都市伝説・・・奇憚・・・blog
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階段
2010.05.08 (Sat) | Category : 人を信じすぎる人へ
715 名前:1 投稿日:03/04/24 19:15
携帯でメールをしながら歩いていると、右膝に何か当たった。
と思った次の瞬間、右側の地下通路への階段を子供が転げ落ちていくのが見えた。
スタントマンのように横向きに回転しながら、だんだんと加速して転がっていく、2歳くらいの男の子。
転落していくその間もずっとおれの顔を泣き顔で見続けている。
おれは妙に現実感がなく、それを観察していた。
一番下まで落ちた子供は2,3度回転してうつ伏せで止まった。
そのままぴくりとも動かない。
やっとヤバイと気付いたおれは、他に人の目がないのを確認すると急いでその場を離れた。
そして3日経った。
試験休みで昼まで寝ていて、飯を食うために降りていくと、母親が喪服にアイロンを当てていた。
「今日お母さん、遠藤さん家のお通夜出ていろいろ手伝いするから。おでん作ったから夜はお父さんとそれ食べて」
「うん・・・」
おれがまだ眠くてボーっとしていると、母は
「かわいそうに、拓海くんまだ2歳になって間もないのに・・・」
と喪服を広げながら言った
近所の子供だった。
知りたくなくても情報は次々入ってきた。
遠藤さん夫婦の、結婚して6年目に待ち望んでやっと授かった一人息子だったこと。
夫婦はどちらも一人っ子で、どちらの両親にとっても初孫で、みんなが溺愛していたこと。
1ヶ月前に2歳の誕生日を向かえ、まだ乗れない三輪車をプレゼントにもらったこと。
その三輪車がお棺の横に置かれ、遺影も誕生日のケーキを前にしての写真だったこと。
意識不明のまま入院していたその子が死ぬ間際に「まま、こわい」と言ったこと。・・・・・
聞けば聞くほど鬱になったが、おれは自分のせいではないと自分に言い聞かせた。
おれにぶつからなくても転げ落ちていたかもしれないじゃないか。
ちょろちょろしてるガキが悪い。
目を離した親が悪い。
おれは悪くない。おれのせいじゃない。
休みが終わり、学校へ行った。
階段を下りるとき、何かが膝の裏を押してガクッとなった。
よろめいたが特になにもない。うしろにも誰もいない。
何も思わず、少しだけ慎重に階段を下りた。
そして帰り道の駅の階段を下りる時。
また何かがおれの脚を押した。
後ろを見てもなにもない。・・・・だが何かの感触があったのは確かだった。
1mにも満たない大きさの何かが、おれに体当たりしたような感触だ。
体中の血が冷えた。
動悸がして、おれは焦って早足で駅を出た。
早く帰ろう。駅からつながっている歩道橋を降りて自転車に乗って、5分もすればもう家だ。
歩道橋を歩き出したおれは、前から歩いてきた女の人と目があった。
30歳前後のショートカットの女性。なぜか目を見開いて立ちすくんで俺を凝視している。
その時。
『まま!!このひと!!!』
真後ろから大音響で子供の甲高い声が響き渡った。
おれは度肝を抜かれ、ここに居た全員が今のを聞いてしまった!と思いあわててその場から逃げ出そうと、階段へ走った。
足がもつれる。そこへまた何かが脚にぶつかってきた。
おれは階段から転落した。
気がついたら病院だった。
死なずにすんだ・・・・
医者から説明を受け、母にむいてもらったりんごを食い、一人になって横になろうとした時、入り口のドアのすりガラスに小さい人影が映っているのが見えた。
ぼんやりと見える男の子の影。ぺたっと手のひらがガラスに押し付けられた。
おれは頭を抱えて目をつぶった。しばらくして目を開けると消えていた。
・・・・・遠藤 拓海くんだ。おれを許さないつもりだ。
あれから下りの階段に近づくたび、後ろから精一杯の幼い力でおれを押している感触がある。
だからおれは出来るだけ階段は使わない。
だんだんと、押す力が強くなっている。
もし長い階段を下りなくてはいけなくなったら、今度こそ命がないかもしれない。
携帯でメールをしながら歩いていると、右膝に何か当たった。
と思った次の瞬間、右側の地下通路への階段を子供が転げ落ちていくのが見えた。
スタントマンのように横向きに回転しながら、だんだんと加速して転がっていく、2歳くらいの男の子。
転落していくその間もずっとおれの顔を泣き顔で見続けている。
おれは妙に現実感がなく、それを観察していた。
