都市伝説・・・奇憚・・・blog
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生き埋め
2013.06.22 (Sat) | Category : 誰も信じない人へ
902 名前:生き埋め1[] 投稿日:2009/06/11(木) 01:56:59.74 ID:fMaiu3BW0
1783年(天明3年)、浅間山は大噴火した。
噴煙は、上空1万メートルにまで達し、その時に流れ出た溶岩流は、付近の村々をあっというまに覆い尽くし、約1200人もの命が失われた。
流れ出た溶岩流は、何もかも焼き尽くしながら吾妻川へと流れ込み、川の岸辺には溶岩と一緒に運ばれてきた凄まじい数の死体と、家屋の残骸が打ち上げられた。
特に火口付近に近かった鎌原(がまはら)村は、わずか十数分の間に村全体が溶岩流に覆われ、この村だけで、477人の犠牲者を出した。
だが、村人たちが全滅したわけではなく、何とか93人ほどは、近くの高台に非難し、命拾いしたという。
その後、火山の山麓付近では約3ヶ月間に渡って煙がくすぶり続け、歴史的な大災害となったのである。
そして歳月は流れ、ようやくこの大噴火も昔話となりつつあったころ、鎌原(がまはら)村で、驚くような事件が起きた。
ある夏の日、一人の農民が井戸を掘ろうとして、ひたすら土を掘り起こしてした。
だがしばらく掘っても、全く水が出る気配がない。
更に、もうちょっと掘ってみると土の中から瓦(かわら)が出てきた。
おかしな物が出てきたもんだと思い、穴を横に掘り広げてみると、今度は屋根が出てきた。
家が丸ごと、この下の埋まっている・・そう直感した農民は屋根の一部を壊して穴をあけてみた。
中を覗き込むと、その下には家のような空間が広がっており、人間が二人ほど底の方でうごめいているのが見えた。
すぐに付近の人を呼び、この老人を助け出して事情を聞いてみると、びっくりするようなことを語りだした。
903 名前:生き埋め2[] 投稿日:2009/06/11(木) 01:59:42.97 ID:fMaiu3BW0
「何年か前、浅間山が大噴火をした時に、一家6人でこの倉庫の中に隠れたが、そのまま地中に埋められてしまった。 横に穴をあけて逃げることも出来ず、ずっとここで暮らしていたのだ。幸いここは倉庫で、米も3000俵あり、酒も3000樽ほどあったので、これらを食いながら今まで生きながらえてきた。4人はすでに死んでしまったが、我々は再びこうして地上に出ることが出来て、また皆さんと会うことも出来て無上の喜びを感じている。」
老人たちが発見されたのは文化12年。浅間山の大噴火から33年後のことである。
老人たちの話が本当だとすれば、この二人は実に33年間もの間、地中で暮らしていたことになるのだ。
この話は、江戸時代の狂歌師・大田蜀山人(おおた・しょくさんじん)が書き残している事件である。
1783年(天明3年)、浅間山は大噴火した。
噴煙は、上空1万メートルにまで達し、その時に流れ出た溶岩流は、付近の村々をあっというまに覆い尽くし、約1200人もの命が失われた。
流れ出た溶岩流は、何もかも焼き尽くしながら吾妻川へと流れ込み、川の岸辺には溶岩と一緒に運ばれてきた凄まじい数の死体と、家屋の残骸が打ち上げられた。
特に火口付近に近かった鎌原(がまはら)村は、わずか十数分の間に村全体が溶岩流に覆われ、この村だけで、477人の犠牲者を出した。
だが、村人たちが全滅したわけではなく、何とか93人ほどは、近くの高台に非難し、命拾いしたという。
その後、火山の山麓付近では約3ヶ月間に渡って煙がくすぶり続け、歴史的な大災害となったのである。
そして歳月は流れ、ようやくこの大噴火も昔話となりつつあったころ、鎌原(がまはら)村で、驚くような事件が起きた。
ある夏の日、一人の農民が井戸を掘ろうとして、ひたすら土を掘り起こしてした。
だがしばらく掘っても、全く水が出る気配がない。
更に、もうちょっと掘ってみると土の中から瓦(かわら)が出てきた。
おかしな物が出てきたもんだと思い、穴を横に掘り広げてみると、今度は屋根が出てきた。
家が丸ごと、この下の埋まっている・・そう直感した農民は屋根の一部を壊して穴をあけてみた。
中を覗き込むと、その下には家のような空間が広がっており、人間が二人ほど底の方でうごめいているのが見えた。
