都市伝説・・・奇憚・・・blog
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踏ん切り
2007.11.29 (Thu) | Category : 誰も信じない人へ
私がまだ小学生の頃、可愛がってた猫が亡くなりました。
真っ白で毛並みが良い可愛い猫でした。なによりも、私に誰よりもなついていて何処に行くにも私の足元に絡みつきながらついてまわり、寝る時も一緒でとにかく甘やかしてました。
名前は「みーちゃん」って言いました。
私の家の前には小さな川が流れていて、用事の無い天気の良い日はいつも河辺に座って流れを見てました。
ある日とても悲しい事があって河辺で座って泣いていたら、いつもはあまり外に出たがらないみーちゃんが私の隣にちょこんと座って、ずっと私の事を見つめていてくれたんです。おかげで私はすぐに元気になれました。
それ以来河辺に行くと、必ずみーちゃんも一緒に来てました。私の隣にちょこんと座って長い尻尾をふりふりして・・・
そんなひとときが私は大好きでした。
でも、そんな楽しいひとときは長く続きませんでした・・・
元々病弱だった為か、風邪?から病状が悪化して亡くなってしまいました。
当時私は転校生の為友達もいなく、みーちゃんが一番の友達だったんです。一番の友達を亡くした私は毎日泣きました・・・一日二十四時間泣き続けても後から後から涙が溢れてきました・・・
心配した両親は、「新しい猫飼おうね」って言ってくれてましたけど私は「みーちゃんじゃなきゃいや」って言って心配する両親を困らせていました。
しばらくして夢を見ました。みーちゃんの夢です。
みーちゃんは夢の中でとても元気で私は「元気になってよかったね」って言いました。みーちゃんも私が言った事がわかったのか、とても嬉しそうにしてました。そしてしばらく一緒に遊んだ後突然みーちゃんが「もういかなきゃ」って言いました。私はびっくりして「みーちゃんしゃべれるの?」って聞きました。みーちゃんは私のそばに来て「ありがとう」って言って向こうに行ってしまいました。途中何回も振り向きながら・・・その度に私は「いかないでー」
って言いながら泣いていました。夢から覚めた後私は泣いていました。
けど、本当にお別れなんだなーという感じで少し吹っ切れました。いつもみーちゃんは私の事を心配してくれてたからいつまでも泣いてばかりいる私の夢に出てくれて、お別れの挨拶をしてくれたんだなって・・・
あれから3年経って私も中学三年生になりました。みーちゃんの夢はあれっきりです。
でも、さみしくありません。あいかわらず私は河辺に座って水の流れを見てますが隣にはいつもみーちゃんがいてくれてるような気がするからです。
みーちゃんこれからも天国で私の事見守っててね。
真っ白で毛並みが良い可愛い猫でした。なによりも、私に誰よりもなついていて何処に行くにも私の足元に絡みつきながらついてまわり、寝る時も一緒でとにかく甘やかしてました。
名前は「みーちゃん」って言いました。
私の家の前には小さな川が流れていて、用事の無い天気の良い日はいつも河辺に座って流れを見てました。
ある日とても悲しい事があって河辺で座って泣いていたら、いつもはあまり外に出たがらないみーちゃんが私の隣にちょこんと座って、ずっと私の事を見つめていてくれたんです。おかげで私はすぐに元気になれました。
それ以来河辺に行くと、必ずみーちゃんも一緒に来てました。私の隣にちょこんと座って長い尻尾をふりふりして・・・
そんなひとときが私は大好きでした。
でも、そんな楽しいひとときは長く続きませんでした・・・
元々病弱だった為か、風邪?から病状が悪化して亡くなってしまいました。
当時私は転校生の為友達もいなく、みーちゃんが一番の友達だったんです。一番の友達を亡くした私は毎日泣きました・・・一日二十四時間泣き続けても後から後から涙が溢れてきました・・・
