都市伝説・・・奇憚・・・blog
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ファーストビュー
2011.02.06 (Sun) | Category : トピックス
ウェブサイトでよく言われる、ファーストビュー。
簡単に言えば、サイトが開いたときに、スクロールせずに最初に目に入る範囲、である。
ウェブコンサルタントなどはよく、
「訪問者はスクロールを嫌がるため、重要な情報は可能な限りファーストビューに詰め込んだほうがよい」
と、ファーストビュー至上主義とも言える発言をする。
しかし、どうやらこれは都市伝説であったようだ。
イギリスのユーザビリティ会社cxパートナーズの調査によると、ファーストビューに要素を詰め込んでいるデザインよりも、ファーストビューのコンテンツが少ないほうが、ユーザーはスクロールして他のコンテンツを探す行動に出る場合もあるとのこと。
訪問者はコンテンツがあることがわかっていたら、ちゃんとスクロールしてくれるし、その証拠にアイトラッキング(視線調査)でも、スクロールバーに視線が行ってページの長さを確認する行動が、多くのサイトで確認されているとのこと。
引用元
http://www.insightnow.jp/article/4834
もちろん、ユーザーにコンテンツがあることを判断させるサイトの作りになっている必要があるし、延々とスクロールしてくれるわけでもないので、注意が必要とのことだ。
簡単に言えば、サイトが開いたときに、スクロールせずに最初に目に入る範囲、である。
ウェブコンサルタントなどはよく、
「訪問者はスクロールを嫌がるため、重要な情報は可能な限りファーストビューに詰め込んだほうがよい」
と、ファーストビュー至上主義とも言える発言をする。
しかし、どうやらこれは都市伝説であったようだ。
イギリスのユーザビリティ会社cxパートナーズの調査によると、ファーストビューに要素を詰め込んでいるデザインよりも、ファーストビューのコンテンツが少ないほうが、ユーザーはスクロールして他のコンテンツを探す行動に出る場合もあるとのこと。
訪問者はコンテンツがあることがわかっていたら、ちゃんとスクロールしてくれるし、その証拠にアイトラッキング(視線調査)でも、スクロールバーに視線が行ってページの長さを確認する行動が、多くのサイトで確認されているとのこと。
引用元
http://www.insightnow.jp/article/4834
もちろん、ユーザーにコンテンツがあることを判断させるサイトの作りになっている必要があるし、延々とスクロールしてくれるわけでもないので、注意が必要とのことだ。
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献血
2011.02.03 (Thu) | Category : トピックス
献血を過去に一度でも行った人は、必ず持っている献血手帳。
実は、事故や病気などでの手術等緊急時に輸血が必要になった場合、手帳所持者は優先的に輸血を受けられる権利がある、という話を耳にする。
そんなバカな、とも思われるし、定期的に献血を行っている方は優先されてもおかしくないとも思う。
だが実際にはそんなことはなく、輸血に関しては料金を支払えばみな平等である。
…と、ここまでは単なる都市伝説…とも思われるが、なぜこんな話が出てきたか。
実は、過去にはそういう制度があったのである。
その名も「預血制度」。
これは現在禁止されている「売血」と深い関わりがある。
売血とは、その名の通り「自分の血液を売ること」である。
日本では1950年代から1960年代まで、輸血用血液の大部分が売血で賄われていた経緯がある。
この頃、金銭目的で過度の売血を繰り返したり他者に強要したりと、制度に暗部があった。
・暴力団の資金
・覚せい剤の購入資金
・生活費
などが主である。
ただ、この頃は感染症の検査が不十分であったり、売血者のそのほとんどが覚せい剤使用者層であった。
結果、肝炎ウイルスが蔓延することになり、医者側もリスクとして甘受するほどであった。
しかし、1964年のライシャワー駐日アメリカ大使事件事件を受け、閣議決定により輸血用血液は売血主体から献血に方向転換。
1969年に売血は一応の終息をみた。
しかし、まだ預血制度は残っていた。