すぐに付近の人を呼び、この老人を助け出して事情を聞いてみると、びっくりするようなことを語りだした。
903 名前:生き埋め2[] 投稿日:2009/06/11(木) 01:59:42.97 ID:fMaiu3BW0
「何年か前、浅間山が大噴火をした時に、一家6人でこの倉庫の中に隠れたが、そのまま地中に埋められてしまった。 横に穴をあけて逃げることも出来ず、ずっとここで暮らしていたのだ。幸いここは倉庫で、米も3000俵あり、酒も3000樽ほどあったので、これらを食いながら今まで生きながらえてきた。4人はすでに死んでしまったが、我々は再びこうして地上に出ることが出来て、また皆さんと会うことも出来て無上の喜びを感じている。」
老人たちが発見されたのは文化12年。浅間山の大噴火から33年後のことである。
老人たちの話が本当だとすれば、この二人は実に33年間もの間、地中で暮らしていたことになるのだ。
この話は、江戸時代の狂歌師・大田蜀山人(おおた・しょくさんじん)が書き残している事件である。
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天狗らしきもの
2013.06.16 (Sun) | Category : 誰も信じない人へ
100 名前: 本当にあった怖い名無し 投稿日: 2007/07/08(日) 04:27:16 ID:wJXiziq/0
こんなスレあったんだ。て、言うか誘導されてきた。
幼い頃に天狗らしきものに遭遇した事がある。天狗か知らんけど。
当時、鎌倉に住んでて、当時の鎌倉はだいーぶ未開発の田舎風味だったんだ。それで家すぐ近くにデッカイ山があって、そこに入り込んでドングリを良く集めて遊んでた。
で、ある日いつも通り友達とドングリ集めしてて、んでドングリを追ってひたすら拾い歩いてたら友達と逸れて、正しい道からも逸れちゃって、ガチで遭難した。
それでその辺りが暗くなって、誰の声も聞こえないし見えない。月明かり程度しか無いしね。足元は不安定だから、幼心に滑り落ちたら死ぬって確信があった。
それでビニール袋一杯のドングリ抱えて、ワンワンとうずくまって、ずっと泣いてたんだ。
そしたら、目の前に誰かが立った。すげえデカイ脚。それだけは判った。あとはナンも判らん。今思うと、男の脚だってぐらいか。ごつかったし。
で、何も言わないから、親に言われた迷子の作法として、自分の名前を言って、迷子になった。と言った。それでも向こうは黙ってる。
おうちに帰りたい。集めたドングリをあげるから、一緒に来てくれませんか?ぐらいは言ったと思う。
こっからが本当に俺の記憶が正しいのか、今思うと不思議なんだが、俺の前の人は、「む」だか、「ん」だか判らないが少し唸って俺からビニール袋を受け取った。
すると、ひょいと馬鹿でかい手に尻を掬われた。猫を片手で抱く感じか。そんな調子。当時四歳児とはいえ、尻を鷲掴みにする手だぜ?恐ろしくデカイ。
411 名前:なごみ[sage] 投稿日:2007/07/15(日) 19:24:50 ID:ZN93+0K00 [2/3]
それで、感触として、父親の肩車よりずっと高い位置に移動するのを感じたら、一回それが下がって急にまた上がった。
気が付いたら眼下に鎌倉全景が見えた。驚いたけど、俺の家は駅の近くにあったから、駅の方をみて、あっち。とか言った。
するとまた、天狗?は唸った。で、木々の上を跳ねてるのか飛んでるのか判らない様な感じであっという間に山の入り口あたり。街頭が見えた。
そこで下ろされて、ありがとうを言おうと思って頭を下げて上げたら、もう何もいなかった。家に帰ると警察は来てるわ親は泣いてるわで大騒ぎ。
その後、俺は山への出入りを禁止されたんだけど、しばらくはこっそり山に入って、お菓子とかを目印になりやすい木の所にお供え?してた。
まあ、そんな変な話。悪文すまん。
こんなスレあったんだ。て、言うか誘導されてきた。
幼い頃に天狗らしきものに遭遇した事がある。天狗か知らんけど。
当時、鎌倉に住んでて、当時の鎌倉はだいーぶ未開発の田舎風味だったんだ。それで家すぐ近くにデッカイ山があって、そこに入り込んでドングリを良く集めて遊んでた。