一番下まで落ちた子供は2,3度回転してうつ伏せで止まった。
そのままぴくりとも動かない。
やっとヤバイと気付いたおれは、他に人の目がないのを確認すると急いでその場を離れた。
そして3日経った。
試験休みで昼まで寝ていて、飯を食うために降りていくと、母親が喪服にアイロンを当てていた。
「今日お母さん、遠藤さん家のお通夜出ていろいろ手伝いするから。おでん作ったから夜はお父さんとそれ食べて」
「うん・・・」
おれがまだ眠くてボーっとしていると、母は
「かわいそうに、拓海くんまだ2歳になって間もないのに・・・」
と喪服を広げながら言った
近所の子供だった。
知りたくなくても情報は次々入ってきた。
遠藤さん夫婦の、結婚して6年目に待ち望んでやっと授かった一人息子だったこと。
夫婦はどちらも一人っ子で、どちらの両親にとっても初孫で、みんなが溺愛していたこと。
1ヶ月前に2歳の誕生日を向かえ、まだ乗れない三輪車をプレゼントにもらったこと。
その三輪車がお棺の横に置かれ、遺影も誕生日のケーキを前にしての写真だったこと。
意識不明のまま入院していたその子が死ぬ間際に「まま、こわい」と言ったこと。・・・・・
聞けば聞くほど鬱になったが、おれは自分のせいではないと自分に言い聞かせた。
おれにぶつからなくても転げ落ちていたかもしれないじゃないか。
ちょろちょろしてるガキが悪い。
目を離した親が悪い。
おれは悪くない。おれのせいじゃない。
休みが終わり、学校へ行った。
階段を下りるとき、何かが膝の裏を押してガクッとなった。
よろめいたが特になにもない。うしろにも誰もいない。
何も思わず、少しだけ慎重に階段を下りた。
そして帰り道の駅の階段を下りる時。
また何かがおれの脚を押した。
後ろを見てもなにもない。・・・・だが何かの感触があったのは確かだった。
1mにも満たない大きさの何かが、おれに体当たりしたような感触だ。
体中の血が冷えた。
動悸がして、おれは焦って早足で駅を出た。
早く帰ろう。駅からつながっている歩道橋を降りて自転車に乗って、5分もすればもう家だ。
歩道橋を歩き出したおれは、前から歩いてきた女の人と目があった。
30歳前後のショートカットの女性。なぜか目を見開いて立ちすくんで俺を凝視している。
その時。
『まま!!このひと!!!』
真後ろから大音響で子供の甲高い声が響き渡った。
おれは度肝を抜かれ、ここに居た全員が今のを聞いてしまった!と思いあわててその場から逃げ出そうと、階段へ走った。
足がもつれる。そこへまた何かが脚にぶつかってきた。
おれは階段から転落した。
気がついたら病院だった。
死なずにすんだ・・・・
医者から説明を受け、母にむいてもらったりんごを食い、一人になって横になろうとした時、入り口のドアのすりガラスに小さい人影が映っているのが見えた。
ぼんやりと見える男の子の影。ぺたっと手のひらがガラスに押し付けられた。
おれは頭を抱えて目をつぶった。しばらくして目を開けると消えていた。
・・・・・遠藤 拓海くんだ。おれを許さないつもりだ。
あれから下りの階段に近づくたび、後ろから精一杯の幼い力でおれを押している感触がある。
だからおれは出来るだけ階段は使わない。
だんだんと、押す力が強くなっている。
もし長い階段を下りなくてはいけなくなったら、今度こそ命がないかもしれない。
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間違い電話
2010.05.01 (Sat) | Category : 人を信じすぎる人へ
マネキン工場
2010.04.28 (Wed) | Category : 人を信じすぎる人へ
65 名前:1/2 投稿日:03/04/19 11:05
幼い日、何てことなく通り過ぎた出来事。その記憶。
後になって当時の印象とはまた違う別の意味に気付き、ぞっとする。
そんなことがしばしばある。
例えば。
小学生の頃、通学に使っていた道は一面田圃の田舎道だった。
途中に寂れたマネキン工場があり、あとはそのずっと先に駄菓子屋が一軒。
人家は田圃の向こうに点在するのが見えるだけ。
マネキン工場は既に廃工場だったらしく、人が働いている姿を見た記憶が無い。
封鎖された敷地の隅にはバラバラになったマネキンの残骸が積んであり、それが金網越しに見える。その様は面白くもあり、不気味でもあった。
工場の敷地を幅が広い側溝が取り囲んでいて、酷い悪臭を放っている。
濁り、ヘドロ状になった水。無造作に捨てられた大量のゴミ。
