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都市伝説・・・奇憚・・・blog

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おじいちゃんとおばあちゃん

2009.04.21 (Tue) Category : 誰も信じない人へ

私のおじいちゃんとおばあちゃんの話。

おばあちゃんちにこの間泊まったら、してくれた話。
方言が激しいから、言った言葉は標準語で書きます。

お祖母ちゃんは、生まれつき目が悪かったんだけど、戦時中、9人居る兄弟の為に働いたり、ご飯とかを分けてあげたりして、十分な食事を取らなかったから、目がほとんど見えなくなった。
その頃から、ばあちゃんは、人が見えないものが見えるようになった。

多分、ばあちゃんの目が見えなくなったのは、それだけじゃない。
結婚する筈の男性が、戦艦に乗って「名誉の戦死」をして帰ってきた。

「たくさんの仲間達が御国の為に死んでるのに、こんな事、言ってはいけないと思うけど…俺は、あなたの為に生きて帰ってきたい。あなたと、家を作って、子供いっぱい作って、幸せに暮らしたい。俺が漁に行って、あなたはそこの浜で、子供たちと一緒に手を振って『ご飯だよ』 って待ってて欲しいんだ」

「生きて帰って来てね。待ってる。ヒュウズたくさん作って待ってるよ」

「うん、帰ってくる。腹いっぱい、あなたの作ったヒュウズ食べるんだ」

と、別れの夜に、ばあちゃんを抱きしめて言ったそうだ。
その男性と結婚式をする筈だった1ヶ月前の出来事だった。
ばあちゃんは、その人の無事を祈った。
手紙が届いたら、何度も読み返して。

(ばあちゃんはほとんど学校に行けなかったから、その人は平仮名とカタカナで書いてくれたそうな)
自分で拙いけど、何度も
「オクニノタメニガンバッテクダサイ」
と、帰ってくる祈りを込めて返事を書いた。
本当は
「生きて帰ってきて」
と書きたかったって言ってた。

「あなたを、ずっとずっと愛しています。忘れません。どうか幸せになってください」
の言葉を最後に、その人からの手紙は途絶えた。

そして、数ヵ月後、終戦を迎えて。ばあちゃんが畑を耕していると、畑の向こうに、軍服姿の許婚の姿があった。
「謙蔵さんですか」
と問うと、その人は悲しそうに頷いたそうな。
「戻ってきたのすか?」
と、また頷く。
「じゃぁ、一緒になれんかね…」
首は横に振られた。

嫌な予感がしたのと、何やらその男の人の実家が騒がしいので(ご近所さんだった)行って見たら、その人の変わり果てた姿があった…んだって。

もう、骨だったみたいだけど、遺品の中に、ばあちゃんの写真と、手紙があったという。
ばあちゃんが見た、結構クリアな映像は、それが最後だって、言ってた。

ばあちゃんは、その人が食べたかったヒュウズを、食糧難の中、材料を掻き集めて、頑張って作って、供えた。ご家族は泣いてたって。

「謙蔵が好きな物…食べたかったろう。ありがとう、ありがとう」
と。

 数年後、落ち込んで力も出ないばあちゃんに、見合い話が舞い込んだ。
相手は、ばあちゃんの住む村から遠く離れた山奥の農家の長男だった。

それまでも、何度か見合い話があったけど、ばあちゃんは断っていたそうで。
曾じいちゃんと曾ばあちゃん(ばあちゃんの父母)の勧めもあって、その人と結婚した。
その人が、私のじいちゃんとなる人だ。

じいちゃんは、牛を育てたり、畑を耕したり、山に入って獲物を取ったりと、働き者だけど、お酒と煙草がやめられない人だった。
ある意味、ちょっと自暴自棄だった。
一人で大木を切り出してきたり、犬も連れずに熊狩りに行ったり。

大怪我をして帰ってくることも多かった。
心配して、ばあちゃんは
「もう、なんでそんな事するの」
といつも泣いていたそうだ。

ある夜、じいちゃんが、
「俺はな、特攻隊に入る筈だった」
と語りだした。 

「特攻隊に入るかも知れないって時、俺は死んだ仲間を思い出していた。赤ん坊の頃から友達だった近所のの○○や●●だって、特攻したりでこの世に居ない、俺がこのまま生きている訳にも行かないからな。でも、覚悟を決めた時に、終戦を迎えた。俺は死ねなかったんだ」
と、酒をかっ食らった。