で、ある日いつも通り友達とドングリ集めしてて、んでドングリを追ってひたすら拾い歩いてたら友達と逸れて、正しい道からも逸れちゃって、ガチで遭難した。
それでその辺りが暗くなって、誰の声も聞こえないし見えない。月明かり程度しか無いしね。足元は不安定だから、幼心に滑り落ちたら死ぬって確信があった。
それでビニール袋一杯のドングリ抱えて、ワンワンとうずくまって、ずっと泣いてたんだ。
そしたら、目の前に誰かが立った。すげえデカイ脚。それだけは判った。あとはナンも判らん。今思うと、男の脚だってぐらいか。ごつかったし。
で、何も言わないから、親に言われた迷子の作法として、自分の名前を言って、迷子になった。と言った。それでも向こうは黙ってる。
おうちに帰りたい。集めたドングリをあげるから、一緒に来てくれませんか?ぐらいは言ったと思う。
こっからが本当に俺の記憶が正しいのか、今思うと不思議なんだが、俺の前の人は、「む」だか、「ん」だか判らないが少し唸って俺からビニール袋を受け取った。
すると、ひょいと馬鹿でかい手に尻を掬われた。猫を片手で抱く感じか。そんな調子。当時四歳児とはいえ、尻を鷲掴みにする手だぜ?恐ろしくデカイ。
411 名前:なごみ[sage] 投稿日:2007/07/15(日) 19:24:50 ID:ZN93+0K00 [2/3]
それで、感触として、父親の肩車よりずっと高い位置に移動するのを感じたら、一回それが下がって急にまた上がった。
気が付いたら眼下に鎌倉全景が見えた。驚いたけど、俺の家は駅の近くにあったから、駅の方をみて、あっち。とか言った。
するとまた、天狗?は唸った。で、木々の上を跳ねてるのか飛んでるのか判らない様な感じであっという間に山の入り口あたり。街頭が見えた。
そこで下ろされて、ありがとうを言おうと思って頭を下げて上げたら、もう何もいなかった。家に帰ると警察は来てるわ親は泣いてるわで大騒ぎ。
その後、俺は山への出入りを禁止されたんだけど、しばらくはこっそり山に入って、お菓子とかを目印になりやすい木の所にお供え?してた。
まあ、そんな変な話。悪文すまん。
故郷の駄菓子屋さん
2013.06.10 (Mon) | Category : 誰も信じない人へ
スリガラスの向こう側
2013.05.25 (Sat) | Category : 誰も信じない人へ
181: 本当にあった怖い名無し:2007/11/17(土) 00:38:56 ID:7iYpLyo/O
自分のじゃなくて叔父の体験談だけど…
当時独身で一人暮らしだった叔父さんが、ある晩に寝室で寝ていると、胸を締め付けられるような苦しさで目を覚ました。
叔父さんは何と無く違和感を覚えて、室内を見渡したそうだ。
すると、叔父さんの寝室の扉には、擦りガラスの小さな窓みたいのが付いてるんだが、そこにうっすらと人影のようなものが映っていた。
泥棒だ。とっさに叔父さんはそう思った。
叔父さんは、仕事中はずっとタバコ吸ってるかコーヒー飲んでるかの生活で、体重は100キロ近くという不健康ボディだったが、柔道だったか空手だったかの有段者。
包丁やナイフを持ったぐらいの素人の泥棒なら、ボコボコにする自信はあったらしい。
「誰じゃいゴラァァア!!」
と叫びながら寝室の扉を開けた叔父さん。
だが、そこには泥棒なんかいなかった。
代わりに、白い人の形をした靄のようなものがいた。
そして、それは叔父さんの前で消えていった。
ここが叔父さんの凄いとこで、ンだよ、泥棒じゃねぇのかよ!なら俺を起こすンじゃねぇ!!とか思いながら、寝直したそうだ。
しかし次の日も、また胸の苦しさで目を覚まし、擦りガラスに人影が映っていたので扉を開けると、叔父さんの目の前で消えていく。
これが毎晩の様に続いた。
2週間も続いた頃、精神的に参るのが普通だが、叔父さんは参ってはいなかった。
もっとも、睡眠不足気味で、肉体的には若干参ったらしいが。
「次に現れた時は扉開けずに無視してやる!絶対負けねぇ!!」
と奮い立った。
182: 本当にあった怖い名無し:2007/11/17(土) 00:41:54 ID:7iYpLyo/O
ある晩、またいつもの様に、叔父さんは胸の苦しさで目を覚ました。
案の定、擦りガラスの向こうには奴がいる。
オレは人を半殺しにしたことならあるが、殺したことはねぇ。なんで幽霊に怨まれなきゃならん!