心配した両親は、「新しい猫飼おうね」って言ってくれてましたけど私は「みーちゃんじゃなきゃいや」って言って心配する両親を困らせていました。
しばらくして夢を見ました。みーちゃんの夢です。
みーちゃんは夢の中でとても元気で私は「元気になってよかったね」って言いました。みーちゃんも私が言った事がわかったのか、とても嬉しそうにしてました。そしてしばらく一緒に遊んだ後突然みーちゃんが「もういかなきゃ」って言いました。私はびっくりして「みーちゃんしゃべれるの?」って聞きました。みーちゃんは私のそばに来て「ありがとう」って言って向こうに行ってしまいました。途中何回も振り向きながら・・・その度に私は「いかないでー」
って言いながら泣いていました。夢から覚めた後私は泣いていました。
けど、本当にお別れなんだなーという感じで少し吹っ切れました。いつもみーちゃんは私の事を心配してくれてたからいつまでも泣いてばかりいる私の夢に出てくれて、お別れの挨拶をしてくれたんだなって・・・
あれから3年経って私も中学三年生になりました。みーちゃんの夢はあれっきりです。
でも、さみしくありません。あいかわらず私は河辺に座って水の流れを見てますが隣にはいつもみーちゃんがいてくれてるような気がするからです。
みーちゃんこれからも天国で私の事見守っててね。
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逆さまの写真
2007.11.29 (Thu) | Category : 誰も信じない人へ
俺んちと従弟んちはすぐ近く。よく遊びに行くんだけど、とにかく家全体が汚くて洗濯物とかも廊下に転がってる始末。
自分のことを棚に上げて、片づけろ、キレイにしろって言ってたけど一向にキレイにならない。
その日も従弟んちに行ったんだけど、鏡台の陰に逆さに立てかけられていた写真たてを発見。見れば、従姉弟の死んだおばあちゃん。
「お前さー、亡くなった人の写真逆さにするなよー。頭に血が昇っちゃって可哀相だぞー」
と言ったら、従弟の顔色が真っ青になった。聞いてみれば、ここ半年くらいずっと偏頭痛がひどくて、しかも知らない婆さんの夢でうなされることが数回あったらしい。
従弟の親に確認したら、やっぱりおばあちゃんだった。
お婆ちゃんだと気づかなかったのは、夢の中では病気で痩せ細ってた顔だったからなんだって。ご先祖様は大切に。
後日談。
従弟は「面倒くさい」っちゅーフトドキな理由で法事にも出てなかったらしい(同居している母方の婆ちゃんがいたから尚更)。
久しぶりに法事に出たら、親戚中から、自分が生まれた時にどれだけおばあちゃんが喜んだかを延々と聞かされたそうだ。
半分、痴呆状態になっても従弟の顔だけは判別できたらしい。
それだけ可愛がってもらったのに、と従弟は泣いてました。
それからは、ほぼ毎月の月命日には墓参りに行ってるそうです。
自分のことを棚に上げて、片づけろ、キレイにしろって言ってたけど一向にキレイにならない。
その日も従弟んちに行ったんだけど、鏡台の陰に逆さに立てかけられていた写真たてを発見。見れば、従姉弟の死んだおばあちゃん。
「お前さー、亡くなった人の写真逆さにするなよー。頭に血が昇っちゃって可哀相だぞー」
と言ったら、従弟の顔色が真っ青になった。聞いてみれば、ここ半年くらいずっと偏頭痛がひどくて、しかも知らない婆さんの夢でうなされることが数回あったらしい。
従弟の親に確認したら、やっぱりおばあちゃんだった。
お婆ちゃんだと気づかなかったのは、夢の中では病気で痩せ細ってた顔だったからなんだって。ご先祖様は大切に。
後日談。
従弟は「面倒くさい」っちゅーフトドキな理由で法事にも出てなかったらしい(同居している母方の婆ちゃんがいたから尚更)。