ある日寄り道をして、いつもは行かない工場の裏手に回ってみた。
側溝の惨い有様は道路側をはるかに上回っている。
そこで、ゴミに混じって半身を浮かせた女性のマネキンを見つけた。
白く整ったその顔立ちは掃き溜めに鶴といった風情。
引き上げて友達連中が集まる溜まり場に持って行けばヒーローになれる、とは思ったが、水が余りに汚いし場所も遠いので諦めた。
他の奴がヒーローになったら嫌なので、この発見は誰にも教えずじまい。
それからしばらくは、その人形の様子を確認しに行くのが日課となった。
けれど、哀しいことに彼女が日に日に朽ちて行くのが分かる。
数日も経つと白い肌は薄汚れて変色し、見る影も無くなって来た。
やがて、豊かな頭髪は抜け落ちてまばらに。
艶を失った肌は黒くぼこぼこ。鼠に齧られたらしき痕すら見える。
諸行無常。最早すっかり興味を失った。
最後に見た時には、水面を覆い尽くすゴミに埋もれて、透明度ゼロの汚水に大部分が沈んでしまっていた。
かろうじて水面に覗いた部分も、水を吸って醜く膨らんでいる。
それはもう、ただのゴミだった。
けっこう日が過ぎてからもう一度見に行った。
けれど、もう、彼女の姿はそこには無かった。
やがて小学校を卒業すると、その道を通ることすら無くなった。
高校3年の夏休み。気まぐれに思い出の場所を自転車で回った。
あの場所にも行った。景色は一変している。
田は潰されて住宅が立ち並び、工場跡は駐車場になっている。
マネキンのことを思いだし、感慨に耽る。
ふと気付いた。怖い考え。
プラスチックがあんな朽ち方をするだろうか?
既にグロ画像を多数目にしている自分。
そこで得た知識ゆえに嫌な考えを振り払えなくなった。
あれは人が腐敗して行く過程そのものだったのでは・・・?
本当の事はもう分からない。
ただ、懐かしい思い出だったものは、今では見知った人には話せない忌まわしい記憶になっている。
幼い日、何てことなく通り過ぎた出来事。その記憶。
後になって当時の印象とはまた違う別の意味に気付き、ぞっとする。
そんなことがしばしばある。
例えば。
小学生の頃、通学に使っていた道は一面田圃の田舎道だった。
途中に寂れたマネキン工場があり、あとはそのずっと先に駄菓子屋が一軒。
人家は田圃の向こうに点在するのが見えるだけ。
マネキン工場は既に廃工場だったらしく、人が働いている姿を見た記憶が無い。
封鎖された敷地の隅にはバラバラになったマネキンの残骸が積んであり、それが金網越しに見える。その様は面白くもあり、不気味でもあった。
工場の敷地を幅が広い側溝が取り囲んでいて、酷い悪臭を放っている。
濁り、ヘドロ状になった水。無造作に捨てられた大量のゴミ。
ある日寄り道をして、いつもは行かない工場の裏手に回ってみた。
側溝の惨い有様は道路側をはるかに上回っている。
そこで、ゴミに混じって半身を浮かせた女性のマネキンを見つけた。
白く整ったその顔立ちは掃き溜めに鶴といった風情。
引き上げて友達連中が集まる溜まり場に持って行けばヒーローになれる、とは思ったが、水が余りに汚いし場所も遠いので諦めた。
他の奴がヒーローになったら嫌なので、この発見は誰にも教えずじまい。
それからしばらくは、その人形の様子を確認しに行くのが日課となった。
けれど、哀しいことに彼女が日に日に朽ちて行くのが分かる。
数日も経つと白い肌は薄汚れて変色し、見る影も無くなって来た。
やがて、豊かな頭髪は抜け落ちてまばらに。
艶を失った肌は黒くぼこぼこ。鼠に齧られたらしき痕すら見える。
諸行無常。最早すっかり興味を失った。
最後に見た時には、水面を覆い尽くすゴミに埋もれて、透明度ゼロの汚水に大部分が沈んでしまっていた。
かろうじて水面に覗いた部分も、水を吸って醜く膨らんでいる。
それはもう、ただのゴミだった。
けっこう日が過ぎてからもう一度見に行った。
けれど、もう、彼女の姿はそこには無かった。
やがて小学校を卒業すると、その道を通ることすら無くなった。
高校3年の夏休み。気まぐれに思い出の場所を自転車で回った。
あの場所にも行った。景色は一変している。
田は潰されて住宅が立ち並び、工場跡は駐車場になっている。
マネキンのことを思いだし、感慨に耽る。
ふと気付いた。怖い考え。
プラスチックがあんな朽ち方をするだろうか?
既にグロ画像を多数目にしている自分。
そこで得た知識ゆえに嫌な考えを振り払えなくなった。
あれは人が腐敗して行く過程そのものだったのでは・・・?