預血制度とは、献血手帳に記載される「供給欄」への預血証明があると、緊急の際には献血者本人、及びその家族は優先的に輸血を受けられる、という制度である。
だが、献血の預金とも言える預血制度を悪用した売血的行為(血液銀行から供血者に支払われる「見舞金」目的の預血、預血証書の売買)が一部で行われていた。
この預血制度が廃止され、輸血用血液が完全に献血由来のものに切り替わったのは1974年のことである。
30年以上も前になくなった制度ではあるが、現在でも先述のような話が聞かれるというのは、なかなかに興味深い。
実は、事故や病気などでの手術等緊急時に輸血が必要になった場合、手帳所持者は優先的に輸血を受けられる権利がある、という話を耳にする。
そんなバカな、とも思われるし、定期的に献血を行っている方は優先されてもおかしくないとも思う。
だが実際にはそんなことはなく、輸血に関しては料金を支払えばみな平等である。
…と、ここまでは単なる都市伝説…とも思われるが、なぜこんな話が出てきたか。
実は、過去にはそういう制度があったのである。
その名も「預血制度」。
これは現在禁止されている「売血」と深い関わりがある。
売血とは、その名の通り「自分の血液を売ること」である。
日本では1950年代から1960年代まで、輸血用血液の大部分が売血で賄われていた経緯がある。
この頃、金銭目的で過度の売血を繰り返したり他者に強要したりと、制度に暗部があった。
・暴力団の資金
・覚せい剤の購入資金
・生活費
などが主である。
ただ、この頃は感染症の検査が不十分であったり、売血者のそのほとんどが覚せい剤使用者層であった。
結果、肝炎ウイルスが蔓延することになり、医者側もリスクとして甘受するほどであった。
しかし、1964年のライシャワー駐日アメリカ大使事件事件を受け、閣議決定により輸血用血液は売血主体から献血に方向転換。
1969年に売血は一応の終息をみた。
しかし、まだ預血制度は残っていた。
預血制度とは、献血手帳に記載される「供給欄」への預血証明があると、緊急の際には献血者本人、及びその家族は優先的に輸血を受けられる、という制度である。
だが、献血の預金とも言える預血制度を悪用した売血的行為(血液銀行から供血者に支払われる「見舞金」目的の預血、預血証書の売買)が一部で行われていた。
この預血制度が廃止され、輸血用血液が完全に献血由来のものに切り替わったのは1974年のことである。
30年以上も前になくなった制度ではあるが、現在でも先述のような話が聞かれるというのは、なかなかに興味深い。
死の瞬間の気持ちよさ
2011.01.25 (Tue) | Category : トピックス
死の瞬間の気持ち良さはセックスの200倍
死の瞬間に「脳は幸福物質で満たされる」というのは、脳機能学者の苫米地英人氏だ。
「死を察知した脳はドーパミンやβエンドロフィン、セロトニンらの脳内伝達物質を多量に出し“超気持ちいい状態”にします。これは自然死、他殺、自殺を問わず共通する幸福感です」
苫米地氏によると、死の瞬間に分泌されるドーパミン量は、セックスに比べて何と100倍から200倍もあるそうだ。
※週刊ポスト2011年1月21日号
ソース
http://news.livedoor.com/article/detail/5262963/
- - - - - -
ドーパミンは脳内の神経伝達物質のひとつで、運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲、学習などに関わる。
統合失調症の幻覚や妄想などの症状はこのドーパミンの過剰分泌が原因だと言われている。
ソースが苫米地英人ということで、専門家ではあるが非常に根拠が怪しいとされている部分もある。
考えてみればドーパミンやβエンドルフィンなどいわゆる脳内麻薬が分泌されるということは、脳が痛みや苦痛に大して防御反応を行っている、ということである。
すなわち、sexの200倍の快楽が得られるのは「死の瞬間」だけであり、分泌が開始されるまではsexの200倍ものドーパミンでしか補えない苦痛を伴う、ということを忘れてはいけない。
ただし、こればかりは臨床実験できるものでもないので、今後の調査が待たれる話ではある。
しかし、臨死体験などで良く言われる「花畑」「三途の川」などの幻覚はドーパミンなどの分泌による幻覚・妄想であることは想像にかたくない。
