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都市伝説・・・奇憚・・・blog

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鴨南蛮

2007.12.01 (Sat) Category : 誰も信じない人へ

全然恐怖話じゃないけど、まあこんなこともあったということで。 

一昨年の話。父が血の病気になり、入院しました。 
わたしは、広告の仕事をしており、自分のマンションにさえ毎日帰れないほどの忙しさで、父の見舞にあまりいけず、母親にばかり迷惑をかけていたのです。 
あるとき、母親から仕事先に連絡がありました。
「もう、今夜だから」
と言われ、愕然として、仕事をほうって駆けつけました。 
父はそのときもう、昏睡状態でした。手を握り、親父と呼びましたが、返事をしてくれませんでした。 
翌朝、父は逝きました。皆が悲しみに暮れている中、自分だけはしっかりとしようと思い、わたしは親戚をとりまとめ、とりあえず通夜と葬式の段取りを始めました。 
仕事ではプロデューサーなので、こういうことには慣れている。 
通夜だからといってイベントみたいなもんだと、虚勢を張っていたんでしょう。 
叔父などに
「お前、大丈夫か」
といわれても、
「慣れてるんだよ」
と生意気なことを言った。とにかく、涙だけは見せるものかと、淡々と葬儀屋との段取りを進めたかった。 
通夜には、友人も、前の恋人も来てくれて、それなりに嬉しかった。 
だけど、母親と姉は疲弊していたから、俺が泣いたらだめだ、と思って、泣かなかった。 

通夜が終わり、実家に帰り、嫁に行った姉と、一服しました。 
わたしは疲れていたので、お風呂に入りました。ゆっくりつかって、とりあえずまあ、半分終わったし明日は楽だよな、まあ、いいかなんて思って、じっくり暖まり、出たのです。 
すると少したって、お蕎麦屋さんがやってきました。どうやら姉が頼んだらしいです。 
お蕎麦屋さんがもってきたのは、もりそば、たぬきうどん、鴨南蛮そばが二つ、の計4人前。 
姉はわたしの前に鴨南蛮をおきました。
「なにこれ?」
俺は聞きました。 
「お前それでしょ」
と姉が言う。 
ん?確かに俺は鴨南蛮好きだけど、出前とるなら、聞いてくれたっていいじゃないか。 
「なんだよ、声かけて聞いてくれよ、ひとことぐらい」 
「声かけたじゃない!あんたが言ったんだよ、鴨南蛮がいいって」 
俺はそんなこと聞いていない。些細なことで喧嘩になりました。すると、母親が止めに入りました。 

父は飲んべえで遊び人でどうしようもなかったんですが、入院してからは当然控えねばなりませんでした。 
そんな父の唯一の楽しみは、時々先生の許可を貰って帰ってきたときに、近所のこの蕎麦屋に出前で頼む、「鴨南蛮そば」を食べることだったらしいのです。 
思い出しました。親父は食い意地もはっていて、わたしが食べ盛りのガキの頃でも、わたしのおかずを奪ってつまみにするほどの大食漢だった。 
きっと父は、今も、俺の声を騙って、姉に食べたいものを言ったんでしょう。「鴨南蛮がいい」って。 
姉は母に聞いて、父の為にも「鴨南蛮そば」をとった。だから、二つ重なったんだと。 
姉は姉で、やっぱ男同士の親子、好みも似るもんね、と不思議とも思わなかったらしい。 
なんだか、それを聞いて、おかしくてしょうがなかった。親父、相変わらずだな、おい。 
母親が言いました。
「お父さん、それが食べたくて食べたくて、しょうがなかったんだよ」 
俺はゲラゲラ笑って、じゃあ、親父の分まで食ってやる!と、猛然と食べました。 
先生に内緒で食べる、油が浮いた鴨南蛮の、濃いつゆの味。病床の父には、たまらないごちそうだったんだろう。 
遊んで遊んで、母親泣かせてた親父が、病床ではしおらしくなって。 
食べたくて、しょうがなかった。生きたくてしょうがなかったんだ。 