本当の事はもう分からない。
ただ、懐かしい思い出だったものは、今では見知った人には話せない忌まわしい記憶になっている。
蜘蛛
2010.04.26 (Mon) | Category : 人を信じすぎる人へ
17 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/04/19 04:30
私は蜘蛛が大嫌いです。それこそ洒落にならない程の恐怖
を感じます。
これは、小学校に上がる前の話です。
兵庫県のSというところにあるマンションに住んでいました。
マンションは敷地内に3棟あったと思います。私のうちはそのうちの1棟の8階の一番奥にある部屋です。
8階には私と同い年の男の子が私を含め3人いて、皆仲が良く、いつもマンション内の公園や敷地内の色々な場所で遊んでいました。場所によってはガガンボや蜘蛛が沢山いて、気味が悪い。
マンションの背後には大きな山が聳えているせいか、虫がやたらと多いマンションでした。
さて、仲良し3人組みとは別に、たまに一緒に遊ぶT君という男の子がいました。T君はマンションの1階に住んでいて、少し内気な感じの子です。外に出て遊び回るより、家の中でおもちゃで遊ぶのが好きだったようで、外遊びが好きな私達とは1ヶ月に数度遊ぶ程度の仲だったと思います。
ある時、私一人でT君のうちに遊びに行きました。
マンションの一階は少し薄暗いのです。さらにその日は曇りだったので廊下が夜のように暗く、T君のうちに入る
までかなり心細かったのを憶えています。
T君のうちに着くと、T君とT君のお母さんが出迎えてくれ、ホッとしました。
T君は救急車やパトカーのミニカーを取り出してきたので子供なりにストーリーを仕立てて2人で遊んでいました。
しばらく遊んでいて、ふと視線を上げると、T君の部屋の箪笥の上に見慣れないおもちゃが置いてあることに気が付きました。下から見上げる限りでは、レールが立体的に交差した造形しか判別出来ませんが、いかにも面白そうなおもちゃです。
「あのおもちゃで遊ぼうよ」
と、T君に頼みました。
するとT君は素っ気無く、
「壊れてるから遊べないよ、○○君が壊したんじゃないか」
と言います(○○君とは私のこと)。
吃驚して、
「嘘だあ。あんなおもちゃ見たことないよ」
と言い返すと、
「この前遊びに来た時壊したじゃないか」
と言い張るのです。全く記憶にない事です。
ちょうどその時T君のお母さんが部屋に入ってきて、箪笥に洗濯した服を仕舞い始めました。
「T君が、僕があのおもちゃを壊したっていうんだよ」
と、T君のお母さんに訴えました。
「だって○○君、この前遊びに来た時壊したでしょう」
と、T君のお母さん。
当時4歳か5歳だったと思いますが、私は3歳位からの記憶がわりとハッキリと残っています。
既に物心ついていましたので、友達のおもちゃを壊したかどうかくらいは判断出来ます。断じてそんな記憶はありませんし、そもそもそのおもちゃを見るのは初めてなわけです。
「どうしてそんな事言うの?ぼくは壊してないよ!」
「この前遊んでて壊したじゃないか」
「そうよねえ、○○君が壊したから遊べなくなったのよね」
その時は勿論この言葉を知りませんでしたが、そう、 生まれて初めて「不条理」を感じた瞬間だったと思い
ます。
しばらく必死に記憶を辿って、以前にT君のうちに遊びに来た時の事を思い出そうとしてみましたが、やはり何も憶えていませんでした。その場にいたたまれなくなり、自分のうちに帰りました。
私にとってはかなりショックな出来事で、帰宅しても親に話せません。
その後間もなく、私達一家は東京へと引越ししてしまったので、T君のおもちゃのことは不可解なままになってしまいました。
その後、私は叔母から誕生日の贈り物に幼年向けの「ファーブル昆虫記」をもらい、大変に気に入って何度も何度も読み返していたので、虫がとても好きになりました。
引っ越した先は東京にしては自然が多い地区でしたので、外に出ては色んな虫を捕まえて遊んでいました。
ただ、どうしても蜘蛛だけは好きになれません。
好きになれないどころではない、蜘蛛の事を考えるだけで身の毛がよだつ思いがします。
ファーブル昆虫記にも蜘蛛の話は載っていて、お話としては非常に面白いのですが。
小学校、中学校、高校と、いつまでたっても私の蜘蛛嫌いは直りませんでした。
ある日、幼い頃育ったマンションでの日々について、母親と思い出話を語ることがありました。
色々懐かしく思い出しながら話しているうちに、
「お前は今でも蜘蛛が大嫌いだけど、子供の頃は本当に酷かった。夜中にいきなり『蜘蛛は嫌だーっ!』 って叫び始めるんだよ。」
先に書いた通り、私は自分ではわりと小さい頃の記憶がある方だと思っている。
でも、夜中に泣き出したという記憶は全然ないわけです。
母親が語るには、私の泣き叫ぶ様があまりにも真に迫っていて、まるでそこに本当に蜘蛛がいるかのように怯えていたそうです。
寝ぼけたという様な生易しいものではなく、錯乱状態といってもよいぐらいで、気でも違った様に見えた。
そんなことが何度も続くので、病院に連れて行った方が良いのでは、と悩んだほどだそうなのです。
そこで少し、自分の記憶があやふやになってきました。
いくらなんでも、そんなことがあったら憶えているんじゃないか?