でも、ばあちゃんには、その、じいちゃんの幼馴染とかが見えてた。
一人は航空隊、もう一人は海兵だった。
「はっちゃん、なんでそんな事するの」
「そんな事しないでくれよ、ちゃんと生きてくれよ」
と、幼馴染達は嘆いていたそうだ。

「幼馴染の人等が泣いてるよ」
と言うと、じいちゃんは少し黙って、
「そうか」
と言って項垂れた。

それからは、じいちゃんは自暴自棄な事を抑えた。酒と煙草はやめなかったけど。
子供は四人設けて、一人は死んだけど、結構幸せな家庭だった。

時は流れて、私が生まれた。
6人の孫の中で一番年下の私を、じいちゃんは猫可愛がりして、どこに行くにも連れてった。
小さかった私は、じいちゃんの後ろを付いて歩き、じいちゃんがちょっとでも見えなくなると、
「じいちゃ、じいちゃ」
と泣く赤子だったそうな。

山菜取りとかに行くときに、背負い篭に入れられて行った事も覚えている。
八歳の時に、じいちゃんは脳に血の塊が出来て倒れた。
じいちゃんのお見舞いには一回しか行ってない。手が痛くなるほど手を握られた。

闘病生活があまりにも壮絶で、
「●(私)の前では元気なじいやんで居たい」
と、まだ大丈夫だった頃、じいちゃんは言ったそうだ。
もう、何もわからなくなった頃、頻りに
「ばあやん、ばあやん」
と、じいちゃんは言うようになった。

昼も夜も、ずーっと
「ばあやん、ばあやん」
ばあちゃんは目が全く見えなくなっていたので、介護できずに家にいたのですが、ばあちゃんの妹やうちの母さん達が看病している時に、ずっと、
「ばあやん、ばあやん」

「私は、ばあやんじゃないよ。今度ばあやんって言ったら10円取るよ」
と、ばあちゃんの妹は言った。
「ふん」
と、頷くけど、じいちゃんは
「ばあやん、ばあやん」

死ぬときも、最後まで
「ばあやん、ばあやん」
と呼んでいたという。

そして、じいちゃんは、年の暮れに逝った。72歳だった。
死ぬときに、私に挨拶をしに来た。いつもの農作業着で、農協の帽子をかぶって、
「おー、●、ほんじゃな。良い子にするっこだぞ」
と、じいちゃんは消えた。

その頃、ばあちゃんの家では、玄関が開いた音がして、ばあちゃんが
「じいやんか」
と聞くと、
「ふん」
と、頷く声がしたそうで、
「逝くのか」
と聞くと、また
「ふん」
と。

ばあちゃんは泣いた。
「お盆になりゃ帰ってくるけどね」
と、笑うけど。

でも、ばあちゃんはそれから夢を見るようになった。
玄関のところに、じいちゃんが立っていて、
「どこに行くの」
とばあちゃんが尋ねると、
「ちょっとよ」
と言って、歩いていってしまう。

家を離れて曲がり角を曲がると、じいちゃんと、幼馴染達が談笑していて、死んだ娘もいる。
その中に、何故かばあちゃんの昔死んだ許婚も居て、ばあちゃんを見て、ニコッと笑って。
皆で何処かに行ってしまう。

「まだ呼んでくれないのね」
と、ばあちゃんは笑ってた。


 








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シロ

2009.04.10 (Fri) Category : 誰も信じない人へ

じいちゃんが亡くなって、じいちゃんの唯一の財産ともいえる3つの山を5人の子供で分配するって話になったときのこと。

兄弟のうち4人は、山のひとつには昔飼ってたくシロっていう犬のお墓があるから売らないで長男が相続して守ろう、と主張したんだけど、次男だけは男の兄弟3人でひとつずつ相続しようと主張して譲らんかった。

その次男って人が宗教にどっぷりはまってて、山に宗教施設を建てたかったらしい。

結局弁護士やらなんやらが入るごたごたになっちゃったんだけど、その真っ最中に次男が宗教関係者やバックにいるヤクザを連れて山に入った。

もう施設を作る気まんまんで山の中を見て廻ったんだけど、山を降りる時にヤクザが
「ここの山はやめたほうがいい」
と言い出したんだって。
「山に入ったときから真っ白い大きな犬がずっとついてきた。あれはこの世のもんじゃない」
次男はすぐにそれがシロだとわかって、山に執着するのをやめたらしい。


 








