都市伝説・・・奇憚・・・blog
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叱咤
2007.12.01 (Sat) | Category : 誰も信じない人へ
数年前。
全く身に覚えの無い事で家族からせめられ、子供達までも取り上げられて、おまけに交通事故で半身不随になった時。
もう、生きているのが絶えれなくなり自殺をしようとブランディーのストレートを飲みながら睡眠薬を飲みました。
身体が痺れてきて呼吸も苦しくなって、あ~やっと死ねる、これで、何も考えずに眠れると思った時。
突然!顔を思いっきり叩かれて、その瞬間、亡くなった父親の声で
「何してるんじゃーー 」
で・・はっとしたら(その時家には私1人です)首の後を持って吐く姿勢にされ、おもいっきり吐きました。
何度も何度も吐いて、父親のすすり泣く声。その後に母親が家に帰ってきて、病院に担ぎ込まれたのですが。
母は友達と食事している時に、それも父親の声が聞こえて
「直ぐ帰れ」
耳元で聞こえたそうです。
今思えば私の父が天国から死んじゃダメだって私を助けてくれたんだと思います。
全く身に覚えの無い事で家族からせめられ、子供達までも取り上げられて、おまけに交通事故で半身不随になった時。
もう、生きているのが絶えれなくなり自殺をしようとブランディーのストレートを飲みながら睡眠薬を飲みました。
身体が痺れてきて呼吸も苦しくなって、あ~やっと死ねる、これで、何も考えずに眠れると思った時。
突然!顔を思いっきり叩かれて、その瞬間、亡くなった父親の声で
「何してるんじゃーー 」
で・・はっとしたら(その時家には私1人です)首の後を持って吐く姿勢にされ、おもいっきり吐きました。
何度も何度も吐いて、父親のすすり泣く声。その後に母親が家に帰ってきて、病院に担ぎ込まれたのですが。
母は友達と食事している時に、それも父親の声が聞こえて
「直ぐ帰れ」
耳元で聞こえたそうです。
今思えば私の父が天国から死んじゃダメだって私を助けてくれたんだと思います。
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母からの合図
2007.12.01 (Sat) | Category : 誰も信じない人へ
私が生まれた日は大雨だったとかで、母は毎年、私の誕生日にはその話をしてました。
梅雨だから、大体雨なんですが、毎年、
「今年もやっぱり雨ねえ。あんたが生まれた日は・・・」
って言われるので、正直、ちょっと飽きてしまってたんです。
先月、母はがんで亡くなりました。それから2週間後、私の誕生日でした。
今年は空梅雨。雨が降る気配もありません。でも、私が生まれた朝5時くらい、すごい雨音で目がさめました。お母さん、天国へ着いたんだね。降らせてくれたんだ。ごめんね。ありがと。
「今年も雨ね」
って、まだまだずっと聞いてたかったよ。
雨は、すぐやみました。まだビギナーだから、そのくらいしか降らせられなかったんですね、きっと。
梅雨だから、大体雨なんですが、毎年、
「今年もやっぱり雨ねえ。あんたが生まれた日は・・・」
って言われるので、正直、ちょっと飽きてしまってたんです。
先月、母はがんで亡くなりました。それから2週間後、私の誕生日でした。
今年は空梅雨。雨が降る気配もありません。でも、私が生まれた朝5時くらい、すごい雨音で目がさめました。お母さん、天国へ着いたんだね。降らせてくれたんだ。ごめんね。ありがと。
「今年も雨ね」
って、まだまだずっと聞いてたかったよ。
雨は、すぐやみました。まだビギナーだから、そのくらいしか降らせられなかったんですね、きっと。
死んだじいちゃんからの手紙
2007.12.01 (Sat) | Category : 誰も信じない人へ
最後の寝床
2007.12.01 (Sat) | Category : 誰も信じない人へ
親父は数年間癌と戦っていて4年前に無くなりました。
末期になって医者からあと3ヶ月持つかどうか分からないと宣告されたときに私は週に何回も実家に戻って実家から病院に通っていました。
ある日、もう最後なのだから一時実家に戻って毎日通おうと思うようになりました。
でも実家の母は病気がちで掃除などもあまりせずに布団も汚いままだったので、私が寝るための布団を一式買って実家に戻りました。
その日の夜です。私が病院から一旦家に戻ってその布団で寝ていたときに親父が死んだと病院から連絡がありました。
結局その布団には遺体となった親父が実家に戻ってから寝るためのものとなったのです。
親戚にその話をしたら
「親父は最後に長男が暖めた新品の布団で寝れて良かったな」