俺は、なぜか、嗚咽していました。声をあげて泣いていた。 
母親がいいました。
「それでいいんだ、お前が泣かなくて、どうする」
と。 

以上。無駄に長くてゴメンネ 







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後悔

2007.12.01 (Sat) Category : 誰も信じない人へ

私の家には、おばあちゃんがいました。 
でも、仏壇にはもう亡くなった父のおばあちゃん、おじいちゃんの写真があります。 
幼稚園の頃は、不思議と思っていませんでしたがある時、母に聞きました。 
私の家にいるおばあちゃんは、一般に言うおばあちゃんではなくて父の叔母さんなんだよと言われました。 
私がおばあちゃんと呼んでいる人は、耳が聞こえなく、もちろん話しも出来ません。だから、みんな手話で話していましたが幼い私は、手話で話しているおばあちゃんの口から時折もれる 
「あーあー。あー。あー。」
って言葉がたまらなく嫌でした。 

一緒に住んでいた理由は、おじいちゃんが生きていた頃にさかのぼります。 
おばあちゃんは、同じく耳の聞こえない男性と結婚したかったけれどおじいちゃん(父のお父さん。おばあちゃんの兄)に承諾してもらえず、結局、それから誰とも恋愛もする事もなく一人の女性の幸せを何一つ叶う事なく歳だけを取っていったのです。 

おじいちゃんは、耳が聞こえず、話せない人間を嫁に出す事を逆に迷惑だから追い出したんだと、世間に言われると気にしての反対だった様ですが、母にしてみれば耳の聞こえない叔母さんが同居で苦労したようです。 
子供の私は、そんな事より私の大切な猫を折檻したり朝早くから、ガタガタと起きだして何かする事や私の友達に「あーあー」と話しかける事が本当に嫌でした。 

今なら気持ちが分かります。 
若い時の恋愛は障害で終ってしまい、住んでいる家には甥っ子の嫁がいて子供がいて、自分だけは家族がいなく・・・ 
そして聞こえない。話せない。 
そんないらだたしさが時折母に、私にと向けられたって事を。 
学生の頃、進学の事で喧嘩になりプチ家出をした。 
三ヶ月後に見つかって、しぶしぶ家に帰ったらおばあちゃんは私に、五百円玉を握らせて手話で言いました。 
「おこずかいあげるから。おこずかいあげるから。」 

五百円玉は、今と何ら変わりなく五百円玉の価値しかなく 
「は?何、この小銭」
と思いました。 
いつも話せないその口で、小言ばっかり言っているおばあちゃんが何故に、五百円をくれたのかわかりませんでした。 
社会人になったある日、突然亡くなりました。 
急いで実家に帰り、どうしたのか聞いてみました。 

おばあちゃんは、亡くなる数週間前に母が、自分のお金を取ったと暴れて倒れて半身麻痺になっていました。 
朝、起きてからおばあちゃんを、ふとんを高く積んで座椅子の様にして背をもたらせて、お茶とおせんべいを一人で食べてもらっていた所おせんべいを握ったまま亡くなっていたそうです。 
お葬式は、母をご苦労様とねぎらう人が多くておばあちゃんの知り合いは一人だけでした。 
偶然に、本当に偶然に同じ話せないおばあちゃんが葬儀の花輪を見つけて来たのです。 
家族対おばあちゃんって感じの家族構成・・・だった。 
孤独でさびしかったよね。まだ気がついてあげれなかった私です。 

夢を見ました。パッと空一面に大きいおばあちゃんの顔。 
びっくりしてぼっーと見ていたら、にこにこ笑って満点の笑みで、うん。うん。って頷いていました。 
初めは夢じゃないと思っていたので、内心は 
「何で私にうん。うん。言ってるのかな?」でした。 
目が覚めてから、すぐさま母にTel。 
そしたら、その日はおばあちゃんの月命日でした。 
その日から、すっごく悲しいです。 
後悔するなら、もっと早くに気づきたかったです。 
もっと別の楽しみを、私がしてあげれば良かった。 
戻せるなら、その頃に戻ってどこかに連れていってあげたいです。 