でも全く憶えていない。
ハッとしました。こういうことは前にもあったなあ。
そうだ、T君のおもちゃのことだ。
そこで何か思い出しそうになり、T君の薄暗い部屋のイメージが頭の中にフラッシュバックしてきました。
でも、はっきりと思い出す前に記憶の糸がフッと途切れてしまい、それ以上は思い出せません。
その時母親が、
「あのマンションは裏手が山だったから、大きな蜘蛛がたまに出たんだよねえ。大人の手くらいあるやつ。あんな大きな蜘蛛、子供が見たらすごい大きさに見えるだろうねえ」
と言いました。
その瞬間、私の頭の中に幾つかのイメージが同時に駆け巡り、気が付くと私は頭を抱えてウゥと唸っていました。すんでのところで叫び声を抑えていました。
T君の部屋で走り回っている時に転んで、あのレールのおもちゃの上に倒れこむ瞬間
床を叩きながら泣いて私を非難するT君
T君に、どうすれば○○君を許す?と聞くT君のおかあさん
T君のおかあさんが、彼女の手より大きな蜘蛛をつかんで
僕の口に
感触が!
私の母親は驚いたことでしょう。
私は逃げるように自分の部屋まで走り、そのまま布団をかぶって頭の中に蘇ってくるイメージを消そうと、もがきました。
その日は朝まで眠れずに記憶と葛藤し、その後数週間は日常生活の合間に蘇ってくる記憶に苛まれ続けました。
なにしろ人と会っていても、いきなり頭を抱えてうめき始めるわけです。
頭がおかしくなったと思った人もいたでしょう。
「蜘蛛を食べれば、許す」
「じゃあ、蜘蛛とってくるね」
冗談かと思いきや、数分も経たぬうち戻ってくるT君のおかあさん
「廊下に巣を張ってる蜘蛛を取ろうと思ってたんだけど、すごい大きな蜘蛛がいたからそっちの方を取って来た」
「うわっ、でっかー!」
「ほーら○○君、食べなさい」
今では分かる。T君の母親は、本気で蜘蛛を食べさせようとしたわけじゃない。
でも、彼女の目は、加虐の喜びに満ちていた。
彼女はひとしきり大きな蜘蛛を私の口のまわりになすりつけると、ひょいと窓から蜘蛛を捨て、
「おかあさんにいっちゃだめよ!」
と恐ろしい顔をして言った。そしてT君にも、
「これで○○君を許して上げなさい!」
と叱りつけた。
これが私の、蜘蛛を嫌いになった理由です。
私は蜘蛛が大嫌いです。それこそ洒落にならない程の恐怖
を感じます。
これは、小学校に上がる前の話です。
兵庫県のSというところにあるマンションに住んでいました。
マンションは敷地内に3棟あったと思います。私のうちはそのうちの1棟の8階の一番奥にある部屋です。
8階には私と同い年の男の子が私を含め3人いて、皆仲が良く、いつもマンション内の公園や敷地内の色々な場所で遊んでいました。場所によってはガガンボや蜘蛛が沢山いて、気味が悪い。
マンションの背後には大きな山が聳えているせいか、虫がやたらと多いマンションでした。
さて、仲良し3人組みとは別に、たまに一緒に遊ぶT君という男の子がいました。T君はマンションの1階に住んでいて、少し内気な感じの子です。外に出て遊び回るより、家の中でおもちゃで遊ぶのが好きだったようで、外遊びが好きな私達とは1ヶ月に数度遊ぶ程度の仲だったと思います。
ある時、私一人でT君のうちに遊びに行きました。
マンションの一階は少し薄暗いのです。さらにその日は曇りだったので廊下が夜のように暗く、T君のうちに入る
までかなり心細かったのを憶えています。
T君のうちに着くと、T君とT君のお母さんが出迎えてくれ、ホッとしました。
T君は救急車やパトカーのミニカーを取り出してきたので子供なりにストーリーを仕立てて2人で遊んでいました。
しばらく遊んでいて、ふと視線を上げると、T君の部屋の箪笥の上に見慣れないおもちゃが置いてあることに気が付きました。下から見上げる限りでは、レールが立体的に交差した造形しか判別出来ませんが、いかにも面白そうなおもちゃです。
「あのおもちゃで遊ぼうよ」
と、T君に頼みました。
するとT君は素っ気無く、
「壊れてるから遊べないよ、○○君が壊したんじゃないか」
と言います(○○君とは私のこと)。
吃驚して、