と涙ながらに話をしていました。
病気がちの母はその10日後に脳溢血でなくなりました。
悲しいですけど、一人になる母が心配でたぶん親父がつれていったのだと思うようにしています。母は最後に顔からトイレの床に倒れたのですが、顔に傷ひとつありませんでした。
死の状況の検視をした人は
「普通このような倒れ方をすると顔がぐちゃぐちゃになるのに、きっとお父さんが支えてくれたんだよ」
と言ってくれました。
私の所から一度に二人共いなくなってしまいましたが、今でも二人で手をつないで私たちのことを微笑みながら見ていてくれていると思います。
末期になって医者からあと3ヶ月持つかどうか分からないと宣告されたときに私は週に何回も実家に戻って実家から病院に通っていました。
ある日、もう最後なのだから一時実家に戻って毎日通おうと思うようになりました。
でも実家の母は病気がちで掃除などもあまりせずに布団も汚いままだったので、私が寝るための布団を一式買って実家に戻りました。
その日の夜です。私が病院から一旦家に戻ってその布団で寝ていたときに親父が死んだと病院から連絡がありました。
結局その布団には遺体となった親父が実家に戻ってから寝るためのものとなったのです。
親戚にその話をしたら
「親父は最後に長男が暖めた新品の布団で寝れて良かったな」
と涙ながらに話をしていました。
病気がちの母はその10日後に脳溢血でなくなりました。
悲しいですけど、一人になる母が心配でたぶん親父がつれていったのだと思うようにしています。母は最後に顔からトイレの床に倒れたのですが、顔に傷ひとつありませんでした。
死の状況の検視をした人は
「普通このような倒れ方をすると顔がぐちゃぐちゃになるのに、きっとお父さんが支えてくれたんだよ」
と言ってくれました。
私の所から一度に二人共いなくなってしまいましたが、今でも二人で手をつないで私たちのことを微笑みながら見ていてくれていると思います。
愛犬
2007.12.01 (Sat) | Category : 誰も信じない人へ
一昨年の冬に12才で死んだうちの犬(ユウ♂)の話。
誰よりも大切に想っていた。当時付き合っていた彼女よりも。(藁
ある朝、急にユウの元気がなくなって、何も食べない。
たまたま具合が悪いだけかな?と思っていたけど、翌日になってもそんな調子だったので、動物病院に連れていき、入院することになった。
数日後、ユウは冷たくなって我が家に帰ってきた。
子供の頃から兄弟以上に大切に想ってきたので、哀しくて泣いた。とにかく泣いた。
それから数日後のある晩、寝ていると、ユウが胸に乗ってきた。
夢だったのかもしれないけど、まるで現実のように、大喜びで尻尾を振って、横になった俺にの胸に飛びついてきた。
「ユウ!帰って来てくれたのか?ユウ!ユウ!」
とにかく嬉しくて、そんなようなことを言いながら目が覚めた。
涙がボロボロこぼれてた。
でもその時はなぜか、「夢だったのか・・」なんて思わなかった。
胸がまだ暖かかったから。
ユウを抱いた感触も、なんとなく残っていた。
「会いに来てくれたのか、ありがとうユウ」
「またたまにでもいいから会いに来てくれよ」って思った。
あれからユウとは一度も夢では会っていない。
きっと成仏してくれたんだと今でも思う。
いつか俺が死んだら、真っ先にユウに会いに行きたい。
誰よりも大切に想っていた。当時付き合っていた彼女よりも。(藁
ある朝、急にユウの元気がなくなって、何も食べない。
たまたま具合が悪いだけかな?と思っていたけど、翌日になってもそんな調子だったので、動物病院に連れていき、入院することになった。
数日後、ユウは冷たくなって我が家に帰ってきた。
子供の頃から兄弟以上に大切に想ってきたので、哀しくて泣いた。とにかく泣いた。
それから数日後のある晩、寝ていると、ユウが胸に乗ってきた。
夢だったのかもしれないけど、まるで現実のように、大喜びで尻尾を振って、横になった俺にの胸に飛びついてきた。
「ユウ!帰って来てくれたのか?ユウ!ユウ!」
とにかく嬉しくて、そんなようなことを言いながら目が覚めた。
涙がボロボロこぼれてた。
でもその時はなぜか、「夢だったのか・・」なんて思わなかった。
胸がまだ暖かかったから。
ユウを抱いた感触も、なんとなく残っていた。
「会いに来てくれたのか、ありがとうユウ」
「またたまにでもいいから会いに来てくれよ」って思った。
あれからユウとは一度も夢では会っていない。
きっと成仏してくれたんだと今でも思う。
いつか俺が死んだら、真っ先にユウに会いに行きたい。
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