死の瞬間に「脳は幸福物質で満たされる」というのは、脳機能学者の苫米地英人氏だ。
「死を察知した脳はドーパミンやβエンドロフィン、セロトニンらの脳内伝達物質を多量に出し“超気持ちいい状態”にします。これは自然死、他殺、自殺を問わず共通する幸福感です」
苫米地氏によると、死の瞬間に分泌されるドーパミン量は、セックスに比べて何と100倍から200倍もあるそうだ。
※週刊ポスト2011年1月21日号
ソース
http://news.livedoor.com/article/detail/5262963/
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ドーパミンは脳内の神経伝達物質のひとつで、運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲、学習などに関わる。
統合失調症の幻覚や妄想などの症状はこのドーパミンの過剰分泌が原因だと言われている。
ソースが苫米地英人ということで、専門家ではあるが非常に根拠が怪しいとされている部分もある。
考えてみればドーパミンやβエンドルフィンなどいわゆる脳内麻薬が分泌されるということは、脳が痛みや苦痛に大して防御反応を行っている、ということである。
すなわち、sexの200倍の快楽が得られるのは「死の瞬間」だけであり、分泌が開始されるまではsexの200倍ものドーパミンでしか補えない苦痛を伴う、ということを忘れてはいけない。
ただし、こればかりは臨床実験できるものでもないので、今後の調査が待たれる話ではある。
しかし、臨死体験などで良く言われる「花畑」「三途の川」などの幻覚はドーパミンなどの分泌による幻覚・妄想であることは想像にかたくない。
嫁つつき
2011.01.24 (Mon) | Category : トピックス
秋田で4年ぶり奇習「嫁つつき」 子宝願う小正月行事
新婚夫婦が子宝に恵まれるようにと願い、集落の子どもたちが新妻を囲んで
棒でつつく奇習「嫁つつき」が15日、秋田県にかほ市の大森地区で行われた。
小正月行事として続いてきたが、最近3年間は同地区に新婚がいなかったため
2007年以来、4年ぶりの再開となった。
新婚夫婦が住む2軒のうち、農業今野正作さん(77)方では、座敷に通された小学生4人が
棒で畳をたたきながら「初嫁出せじゃ」と連呼し、昨年9月に孫の
会社員伸哉さん(24)と結婚した奈美さん(24)が着物姿で登場した。
児童は「つつくは今だ」と奈美さんを囲み、何度も棒で周囲をつつくようなしぐさ。
伸哉さんが「あと止めてけれ」と割り込んで行事は終了し、子どもたちはお菓子や餅などをもらった。
【共同通信】
http://www.47news.jp/news/2011/01/post_20110115170501.html
- - - - - -
嫁にまつわる風習はこういった安産祈願、子宝祈願を主とするものが多い。
言ってしまえば奇習に分類されるのだが、過去に紹介してきた
【おっとい嫁じょ】
【寝取られ】
【仮一夜】
などに比べれば、はるかに健全ではある。
新婚夫婦が子宝に恵まれるようにと願い、集落の子どもたちが新妻を囲んで
棒でつつく奇習「嫁つつき」が15日、秋田県にかほ市の大森地区で行われた。
小正月行事として続いてきたが、最近3年間は同地区に新婚がいなかったため
2007年以来、4年ぶりの再開となった。
新婚夫婦が住む2軒のうち、農業今野正作さん(77)方では、座敷に通された小学生4人が
棒で畳をたたきながら「初嫁出せじゃ」と連呼し、昨年9月に孫の
会社員伸哉さん(24)と結婚した奈美さん(24)が着物姿で登場した。
児童は「つつくは今だ」と奈美さんを囲み、何度も棒で周囲をつつくようなしぐさ。
伸哉さんが「あと止めてけれ」と割り込んで行事は終了し、子どもたちはお菓子や餅などをもらった。
【共同通信】
http://www.47news.jp/news/2011/01/post_20110115170501.html
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嫁にまつわる風習はこういった安産祈願、子宝祈願を主とするものが多い。
言ってしまえば奇習に分類されるのだが、過去に紹介してきた
