のメッキ技術。
もちろん秦の時代に、この技術が存在したという記録はない。
ちなみにその150年後の漢の時代に作られた銅剣は、どれも原形をとどめていないほど腐食している。
秦の時代にあったはずのテクノロジーが、なぜか継承されなかったのである。
【真相】
真相も何も、このクロムメッキの剣については現在でも何もわかっていない。
確かに兵馬俑遺跡から出土した銅剣に、クロムメッキが施されていたのである。
今後の研究が待たれるが、現在最もオーパーツと呼ぶにふさわしいものの一つであることに疑いの余地はない。
これが事実であるとすれば、まさに「ロストテクノロジー」である。
兵馬俑遺跡については、こちらを参照いただきたい。
【2000年の時空を超えて 秦の始皇帝兵馬俑】
古代中国のアルミニウム製ベルトバックル
2009.06.26 (Fri) | Category : ミステリー・オーパーツ
ヴィマナの設計図
2009.06.24 (Wed) | Category : ミステリー・オーパーツ
【概要】
インドの聖典『ヤジェル・ヴェーダ』や叙情詩『ラーマーヤナ』、『マハーバーラタ』に登場する飛行船をヴィマナといい、この設計図を指す。
また、紀元前10世紀以前に書かれた『ヴァイマーニカ・シャストラ』にはその操縦法が書かれている。
この『ヴァイマーニカ・シャストラ』は、ヴァラドヴァージャが書いた全8章からなる幻の大原典『ヤントラ・サルヴァスパ』を元に書かれたものである。
【真相】
Vimanika Shastla (ヴィマニカ・シャストラ)は、おおよそ紀元前10世紀頃にサンスクリット語で書かれた科学書又は技術解説書であるとされ、他の文献と異なり、神々の話などは一切記されず、ヴィマナに関しての記述のみが記されている。
ただし、この書物は一種のチャネリングによって20世紀初頭に口述されたものらしい。現存するテクストは1952年にG. R. Josyerにより発見されたが、彼によれば、この書物は1918-1923に、あるスッバラヤ・シャストリ師(Pandit Subbaraya Shastry)が口述したもので、ヒンドゥー語訳が1959年に、英訳が1973年に出版された(英語版Wiki"Vaimanika Shastra"の項参照)。
もっとも本書自体が「ヴァラドヴァージャ」が書いたとされる、現代においては現存しない幻の『ヤントラ・サルヴァスパ』(「機械装置の百科事典」の意味)全40章からなる大聖典から、ヴィマナに関する1章を抜粋して書かれたものとされており、その情報量は原典より劣るものと、本書の著者(ら)が断りを入れている。
この文献には詳細な機体解説と操縦方法が載っており、写真撮影、レーダー探知、高熱放射、有毒ガス、気象センサー、ジグザグ飛行、翼の展開と収縮、敵機内盗聴、敵機内透視、幻影投射、煙幕、カモフラージュ、太陽光線利用等の能力が解説されており、ヴィマナは、その用途によって三角形デルタ翼型、円盤型、ロケット型、飛行船型など数十種類のヴィマナがあったといわれる。
このほかにも本書にはヴィマナの構造や材質、飛行能力の各種別や、パイロットの訓練や運用などのソフトウェア面に至るまで、100ページ以上を割いて、細部に渡る記述が見られ、さながらヴィマナのマニュアルもしくは技術解説書ともいうべき様相をなしている。
またヴィマナは通常、アシュヴィンと呼ばれる御者(パイロット)により動かされ「あたかも若い鷹であるかのように素早く」天空車を動かし、「天界へと上昇させることができる最高位の御者」であるとしている。 天空車は通常2人で操縦し、アシュヴィンは常に航法手(ナビゲーター)を伴っていたという。
【ウィキペディアより】
インドの聖典『ヤジェル・ヴェーダ』や叙情詩『ラーマーヤナ』、『マハーバーラタ』に登場する飛行船をヴィマナといい、この設計図を指す。
また、紀元前10世紀以前に書かれた『ヴァイマーニカ・シャストラ』にはその操縦法が書かれている。
この『ヴァイマーニカ・シャストラ』は、ヴァラドヴァージャが書いた全8章からなる幻の大原典『ヤントラ・サルヴァスパ』を元に書かれたものである。
【真相】
Vimanika Shastla (ヴィマニカ・シャストラ)は、おおよそ紀元前10世紀頃にサンスクリット語で書かれた科学書又は技術解説書であるとされ、他の文献と異なり、神々の話などは一切記されず、ヴィマナに関しての記述のみが記されている。
ただし、この書物は一種のチャネリングによって20世紀初頭に口述されたものらしい。現存するテクストは1952年にG. R. Josyerにより発見されたが、彼によれば、この書物は1918-1923に、あるスッバラヤ・シャストリ師(Pandit Subbaraya Shastry)が口述したもので、ヒンドゥー語訳が1959年に、英訳が1973年に出版された(英語版Wiki"Vaimanika Shastra"の項参照)。
もっとも本書自体が「ヴァラドヴァージャ」が書いたとされる、現代においては現存しない幻の『ヤントラ・サルヴァスパ』(「機械装置の百科事典」の意味)全40章からなる大聖典から、ヴィマナに関する1章を抜粋して書かれたものとされており、その情報量は原典より劣るものと、本書の著者(ら)が断りを入れている。
この文献には詳細な機体解説と操縦方法が載っており、写真撮影、レーダー探知、高熱放射、有毒ガス、気象センサー、ジグザグ飛行、翼の展開と収縮、敵機内盗聴、敵機内透視、幻影投射、煙幕、カモフラージュ、太陽光線利用等の能力が解説されており、ヴィマナは、その用途によって三角形デルタ翼型、円盤型、ロケット型、飛行船型など数十種類のヴィマナがあったといわれる。
このほかにも本書にはヴィマナの構造や材質、飛行能力の各種別や、パイロットの訓練や運用などのソフトウェア面に至るまで、100ページ以上を割いて、細部に渡る記述が見られ、さながらヴィマナのマニュアルもしくは技術解説書ともいうべき様相をなしている。
またヴィマナは通常、アシュヴィンと呼ばれる御者(パイロット)により動かされ「あたかも若い鷹であるかのように素早く」天空車を動かし、「天界へと上昇させることができる最高位の御者」であるとしている。 天空車は通常2人で操縦し、アシュヴィンは常に航法手(ナビゲーター)を伴っていたという。
【ウィキペディアより】
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