久しぶりに法事に出たら、親戚中から、自分が生まれた時にどれだけおばあちゃんが喜んだかを延々と聞かされたそうだ。
半分、痴呆状態になっても従弟の顔だけは判別できたらしい。
それだけ可愛がってもらったのに、と従弟は泣いてました。
それからは、ほぼ毎月の月命日には墓参りに行ってるそうです。
家の思い
2007.11.29 (Thu) | Category : 誰も信じない人へ
心霊とはちょっと違うかもしれないけど・・・。
10年前に家を建てて、それまで7年くらい住んでいた公営住宅から引越しをしたときのことなんですが。
その引越しが、12月の初旬で結構忙しい時期であったため、公営住宅をちゃんと掃除できない状態が続きました。引越しから1週間くらい経過したときに、女房にじんましんのようなかゆみを伴った発疹があらわれて、女房が、
「夢の中で、前の家を掃除していて、掃除が終わったらかゆみも消えた」と言い出した。
気にかけていたことでもあり、それじゃということで、その週末徹底的に掃除を行いました。
最後にそこを出るとき、「これまで家族を守ってきてくれてありがとう」と女房と二人、声に出してお礼を言った途端、女房が「ほら、発疹消えてきた」と腕を見せたのです。
確かに、それまで、ぶつぶつとたくさんあった発疹が、色も薄くなり数も減ったようです。
気持ちの問題と片付ければそれまでですが、それを見たときに、ちょっと不思議な感覚に陥った記憶があります。人間でも動物でもなく、無機質な建物にも心が宿っているのだろうかと、考えさせられた体験でした。
長くてすみません。
10年前に家を建てて、それまで7年くらい住んでいた公営住宅から引越しをしたときのことなんですが。
その引越しが、12月の初旬で結構忙しい時期であったため、公営住宅をちゃんと掃除できない状態が続きました。引越しから1週間くらい経過したときに、女房にじんましんのようなかゆみを伴った発疹があらわれて、女房が、
「夢の中で、前の家を掃除していて、掃除が終わったらかゆみも消えた」と言い出した。
気にかけていたことでもあり、それじゃということで、その週末徹底的に掃除を行いました。
最後にそこを出るとき、「これまで家族を守ってきてくれてありがとう」と女房と二人、声に出してお礼を言った途端、女房が「ほら、発疹消えてきた」と腕を見せたのです。
確かに、それまで、ぶつぶつとたくさんあった発疹が、色も薄くなり数も減ったようです。
気持ちの問題と片付ければそれまでですが、それを見たときに、ちょっと不思議な感覚に陥った記憶があります。人間でも動物でもなく、無機質な建物にも心が宿っているのだろうかと、考えさせられた体験でした。
長くてすみません。
懺悔
2007.11.29 (Thu) | Category : 誰も信じない人へ
この間父と二人で話したら、昔飼ってた犬の話が出たんですよ。
一寸頭の悪い子で、でも馬鹿な子ほど可愛いって言うじゃないですか。
私はまだ小さかったから一人ではちゃんとお散歩連れてって上げられなくて(引き綱が持てなかった。走るもんだからこっちが引きずられる。ちゃんとしつけなきゃいけなかったんだろうけど)
両親とも働いてたから散歩いけないで嫌な日もあっただろうなぁって。
最後は自力で首輪はずしてどっか行っちゃって、帰ってこなくなったんです。
すごく好きだったのに、カギっ子で、でも学校から帰ってきたらあの子がいてどれだけ私が嬉しかったかしれないのに、それでもあの子はうちが嫌いだったんだな、ちゃんと散歩連れてってあげられなくてゴメンねって泣いてたんですけどこの間初めて父の衝撃の告白聞いて。
父と兄で「むしゃくしゃした時はコイツ殴ってストレス発散しろ」って事になってたらしくて。
10年以上たってそんな話聞かされて、怒りましたよ泣きましたよ!!