【おっとい嫁じょ】
【寝取られ】
【仮一夜】
などに比べれば、はるかに健全ではある。
仮一夜
2011.01.05 (Wed) | Category : トピックス
田舎の奇妙な風習 仮一夜
▼明治16年、ある村の裕福者の家で祝言があげられることになった。奥座敷中央に花婿・花嫁の座が敷かれ、それを挟んで両親や縁者、村の有力者が居並ぶ中でしめやかに三々九度が行なわれた。
▼さて、この村には昔から残る奇習があった。婚礼の夜にはまず花嫁が婿の父と同衾し、試みが済んだ後、改めて祝言の盃をとり交わすというもので、これをこの地方では「仮一夜」と呼んでいた。
▼その夜もそれは当然のように行なわれた。花嫁が仲人に手を引かれ、しずしずと次の間へ入った。この部屋は屏風が張り廻らされており、外から中は覗けない。花嫁はここで一旦花嫁衣裳を解き、長襦袢1枚となって「将来の義父」を待つのである。義父がその部屋に入っていったのは午後9時頃のことだった。
▼いかに風習とはいえ、それをじっと黙って待っている夫の気持ち、また夫にそれと知られていながら義父に身をまかせる娘の気持ちは我々現代人には理解しにくい。が、ともかく予定では仮一夜の儀式が終わり次第、父親は衣服を正して席に戻り、花嫁も再度白無垢姿に戻って祝言の続きとなる手はずであった。
▼ところがいつまで経っても、2人は戻ってこない。1時間経ち、2時間経ち‥その頃にはまだ、淫らな野次を飛ばす者もおって、酒が入っていたこともあってか心配する者は少なかった。しかし午前1時を過ぎ、2時を回るにあたって、とうとう花婿の堪忍袋の緒が切れた。
▼屏風の外から「親父ッ、いいかげんにしろ!」と怒鳴ったが返事はなく、物音ひとつしない。これは‥と思って屏風を取り除け、中に入ってみると、2人とも裸で抱きあったまま、冷たくなっていた。外傷はなく、心臓麻痺と思われた。
▼しかし、どちらも普段から健康体で、かといって殺人の疑いもなく、結局うやむやのまま事件は片づけられた。不思議な事件と言わざるを得ないが、これを機にこの奇習が絶えたという話も聞かないから、かの地ではやはりしばらく、この「仮一夜」は続けられたのだろう。
(※白さんからの投稿です。ありがとうございました)
▼明治16年、ある村の裕福者の家で祝言があげられることになった。奥座敷中央に花婿・花嫁の座が敷かれ、それを挟んで両親や縁者、村の有力者が居並ぶ中でしめやかに三々九度が行なわれた。
▼さて、この村には昔から残る奇習があった。婚礼の夜にはまず花嫁が婿の父と同衾し、試みが済んだ後、改めて祝言の盃をとり交わすというもので、これをこの地方では「仮一夜」と呼んでいた。
▼その夜もそれは当然のように行なわれた。花嫁が仲人に手を引かれ、しずしずと次の間へ入った。この部屋は屏風が張り廻らされており、外から中は覗けない。花嫁はここで一旦花嫁衣裳を解き、長襦袢1枚となって「将来の義父」を待つのである。義父がその部屋に入っていったのは午後9時頃のことだった。
▼いかに風習とはいえ、それをじっと黙って待っている夫の気持ち、また夫にそれと知られていながら義父に身をまかせる娘の気持ちは我々現代人には理解しにくい。が、ともかく予定では仮一夜の儀式が終わり次第、父親は衣服を正して席に戻り、花嫁も再度白無垢姿に戻って祝言の続きとなる手はずであった。
▼ところがいつまで経っても、2人は戻ってこない。1時間経ち、2時間経ち‥その頃にはまだ、淫らな野次を飛ばす者もおって、酒が入っていたこともあってか心配する者は少なかった。しかし午前1時を過ぎ、2時を回るにあたって、とうとう花婿の堪忍袋の緒が切れた。
▼屏風の外から「親父ッ、いいかげんにしろ!」と怒鳴ったが返事はなく、物音ひとつしない。これは‥と思って屏風を取り除け、中に入ってみると、2人とも裸で抱きあったまま、冷たくなっていた。外傷はなく、心臓麻痺と思われた。
▼しかし、どちらも普段から健康体で、かといって殺人の疑いもなく、結局うやむやのまま事件は片づけられた。不思議な事件と言わざるを得ないが、これを機にこの奇習が絶えたという話も聞かないから、かの地ではやはりしばらく、この「仮一夜」は続けられたのだろう。
(※白さんからの投稿です。ありがとうございました)
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