と、寝不足の怒りをパワーに変えると、扉を開けたい衝動をグッと堪えた。
その間にも胸の苦しさは強くなっていく。
そしてそれに比例するように、擦りガラス越しの人影は濃くなった。
まるでピンボケの白黒写真が、徐々にピントの合ったカラー写真になっていくように。
さらにそいつは、ドアノブをガチャガチャ回し始めた。
胸の激しい苦しさと正体不明の相手との睨み合いに、全身からは嫌な汗が滝のように噴き出す。
人影が、肌色は悪いがガッシリとした体格で、水色の服を着ていて、左手でドアノブを回しているのが分かるくらい濃くなった時に、叔父さんの胸の苦しさは限界に達した。
我慢できなくなった叔父さんは、ベッドの上から這うようにして進んで寝室の扉を開けた。
連日の経験から、扉を開ければ苦しみから解放されると思ったのだ。
184: 本当にあった怖い名無し:2007/11/17(土) 00:43:01 ID:7iYpLyo/O
果たして扉の向こうに立っていたのは、叔父さん自身だった。
叔父さんと全く同じ姿形、水色のパジャマを着ているのまで一緒だった。
自分と違う点と言えば、酷く体調が悪そうで、肌色も悪く、目には生気が無く、苦痛に歪み、助けを求めるような表情をしていた。
いや、これこそが今の自分自身の姿なのかもな。
そんなことを考えていると、扉の向こうの叔父さんは、いつもの人影と同じく溶けるように消えていった。
そしていつの間にか、胸の苦しさも消えていた。
その晩は結局、そのまま朝まで起きていた。
朝一で職場に欠勤する旨を伝えると、仕事が忙しくない時期だったこともあってすんなり許可された。
叔父さんはそのまま病院に向かった。
何故そうしたのか、それは叔父さんにも分からなかった。
ただ本能的に、としか言えないという。
叔父さんは丸一日かけて入念な検査をしてもらった。
検査の結果、叔父さんは極度の狭心症を患っていて、心筋梗塞の手前だと診断された。
「お宅のように一人暮らしだと、寝てる時に心筋梗塞を起こして、誰にも気付かれずにそのままポックリってパターンも有り得たよ」
と医者に言われてゾッとしたそうだ。
その時に叔父さんは全てを悟ったそうだ。
オレは毎晩発作を起こして死にかけてたんだ。
そしてオレの体から魂がどんどん抜けていってた。
だが、そこはオレの魂。
死んでたまるかとばかりにドアノブにつかまり、寝室の扉の前にとまり続けてた。
オレが扉を開ければ魂は体に戻り、オレは生き返る。
そりゃ扉を中々開けなければ魂はどんどん抜けていくから、胸の苦しさも強くなるわな。
その後、叔父さんは食事療法と投薬治療で完治。
今ではその頃からするとかなり痩せてるし、心臓も元気。
何より、叔父さんの体を気にかけてくれる奥さんもできた。
最後に叔父さんの一言。
「人間ドックとかは、絶対に定期的に受けた方がいい」
自分のじゃなくて叔父の体験談だけど…
当時独身で一人暮らしだった叔父さんが、ある晩に寝室で寝ていると、胸を締め付けられるような苦しさで目を覚ました。
叔父さんは何と無く違和感を覚えて、室内を見渡したそうだ。
すると、叔父さんの寝室の扉には、擦りガラスの小さな窓みたいのが付いてるんだが、そこにうっすらと人影のようなものが映っていた。
泥棒だ。とっさに叔父さんはそう思った。
叔父さんは、仕事中はずっとタバコ吸ってるかコーヒー飲んでるかの生活で、体重は100キロ近くという不健康ボディだったが、柔道だったか空手だったかの有段者。
包丁やナイフを持ったぐらいの素人の泥棒なら、ボコボコにする自信はあったらしい。
「誰じゃいゴラァァア!!」
と叫びながら寝室の扉を開けた叔父さん。
だが、そこには泥棒なんかいなかった。
代わりに、白い人の形をした靄のようなものがいた。
そして、それは叔父さんの前で消えていった。
ここが叔父さんの凄いとこで、ンだよ、泥棒じゃねぇのかよ!なら俺を起こすンじゃねぇ!!とか思いながら、寝直したそうだ。
しかし次の日も、また胸の苦しさで目を覚まし、擦りガラスに人影が映っていたので扉を開けると、叔父さんの目の前で消えていく。
これが毎晩の様に続いた。
2週間も続いた頃、精神的に参るのが普通だが、叔父さんは参ってはいなかった。
もっとも、睡眠不足気味で、肉体的には若干参ったらしいが。
「次に現れた時は扉開けずに無視してやる!絶対負けねぇ!!」
と奮い立った。
182: 本当にあった怖い名無し:2007/11/17(土) 00:41:54 ID:7iYpLyo/O
ある晩、またいつもの様に、叔父さんは胸の苦しさで目を覚ました。
案の定、擦りガラスの向こうには奴がいる。
オレは人を半殺しにしたことならあるが、殺したことはねぇ。なんで幽霊に怨まれなきゃならん!