ひょっとしたらあの子は頭悪かったんじゃなくって私達を全然信用してなかったんだなって。
あの後無事に生きててくれたとしてももう15歳以上で生きちゃ居ないだろうけど絶対ココにああいう話書いてくれた人たち見たいには来てくれないだろうなって。
でもゴメンね、ホントにゴメンなさい。
せめてこの後悔があの子に届きますように。
板違いみたいになっちゃった。ゴメンなさい。
でも今動物飼ってる皆様。ココに書かれてる話みたいに幸せな信頼関係築けるようにしたげて下さいね。
泣き状態なんで文章も推敲なしですいません
一寸頭の悪い子で、でも馬鹿な子ほど可愛いって言うじゃないですか。
私はまだ小さかったから一人ではちゃんとお散歩連れてって上げられなくて(引き綱が持てなかった。走るもんだからこっちが引きずられる。ちゃんとしつけなきゃいけなかったんだろうけど)
両親とも働いてたから散歩いけないで嫌な日もあっただろうなぁって。
最後は自力で首輪はずしてどっか行っちゃって、帰ってこなくなったんです。
すごく好きだったのに、カギっ子で、でも学校から帰ってきたらあの子がいてどれだけ私が嬉しかったかしれないのに、それでもあの子はうちが嫌いだったんだな、ちゃんと散歩連れてってあげられなくてゴメンねって泣いてたんですけどこの間初めて父の衝撃の告白聞いて。
父と兄で「むしゃくしゃした時はコイツ殴ってストレス発散しろ」って事になってたらしくて。
10年以上たってそんな話聞かされて、怒りましたよ泣きましたよ!!
ひょっとしたらあの子は頭悪かったんじゃなくって私達を全然信用してなかったんだなって。
あの後無事に生きててくれたとしてももう15歳以上で生きちゃ居ないだろうけど絶対ココにああいう話書いてくれた人たち見たいには来てくれないだろうなって。
でもゴメンね、ホントにゴメンなさい。
せめてこの後悔があの子に届きますように。
板違いみたいになっちゃった。ゴメンなさい。
でも今動物飼ってる皆様。ココに書かれてる話みたいに幸せな信頼関係築けるようにしたげて下さいね。
泣き状態なんで文章も推敲なしですいません
記念写真
2007.11.29 (Thu) | Category : 誰も信じない人へ
訳あって、祖父母が住んでいた家を売らなきゃいけなくなった。
祖父が3年前亡くなって、祖母の治療費がかさんで……。
どうしようもなくなった。嫌だけど仕方ない。
取り壊しの前の日、不動産屋にお願いして、もう一度だけカギを借りて、その家に最後のお別れに行った。
家財道具も何も残っていない、がらんとした部屋を見て、祖父の愛した書斎からの風景を目に焼き付けて、玄関を出ようとしたら、ぱさ、と背中に何かが当たった。
1枚の茶色く変色した写真だった。
この家を建てたときに、祖父母と親戚一堂みんなで撮った写真らしい。
ヘンだ。家中みんな、何もかも片付けて、もうどこにも何も残ってなかったはずなのに……。
いったいどこから出てきたんだろう。
それも、今、この時に見つかるなんて。
赤ん坊の頃の僕が写っている、古い写真。
みんな笑ってる。
この家のことを忘れるなよ、と、
祖父に言われているようだった。
涙が止まらなかった。
祖父が3年前亡くなって、祖母の治療費がかさんで……。
どうしようもなくなった。嫌だけど仕方ない。
取り壊しの前の日、不動産屋にお願いして、もう一度だけカギを借りて、その家に最後のお別れに行った。
家財道具も何も残っていない、がらんとした部屋を見て、祖父の愛した書斎からの風景を目に焼き付けて、玄関を出ようとしたら、ぱさ、と背中に何かが当たった。
1枚の茶色く変色した写真だった。
この家を建てたときに、祖父母と親戚一堂みんなで撮った写真らしい。
ヘンだ。家中みんな、何もかも片付けて、もうどこにも何も残ってなかったはずなのに……。
いったいどこから出てきたんだろう。
それも、今、この時に見つかるなんて。
赤ん坊の頃の僕が写っている、古い写真。
みんな笑ってる。
この家のことを忘れるなよ、と、
祖父に言われているようだった。
涙が止まらなかった。
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