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樹海

2009.04.07 (Tue) Category : 誰も信じない人へ

私はゴールデンウィークを利用し、家族サービスをすることにしました。
妻の希望により、家族揃って、ある有名な樹海を見に行ったのです。

しかし、樹海の遊歩道を歩いている途中、息子が居なくなっていました。
それで私と妻は息子を心配し、懸命に探したのです。
でも遊歩道には、息子は居ないようでした。

時間が経つにつれ、次第に辺りが暗くなってきます。
とうとう私と妻は、自分達だけで息子を見つける事を諦め、警察に捜索願を出しました。

私と妻が、息子に会う事が出来たのは翌日の朝です。

「樹海の奥深くで、息子さんが見つかりましたよ」
「どうやらお父さんと間違って、違う人に付いて行ったようです」
「怪我もなく元気ですから、ご安心下さい」
警察の人は、そう言っていました。

息子に会えた時、妻は泣きながら息子を怒鳴りつけます。
私はそんな妻をなだめながら、息子を抱きかかえて喜びました。
そして息子に、
「もう変な人に、付いて行ったら駄目だぞ」
と言ったのです。

ところが息子は、こう言いました。
「変な人じゃなかったよ」
「後ろ姿がお父さんに似てて、とっても優しい人だった」
それから、数ヶ月後の事です。

いつものように家族3人で、夕食を食べている時でした。
あの樹海で「死体が発見された」と、ニュースが流れたのです。
死体は随分と時間が経っており、白骨化していました。

しかし、所持品から身元がすぐに判明したそうです。
亡くなった方の写真が画面に映った時、息子はこう言いました。
「あっ、僕はこの人に付いて行ったんだ」
「優しい人だったけど、お腹が空いてて寂しそうだった」
その時から私は、「山姥や雪女は、本当に居るのかも・・・」と思うようになりました。

山姥や雪女の正体は、山で亡くなった人の霊なのかもしれません。
息子が見た、幽霊のように・・・。


 








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婆ちゃんと曾孫

2009.03.28 (Sat) Category : 誰も信じない人へ

私のばあちゃんは89歳で亡くなった。
私が産まれた時、ばあちゃんは70歳だった。

私が遊びに行くといつも縁側でお茶を飲んでいた。
ばあちゃんは私が小さい頃から口癖のようにお前の花嫁姿を見て、曾孫を抱いてから逝きたいねぇ…
と言っていた。
私は絶対叶えてあげようと思っていた。

でも、ばあちゃんの願いを叶えてあげられなかった。
私が結婚する前に、ばあちゃんはじいちゃんの所に逝ってしまった。

それから3年して、私は結婚した。ばあちゃんが見たいと言っていた文金高島田を着て。
今年で結婚5年目
4歳になる娘は時々ばあちゃんと話しているらしい。

ばーばがね、ママにね、ぶんちんたかちまた?きてくれてありがとって。

それを聞いた瞬間涙が止まらなかった。
ばあちゃん、ありがとう。
来てくれてありがとう。
天国でじいちゃんと幸せにね。もう離れる事はないんだから。


 








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金木犀の季節

2009.03.27 (Fri) Category : 誰も信じない人へ

両親を事故で亡くした俺には、9歳離れた姉貴がいた。
ガキの頃、肥満気味で両親がいなくて苛められてた俺をいつも助けてくれた。
優しくて、強くて、俺の自慢の姉貴だった。
秋になると金木犀の花を部屋に飾った。
お姉ちゃんが一番好きな花なんだよと笑って。
高校にも行かず、朝から夜まで働いて俺を養ってくれた。

そんな姉貴が、死んだ。

事故だった。
結婚が決まって、やっと幸せになれる日を目の前にして、姉貴は逝った。
享年27歳。
俺は兄貴になるはずだった人に後見人を務めてもらい、小さなアパートに部屋を借りて就職をした。

5年経って、俺は職場で出会った彼女と結婚を決めた。
式の前日、姉貴が夢に出てきた。
姉貴は俺にごめんなさいと謝った。
大学まで行かせてあげたかったと。
俺は高校出たら働いて姉貴に楽させてやりたかったよ。
姉貴は私の分まで幸せになりなさいねと泣きながら笑って言った。

姉貴の式の日に、今まで有り難うって言って渡すはずだった金木犀の苗木は、俺の家の庭に植えた。

今年も金木犀の季節がやってくる。
俺はきっとまた、姉貴がいた頃を思い出して泣く。


 








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