「嘘だあ。あんなおもちゃ見たことないよ」
と言い返すと、
「この前遊びに来た時壊したじゃないか」
と言い張るのです。全く記憶にない事です。
ちょうどその時T君のお母さんが部屋に入ってきて、箪笥に洗濯した服を仕舞い始めました。
「T君が、僕があのおもちゃを壊したっていうんだよ」
と、T君のお母さんに訴えました。
「だって○○君、この前遊びに来た時壊したでしょう」
と、T君のお母さん。
当時4歳か5歳だったと思いますが、私は3歳位からの記憶がわりとハッキリと残っています。
既に物心ついていましたので、友達のおもちゃを壊したかどうかくらいは判断出来ます。断じてそんな記憶はありませんし、そもそもそのおもちゃを見るのは初めてなわけです。
「どうしてそんな事言うの?ぼくは壊してないよ!」
「この前遊んでて壊したじゃないか」
「そうよねえ、○○君が壊したから遊べなくなったのよね」
その時は勿論この言葉を知りませんでしたが、そう、 生まれて初めて「不条理」を感じた瞬間だったと思い
ます。
しばらく必死に記憶を辿って、以前にT君のうちに遊びに来た時の事を思い出そうとしてみましたが、やはり何も憶えていませんでした。その場にいたたまれなくなり、自分のうちに帰りました。
私にとってはかなりショックな出来事で、帰宅しても親に話せません。
その後間もなく、私達一家は東京へと引越ししてしまったので、T君のおもちゃのことは不可解なままになってしまいました。
その後、私は叔母から誕生日の贈り物に幼年向けの「ファーブル昆虫記」をもらい、大変に気に入って何度も何度も読み返していたので、虫がとても好きになりました。
引っ越した先は東京にしては自然が多い地区でしたので、外に出ては色んな虫を捕まえて遊んでいました。
ただ、どうしても蜘蛛だけは好きになれません。
好きになれないどころではない、蜘蛛の事を考えるだけで身の毛がよだつ思いがします。
ファーブル昆虫記にも蜘蛛の話は載っていて、お話としては非常に面白いのですが。
小学校、中学校、高校と、いつまでたっても私の蜘蛛嫌いは直りませんでした。
ある日、幼い頃育ったマンションでの日々について、母親と思い出話を語ることがありました。
色々懐かしく思い出しながら話しているうちに、
「お前は今でも蜘蛛が大嫌いだけど、子供の頃は本当に酷かった。夜中にいきなり『蜘蛛は嫌だーっ!』 って叫び始めるんだよ。」
先に書いた通り、私は自分ではわりと小さい頃の記憶がある方だと思っている。
でも、夜中に泣き出したという記憶は全然ないわけです。
母親が語るには、私の泣き叫ぶ様があまりにも真に迫っていて、まるでそこに本当に蜘蛛がいるかのように怯えていたそうです。
寝ぼけたという様な生易しいものではなく、錯乱状態といってもよいぐらいで、気でも違った様に見えた。
そんなことが何度も続くので、病院に連れて行った方が良いのでは、と悩んだほどだそうなのです。
そこで少し、自分の記憶があやふやになってきました。
いくらなんでも、そんなことがあったら憶えているんじゃないか?
でも全く憶えていない。
ハッとしました。こういうことは前にもあったなあ。
そうだ、T君のおもちゃのことだ。
そこで何か思い出しそうになり、T君の薄暗い部屋のイメージが頭の中にフラッシュバックしてきました。
でも、はっきりと思い出す前に記憶の糸がフッと途切れてしまい、それ以上は思い出せません。
その時母親が、
「あのマンションは裏手が山だったから、大きな蜘蛛がたまに出たんだよねえ。大人の手くらいあるやつ。あんな大きな蜘蛛、子供が見たらすごい大きさに見えるだろうねえ」
と言いました。
その瞬間、私の頭の中に幾つかのイメージが同時に駆け巡り、気が付くと私は頭を抱えてウゥと唸っていました。すんでのところで叫び声を抑えていました。
T君の部屋で走り回っている時に転んで、あのレールのおもちゃの上に倒れこむ瞬間
床を叩きながら泣いて私を非難するT君
T君に、どうすれば○○君を許す?と聞くT君のおかあさん
T君のおかあさんが、彼女の手より大きな蜘蛛をつかんで
僕の口に
感触が!