と、寝不足の怒りをパワーに変えると、扉を開けたい衝動をグッと堪えた。
その間にも胸の苦しさは強くなっていく。
そしてそれに比例するように、擦りガラス越しの人影は濃くなった。
まるでピンボケの白黒写真が、徐々にピントの合ったカラー写真になっていくように。
さらにそいつは、ドアノブをガチャガチャ回し始めた。
胸の激しい苦しさと正体不明の相手との睨み合いに、全身からは嫌な汗が滝のように噴き出す。
人影が、肌色は悪いがガッシリとした体格で、水色の服を着ていて、左手でドアノブを回しているのが分かるくらい濃くなった時に、叔父さんの胸の苦しさは限界に達した。
我慢できなくなった叔父さんは、ベッドの上から這うようにして進んで寝室の扉を開けた。
連日の経験から、扉を開ければ苦しみから解放されると思ったのだ。
184: 本当にあった怖い名無し:2007/11/17(土) 00:43:01 ID:7iYpLyo/O
果たして扉の向こうに立っていたのは、叔父さん自身だった。
叔父さんと全く同じ姿形、水色のパジャマを着ているのまで一緒だった。
自分と違う点と言えば、酷く体調が悪そうで、肌色も悪く、目には生気が無く、苦痛に歪み、助けを求めるような表情をしていた。
いや、これこそが今の自分自身の姿なのかもな。
そんなことを考えていると、扉の向こうの叔父さんは、いつもの人影と同じく溶けるように消えていった。
そしていつの間にか、胸の苦しさも消えていた。
その晩は結局、そのまま朝まで起きていた。
朝一で職場に欠勤する旨を伝えると、仕事が忙しくない時期だったこともあってすんなり許可された。
叔父さんはそのまま病院に向かった。
何故そうしたのか、それは叔父さんにも分からなかった。
ただ本能的に、としか言えないという。
叔父さんは丸一日かけて入念な検査をしてもらった。
検査の結果、叔父さんは極度の狭心症を患っていて、心筋梗塞の手前だと診断された。
「お宅のように一人暮らしだと、寝てる時に心筋梗塞を起こして、誰にも気付かれずにそのままポックリってパターンも有り得たよ」
と医者に言われてゾッとしたそうだ。
その時に叔父さんは全てを悟ったそうだ。
オレは毎晩発作を起こして死にかけてたんだ。
そしてオレの体から魂がどんどん抜けていってた。
だが、そこはオレの魂。
死んでたまるかとばかりにドアノブにつかまり、寝室の扉の前にとまり続けてた。
オレが扉を開ければ魂は体に戻り、オレは生き返る。
そりゃ扉を中々開けなければ魂はどんどん抜けていくから、胸の苦しさも強くなるわな。
その後、叔父さんは食事療法と投薬治療で完治。
今ではその頃からするとかなり痩せてるし、心臓も元気。
何より、叔父さんの体を気にかけてくれる奥さんもできた。
最後に叔父さんの一言。
「人間ドックとかは、絶対に定期的に受けた方がいい」
電気炉で
2013.05.17 (Fri) | Category : 誰も信じない人へ
246: 1/2:2010/06/05(土) 02:44:32.76 ID:VDBqFVZk0
俺、電気炉ってところで働いてるんだ。
100tの鉄屑・ニッケル石とかを電極から出るアークでバンバン溶かすの。
1600度になる。今、ゴミの分別ってめんどくさいでしょ?
