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都市伝説・・・奇憚・・・blog

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逢いに来たおばあちゃん

2007.11.28 (Wed) Category : 誰も信じない人へ

10年前の秋の日の夜明け前、母方の祖母が脳卒中で静かに亡くなりました。
少しぼけて足腰が弱ってきてはいたものの、前日は好きな散歩をできるくらい元気で、本当に突然の死で、家族は同じ屋根の下で一緒に暮らしていたというのに、誰一人死に目にあうことができませんでした。
せめてもの救いは、祖母は苦しまず眠ったように亡くなったということです。
悲しくて悔しくてたくさん泣いたけれど、それでも生きている人間の時間は流れていて、徐々に毎日の生活の中では祖母がいないことを忘れているようになりました。
祖母が死んでちょうど2ヶ月経った月命日の日、その日は家を出ていた姉も帰っており、夕食の後、家族が茶の間に集まっていました。私も途中までその場にいたのですが、疲れていたので先に2階の自室で休みました。
身体は疲れて動きたくないけれど、意識ははっきりしている状態で目をつむり、ベッドに横たわっていると、部屋の襖が少し、人が中を覗けるくらい開き、そこから誰かの視線を感じました。その夜は姉が私の部屋で寝ることになっていたので、姉が来たのだと思ったのですが、面倒だったのでそのまま無言で寝ているふりをしていました。数秒経ったのか数分経ったのか、その視線が
ふと途切れたのを感じました。その直後、階下から姉の声が。
ここでおかしなことに気付きました。視線が途切れた後、廊下を歩く音も階段を下りる音もしなかったのです。目を開け襖の方を見ると、20センチ程開いていました。この時恐いという気持ちは全く湧いてこず、すぐに祖母が来たのだと思い、ほかほかと嬉しい気持ちが広がり、そのまま眠りにつきました。

後日この話を母にすると、兄の体験を話してくれました。
兄は通夜の晩から誰かに呼ばれたと思い振り返ると、誰もそこにはいないという事が何度かあったそうです。そして私の部屋の隣にある兄の部屋の扉も20センチ程開いて、誰かがいるような気配がする事が数回あったといいます。
唯物論者で現実主義で、幽霊など鼻で笑う、けど嘘をつく人ではない、そういう兄が真顔で母に「おばあちゃんが来た」と語ったそうです。
もしかして足腰が弱って2階に上がれず、孫の部屋を見る事がなかった祖母が、身体という重りが無くなったので、遠慮がちに2階散策に来たのでしょうか。
せっかくだったら遠慮せずに部屋に入ってきて、話しかけてくれたらよかったのにと思うと残念です。話す事ができていたら、甘えたり優しく出来なくて後悔していると詫びて、死の瞬間そばにいたかったし、そばにいる事ができず本当に悔しいと伝えたかったです。







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2007.11.28 (Wed) Category : 誰も信じない人へ

幼い頃に両親を亡くした父は、姉がずうっと彼にとっての母親のようなものでした。
戦争中に二人して結核を患い、供に病魔に苦しみ、克服してきたようです。
弟を育てる事で手一杯だった姉は、婚期を逃し、ずうっと独身でした。
弟のほうは結婚して、子供、つまりは私ができました。
病魔も完全には完治していなかったようで、姉・弟供に後遺症にいつも悩まされる日々でした。
こんな状況の中、ずうっと一人でいた姉の方はだんだん精神のほうがすさんでいって、その腹いせに弟の妻をいびるようになっていきました。
それでも弟の妻は、病みながら一人暮らしを続けるのは何かと問題があるから、同居して幸せに暮らそうと進言しましたが、姉のほうは意固地にも拒否し続けました。
弟が突然体調を壊し、入院することになり、それで手一杯だった弟の妻は1週間ほど姉と連絡がとれないままでした。
そして、彼女の家を訪れると炬燵の中でこときれている姉を発見しました。
死んでちょうど1週間が過ぎていて、炬燵の中にあった足はすでに腐乱が始まっていました。

入院中の弟に、妻が姉の死を伝えると無言で肩を震わせながら、何時間にもわたって泣いていたそうです。
とはいえ、なんとか気力をとりもどした弟は、それでも病魔を克服して生きていこうとしていました。

弟は日記をいつもつけていましたが、病気が進むにつれペンもまともにもてないようになりました。
満足に字がかけない状況でも、弟は日記を書きつづけました。
そしてとある夜のこと......。
震える手で刻まれた日記には、

”姉の気配”

そして翌日弟は亡くなりました。

姉がなにがなんでも、弟を呼び寄せたかったんだろうな、と思っています。







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死者の安らぎ

2007.11.28 (Wed) Category : 誰も信じない人へ

いい話ばかりでホロリとさせられました。
心霊ネタではないんですが私の体験をお聞き頂ければ幸いです。

高校の頃からの友人が不慮の事故でこの世を去りました。
突然の事でご家族もショックを受けておられて、私も他の友人達も、死後一月近く経って訃報を聞くこととなりました。

共通の友人達と都合を合わせて弔問に伺うようにしたため、訃報を知ってから友人の家を訪れるまでに2週間ほど時間があったのですが、その間全く友人が夢に現れることはありませんでした。
訃報を受けるまでの間も特に彼女が夢に現れることもなかったので、
「せめて夢にくらい出ておいでよ・・・」と思ってました。