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最後の教え

2007.12.01 (Sat) Category : 誰も信じない人へ

こんな話はごまんとあるだろうが・・・俺が地元を離れ、仕事してた時のこと。 

休みもない仕事だらけのGW中に、滅多にない実家からの電話がきた。 

親父危篤、脳腫瘍。もって数ヶ月。 

親父が定年を迎えようとしていた、ほんの数ヶ月前だ。 
俺に”マイコン”を教えたのが、親父だった。 
仕事に穴をあけることができない状況にいた俺は、
「盆までなんとかもってくれ」 
そんな身勝手なことを願っていた・・・ 

そして7月に入ったある日、夢を見た。 

端末に向かって仕事している俺。すると、いつのまにか親父が後ろにいた。 
「仕事はどうだ?」 
仕事中の俺は一瞬驚いたが、生返事を返し、黙々と仕事を続けた。 
「Cは覚えたか?HP-UXはこう使え云々」
等々初歩的な講釈をたれる親父。 
延々つづくそれがいいかげんうざくなり、つい口が滑った。 
「んなのは分かってる。俺のほうが詳しいっつーの!」 
すると寂しいのか、うれしいのか分からないような微笑を浮かべ 

「・・・そうか」 

そう一言いい、どこかに去っていった。 


そこで目がさめ、目覚ましを見ると、6時半過ぎ。珍しく早起きをした。 
出社。仕事始めてすぐに実家から電話。 

親父死亡の連絡。 

心の準備は既にしてあったのでショックはなかった。 
死亡時刻は、その日、俺が起きたちょっと前だった。 

その後、無事葬式を終え、会社に戻ってふと夢を思い出したとき、式でも流さなかった涙が出た。 
泣いた。 

闇雲に働いて死んでいった親父の人生にむなしさを感じたからなのか、
仕事にかまけて、死に際にそばにいてやれなかったせいなのか、
枕もとに立った親父にたいした言葉を掛けられなかったせいなのか、 
削られた人間性を仕事のせいにしようとしていた自分になのか、 
夢でみせてくれた最後の表情の意味を理解したせいなのか、 
あるいはすべてのせいなのか、よく分からないが。 

ただ、街を離れる列車を見送る親父の、目を赤くしている姿だけは、今でも強く焼きついている。







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お地蔵さんが

2007.12.01 (Sat) Category : 誰も信じない人へ

私は二十歳の頃石屋でバイトしてました。ある日あるお墓に工事に行くと、隣の墓地に自分の母親位のおばさんがいました。なぜかその人は私の働く姿を見守るように見ているのです。
その人の墓は最近の仏さんだなってのは雰囲気でわかってました。少し話を聞くと最近バイク事故で息子さんを亡くされたとか…。 
同じ位の子を見るとどうしても…。わかります。痛いほどそのおばさんの心情はバカな私にもです。おばさんは帰りに
「これ息子に供えたのだけどよかったらおやつに…」
「親よか先に死んだらだめだよ」
はい、気ぃ落とさず元気で…

帰って行くそのおばさんの後ろ姿を今でも覚えてます。 
三時の休憩にそのおやつを食べようとすると離れた所で働いていた隣県の同業の親方が近づいてきました。
「今そこに地蔵さんが手をつないでおりてきてるから…」 
「墓所の向こうに六地蔵があるからそれをそこへ…」
と言い残し戻って行きました。 
私はそんなことねーべー。と自分の親方に言うと、
「いや、あの人は死ぬ程の大病助かってから見える人らしいから言われた通りにしろ」
と…その頂いたおやつを地蔵さんの所へ供えました。 







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モノを大切に

2007.12.01 (Sat) Category : 誰も信じない人へ

うちの母が(現在70歳)嫁入り道具に父親(私にしては祖父・故人)が下駄箱を作ってくれたそうだ。 
その下駄箱(家にずっとあったので私もよく知っている)を、家の改装の時にいよいよ捨てようと思ったところ、二人がかりで持ってもビクともしないという。何度かトライしたけどダメで結局あきらめたそうだ。
「しょうがない、これをこのまま道具入れにしようか・・」 
と言ったとたんスッと持ち上がったという。 
改装の際、地下に移動した時は二人で楽々持てたそうです。







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