私の母親は驚いたことでしょう。
私は逃げるように自分の部屋まで走り、そのまま布団をかぶって頭の中に蘇ってくるイメージを消そうと、もがきました。
その日は朝まで眠れずに記憶と葛藤し、その後数週間は日常生活の合間に蘇ってくる記憶に苛まれ続けました。
なにしろ人と会っていても、いきなり頭を抱えてうめき始めるわけです。
頭がおかしくなったと思った人もいたでしょう。
「蜘蛛を食べれば、許す」
「じゃあ、蜘蛛とってくるね」
冗談かと思いきや、数分も経たぬうち戻ってくるT君のおかあさん
「廊下に巣を張ってる蜘蛛を取ろうと思ってたんだけど、すごい大きな蜘蛛がいたからそっちの方を取って来た」
「うわっ、でっかー!」
「ほーら○○君、食べなさい」
今では分かる。T君の母親は、本気で蜘蛛を食べさせようとしたわけじゃない。
でも、彼女の目は、加虐の喜びに満ちていた。
彼女はひとしきり大きな蜘蛛を私の口のまわりになすりつけると、ひょいと窓から蜘蛛を捨て、
「おかあさんにいっちゃだめよ!」
と恐ろしい顔をして言った。そしてT君にも、
「これで○○君を許して上げなさい!」
と叱りつけた。
これが私の、蜘蛛を嫌いになった理由です。
ハンバーガー
2010.04.22 (Thu) | Category : 人を信じすぎる人へ
644 名前:1/3 投稿日:03/04/16 20:34
今住んでるマンションから徒歩十数分のところにハンバーガー屋がある。
フランチャイズ店ではなく、手作りの味を売りにしている店だ。
セット(バーガー+ポテト+ドリンク)で頼むと800円以上はするし、すごく美味いってわけでもないせいか、いつ行っても客がいない。
店内はそのくせわりと広いので、ちょっと寂しささえ感じるほどだ。
店は中年男性がレジと厨房、その奥さんらしき女性がウェイトレスや雑用を担当している。店の奥は彼らの住居に直接繋がっている作りで、よく言えばアットホーム、悪くいえば生活感があり飲食店としてはだらしない感じ。
店も店の二人も70年代を感じさせるスタイル。
それもオシャレな感じじゃなく、ちょっと陰気な、貧乏臭い感じのものだ。
フロアの中央には各種調味料が置いてある。
おれの好きなサルサソースも置いてあるので、他に食べたいものがない時に消去法でここに来ることがたまにあった。
調味料置き場には、
「当店のハンバーガーには独自の味付けをしております。調味料の類は一度召し上がってからお付け下さい」
というメッセージが書かれている。
独自の味付けっていってもケチャップとフレンチドレッシングがかかっているだけだ(たぶん)。
おれは最初からサルサソースをドバドバかけて食っていた。
確か3度目にこの店を訪れた時だったと思う。
レジでの注文時に
「うちのハンバーガーはそのまま食べてみて下さいね。あまり調味料を使うと味がわからなくなりますからね」
と言われた。
おせっかいだなぁと思いながらも、
「ええ」
とだけ無難な返事をしておいた。
その日も結局いきなりサルサソースどばどばで食べた。
それからなんとはなしにその店に行かなかったのだが、2,3ヶ月は経ってからふとまた食べたくなり、久しぶりに店を訪れた。
「うちのハンバーガーはそのまま食べてみて下さいね。あまり調味料を使うと味がわからなくなりますからね」
はっきりと覚えているわけではないのだが、前回と同じセリフをそっくりそのまま言われた。
で、今回はおっさんの顔がちょっと引き攣っていて、口調も何か感情を押し殺した様に、変に棒読みなんだ。
口元なんかちょっとプルプル震えて、どもりをすれすれで免れた感じ。
ここに至って初めてちょっと不審に思った。この店はレジが一階にあり、客が飲食するフロアは階段を上ったところにある。
ウェイトレスの奥さんも注文した品を席まで届けると、飲食フロアの奥にある自宅へと引っ込んでしまうので、おれがハンバーガーを食べているところを彼らに直接見られた記憶がないのだ。
でも、さっきの口調は通り一遍の説明ではなく、はっきりとおれへの非難が感じられるもの。
いつもおれがサルサソースどばどばやってるのを見られていたのかな。
まあでも、客がどんな食い方をしようと勝手だ。
奥さんが注文したセットを置いてフロアの奥の方へ向かったのを確認しておれはまた調味料コーナーへ向かい、バーガーのバンズを取り、サルサをどばどばかけた。
なんかおっさんが押し付けがましいのがムカつくけど、たまに食うとわりと美味いなーと思いながらむしゃむしゃやっていた。
半分くらい食べたところだったか、不意にガシャンというガラスの割れる大きな音がした。
驚いて音のする方を反射的に振り返ると、それはフロアの奥の店主達の住居の入り口。