現場ではいつも炉体に投入して処分してる。
傘も、TVも、原付バイクもね。
全てが溶けて真っ赤な溶鋼になる。
湯を出す時は炉体を傾動して中の溶鋼をクレーンで吊ったでっかな鍋に入れるんだ。
少し前、炉体から湯を出す出鋼口って所が詰まったんだよ。
炉体が傾動したまま出鋼口のつまりを力任せに詰まりを除去しようとして転落。
全てを溶かす溶鋼がたっぷり入った鍋の中へ消えていった。
沈んだと思った瞬間、体内の水分と高温の溶鋼が反応し水蒸気爆発。
溶鋼に混じって体が破片が四方に飛び散ったよ・・・
みんな怖くて必死になって逃げた。
クレーンの人は鍋吊ったままだからどうすることも出来ず運転席で泣いてた。
247: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/06/05(土) 02:44:55.96 ID:VDBqFVZk0
爆発と消火が収まって警察呼んで遺体確認は出来るか?って聞いたんだ。
俺たちは出来るはずが無い無理だって言った。
鍋の中の溶鋼はガチガチに固まってて鍋と同化してる。
中身を細かく確認するには大掛かりになる。なんせ80トン近くはあったし。
溶鋼と一緒に飛び散ったハズであろう肉片も溶綱と混ざっていろんな所にへばり付いてる。
そしたら遺族が
「この中に居るんですね」
と凍りきった鍋の中を指差した。
「この固まった湯の一部を下さい」
って言うんだ。
俺たちはランスジェットって言う機械で要綱を切断。
どうするかと思ったら
「主人の遺体だと思って処理します」
って言うんだ。
それを聞いて俺たちはその鉄の黒く焦げた鉄の塊を綺麗に磨いてやった。
もともとステンレスになる物だったから表面を磨いてやれば綺麗なステンレスになった。
それをまるで本当に遺体を扱うかのように火葬場で火葬。
当然、火葬場如きの火力で溶けるはずが無く遺族はそのステンレスの塊を遺骨として自宅へ持って帰った。
今日、遺族の方の家に行って来たんだ。錆びずにまだピカピカだった。
俺、電気炉ってところで働いてるんだ。
100tの鉄屑・ニッケル石とかを電極から出るアークでバンバン溶かすの。
1600度になる。今、ゴミの分別ってめんどくさいでしょ?
現場ではいつも炉体に投入して処分してる。
傘も、TVも、原付バイクもね。
全てが溶けて真っ赤な溶鋼になる。
湯を出す時は炉体を傾動して中の溶鋼をクレーンで吊ったでっかな鍋に入れるんだ。
少し前、炉体から湯を出す出鋼口って所が詰まったんだよ。
炉体が傾動したまま出鋼口のつまりを力任せに詰まりを除去しようとして転落。
全てを溶かす溶鋼がたっぷり入った鍋の中へ消えていった。
沈んだと思った瞬間、体内の水分と高温の溶鋼が反応し水蒸気爆発。
溶鋼に混じって体が破片が四方に飛び散ったよ・・・
みんな怖くて必死になって逃げた。
クレーンの人は鍋吊ったままだからどうすることも出来ず運転席で泣いてた。
247: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/06/05(土) 02:44:55.96 ID:VDBqFVZk0
爆発と消火が収まって警察呼んで遺体確認は出来るか?って聞いたんだ。
俺たちは出来るはずが無い無理だって言った。
鍋の中の溶鋼はガチガチに固まってて鍋と同化してる。
中身を細かく確認するには大掛かりになる。なんせ80トン近くはあったし。
溶鋼と一緒に飛び散ったハズであろう肉片も溶綱と混ざっていろんな所にへばり付いてる。
そしたら遺族が
「この中に居るんですね」
と凍りきった鍋の中を指差した。
「この固まった湯の一部を下さい」
って言うんだ。
俺たちはランスジェットって言う機械で要綱を切断。
どうするかと思ったら
「主人の遺体だと思って処理します」
って言うんだ。
それを聞いて俺たちはその鉄の黒く焦げた鉄の塊を綺麗に磨いてやった。
もともとステンレスになる物だったから表面を磨いてやれば綺麗なステンレスになった。
それをまるで本当に遺体を扱うかのように火葬場で火葬。
当然、火葬場如きの火力で溶けるはずが無く遺族はそのステンレスの塊を遺骨として自宅へ持って帰った。
今日、遺族の方の家に行って来たんだ。錆びずにまだピカピカだった。
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