しかし、実際に弔問に伺った時に聞いたんですが、ご家族の方も誰一人として、(死後以降に)友人が夢に現れる事が無かったんだそうです。(一緒に弔問に行った友人も同様だったそうです。)

ご家族の方がお坊さんに、「娘さんが夢に出ますか?」と聞かれて「家族で誰も夢に見ない」と答えたところ、「それは良かったですね」と言われたそうです。
そのお坊さんによると、
『死者が夢に立つ』=『死者が現世に何らかの心残りがある』という状態だそうで、亡くなった方が生者の夢に現れないというのは、死者は思い残す事なく、非常に心安らいだ状態にある事の現れなんだそうです。

その話を聞いて、私もとても慰められたのを覚えてます。
友人を亡くすまでは、「死者が安らいでいると思えば、遺族の心も慰められる」なんてのは正直いってただの欺瞞だと思っていたのですが、決してそうではないという事を身をもって知った気がします。







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産まれることのなかった青年

2007.11.28 (Wed) Category : 誰も信じない人へ

初めての子は流産でした。
妊娠が判った時は喜び、いつみんなに教えようか、どんな子に育てようかなどと夢ばかり語る日々でその事は起きました。
夫婦共に落ち込み、何がいけなかったか悔やんでばかりいました。
その子を生んで上げられなかった事を申し訳なく思ってました。

1年程過ぎ、妻が妊娠したことが判りました。
ただ前の様に喜べず、『もし、まただめだったらどうしよう。』そんな事ばかり思い悩む妻に対し大丈夫としか言えず、日々悶々と暮らしていました。

妊娠が判ってから3日目の夜、夢の中で一人の青年が一人の子供と手をつないで立っていました。
訳が判らず、青年の顔をじっと見ていると不思議と懐かしい気がしてきました。

私 『お前は、この前の生まれなかった..』
青年『はい。○○○と言います。』
  (ここの名前忘れました。(^_^;
私 『名前があるのか?』
青年『はい。こちらにきたので名前をつけてもらいました。ごめんなさい。』
私 『いや、それより』
  (20歳位になってかなりいい男になったのを関心し、私はその青年の横にいる、2歳位の子供が気になり出した)
私 『その子は..』
青年『今度、お父さんとお母さんに生まれる子です。名前はお父さんがつけて下さい。』
私 『女、いや、男の子か。』
青年『はい。そんなに心配しないで下さい。今度は僕が守っていますから大丈夫です。』

ここで夢から覚めました。
実感があり、また、疲れてもいない夢は初めてでした。
妻は寝ていたのでこの事は翌朝教えました。
この前の流産だった子が元気(?)でいた事、そして今度の子を守ってくれると言う事。
妻はこの話を信じ、不安もなくなった様です。
(妻に後日聞くと、嘘か本当か別にして守ってくれているものがあるという事で不安が無くなったと言ってました。)

現在息子は3歳になり元気です。
夢に出てきた時の姿がそっくりなので今だにあの青年が息子を守っているのだと信じています。
これを守護霊と呼んで良いのか判りませんが。(私たち夫婦は『お兄ちゃん』と呼んでます。)







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おじいちゃんと梅の木

2007.11.28 (Wed) Category : 誰も信じない人へ

父方のおじいちゃんの話。
2年くらい病院で寝たきりでした。数多い孫の中でも一人で見舞いに行ってたのは、初内孫の私だけでした。
「不器用で愛情表現のへたな人だった」
っておばさん(娘)連中は言うけど、私はホントに可愛がってくれました。(他の孫がねたむくらい…)

おじいちゃんが亡くなって、自宅で葬儀の準備をしていた時、おじが
「受付のテントを張るのに邪魔だ」
と言って、おじいちゃんが植えた梅の木を勝手に切ってしまいました。
「どうせ枯れ木だ」
とか言って。(梅の木って植えた人と寿命が一緒だそうですね。
その頃はもう、ホント枯れかかっていました)買い物に行っていて私は留守でした。私がその木を大事にしてるのはみんな知ってました。おじいちゃんの植えた木だったから…
泣きました。大泣きして、おじが許せなくて、でも文句も言えなくて、ひたすら泣きました。

その夜、おじいちゃんが私の部屋に来ました。
私の部屋は玄関を入ってすぐの所ですが、部屋の入り口に立って、もと梅ノ木があった方を向いて立っていました。
生前と同じ、大島紬のいい着物を着て(おしゃれさんだったんです、おじいちゃんて)なんだか寂しそうに、無言で立っていました。
葬儀の前日で、親戚が沢山うちに泊まっていた関係で、部屋には妹や母も寝ていましたが気付いたのは私だけでした。
悲しかったけど、おじいちゃんが来てくれて嬉しかったなぁ…。
「あ、おじいちゃんも切って欲しくなかったんだ」
って分かっただけでも、なんだか嬉しかった。
その後、その切った張本人は、おじいちゃんの娘の婿の癖に
「遺産分割しろ!」
で大騒ぎ。直後、会社をリストラされたそうです。
…おじいちゃん、手ぬるいよ(笑)

初めてで長文、すいません。







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