そこから半身だけのぞかせ、店主と奥さんがこちらを凝視していた。
店主は何かを床に叩きつけた直後の様な姿勢で、顔だけこちらを向いている。
一瞬だけ視線が合ったが、すぐに目を逸らせて小走りに店を出た。
ただただ、怖かった。
彼の表情はおれに暴力的な危害を加えようというような、つまり殺気を感じさせるようなものではなかった。
自我の崩壊というものが表情に表れるとしたら、ああいう感じではなかろうかと思わせるものだった。
さらに数ヵ月後、店の前を通りかかった。
店は売りに出されていた。貼り紙から察するに、最後に店を訪れてからほどなくのことのようだった。
今住んでるマンションから徒歩十数分のところにハンバーガー屋がある。
フランチャイズ店ではなく、手作りの味を売りにしている店だ。
セット(バーガー+ポテト+ドリンク)で頼むと800円以上はするし、すごく美味いってわけでもないせいか、いつ行っても客がいない。
店内はそのくせわりと広いので、ちょっと寂しささえ感じるほどだ。
店は中年男性がレジと厨房、その奥さんらしき女性がウェイトレスや雑用を担当している。店の奥は彼らの住居に直接繋がっている作りで、よく言えばアットホーム、悪くいえば生活感があり飲食店としてはだらしない感じ。
店も店の二人も70年代を感じさせるスタイル。
それもオシャレな感じじゃなく、ちょっと陰気な、貧乏臭い感じのものだ。
フロアの中央には各種調味料が置いてある。
おれの好きなサルサソースも置いてあるので、他に食べたいものがない時に消去法でここに来ることがたまにあった。
調味料置き場には、
「当店のハンバーガーには独自の味付けをしております。調味料の類は一度召し上がってからお付け下さい」
というメッセージが書かれている。
独自の味付けっていってもケチャップとフレンチドレッシングがかかっているだけだ(たぶん)。
おれは最初からサルサソースをドバドバかけて食っていた。
確か3度目にこの店を訪れた時だったと思う。
レジでの注文時に
「うちのハンバーガーはそのまま食べてみて下さいね。あまり調味料を使うと味がわからなくなりますからね」
と言われた。
おせっかいだなぁと思いながらも、
「ええ」
とだけ無難な返事をしておいた。
その日も結局いきなりサルサソースどばどばで食べた。
それからなんとはなしにその店に行かなかったのだが、2,3ヶ月は経ってからふとまた食べたくなり、久しぶりに店を訪れた。
「うちのハンバーガーはそのまま食べてみて下さいね。あまり調味料を使うと味がわからなくなりますからね」
はっきりと覚えているわけではないのだが、前回と同じセリフをそっくりそのまま言われた。
で、今回はおっさんの顔がちょっと引き攣っていて、口調も何か感情を押し殺した様に、変に棒読みなんだ。
口元なんかちょっとプルプル震えて、どもりをすれすれで免れた感じ。
ここに至って初めてちょっと不審に思った。この店はレジが一階にあり、客が飲食するフロアは階段を上ったところにある。
ウェイトレスの奥さんも注文した品を席まで届けると、飲食フロアの奥にある自宅へと引っ込んでしまうので、おれがハンバーガーを食べているところを彼らに直接見られた記憶がないのだ。
でも、さっきの口調は通り一遍の説明ではなく、はっきりとおれへの非難が感じられるもの。
いつもおれがサルサソースどばどばやってるのを見られていたのかな。
まあでも、客がどんな食い方をしようと勝手だ。
奥さんが注文したセットを置いてフロアの奥の方へ向かったのを確認しておれはまた調味料コーナーへ向かい、バーガーのバンズを取り、サルサをどばどばかけた。
なんかおっさんが押し付けがましいのがムカつくけど、たまに食うとわりと美味いなーと思いながらむしゃむしゃやっていた。
半分くらい食べたところだったか、不意にガシャンというガラスの割れる大きな音がした。
驚いて音のする方を反射的に振り返ると、それはフロアの奥の店主達の住居の入り口。
そこから半身だけのぞかせ、店主と奥さんがこちらを凝視していた。
店主は何かを床に叩きつけた直後の様な姿勢で、顔だけこちらを向いている。
一瞬だけ視線が合ったが、すぐに目を逸らせて小走りに店を出た。
ただただ、怖かった。
彼の表情はおれに暴力的な危害を加えようというような、つまり殺気を感じさせるようなものではなかった。
自我の崩壊というものが表情に表れるとしたら、ああいう感じではなかろうかと思わせるものだった。
さらに数ヵ月後、店の前を通りかかった。
店は売りに出されていた。貼り紙から察するに、最後に店を訪れてからほどなくのことのようだった。
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