都市伝説・・・奇憚・・・blog
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空席
2008.01.06 (Sun) | Category : 誰も信じない人へ
数年前、祖母が亡くなった。
元気だったころ、一番可愛がっていた兄の結婚が決まり皺だらけの顔をくちゃくちゃにして喜んでいた。
でも結局結婚式を見ることなく祖母は亡くなった。
結婚式の少し前、突然兄から電話があった。
夢に祖母が出てきたとのこと。誰もいない結婚式場らしき場所で祖母が兄に
「○○ちゃん(兄の名前)私の席がない、私の席がない」
と言っていたらしい。
夢から覚めたあと、兄は祖母が亡くなって以来の涙を流したそうだ。
その後の兄の結婚式には空席がひとつできていた。
テーブルの上には祖母の小さな写真がそっと飾ってあった。
写真の中の祖母はこれ以上ないって言う位の笑顔だった。
それを見て俺も泣いた。
元気だったころ、一番可愛がっていた兄の結婚が決まり皺だらけの顔をくちゃくちゃにして喜んでいた。
でも結局結婚式を見ることなく祖母は亡くなった。
結婚式の少し前、突然兄から電話があった。
夢に祖母が出てきたとのこと。誰もいない結婚式場らしき場所で祖母が兄に
「○○ちゃん(兄の名前)私の席がない、私の席がない」
と言っていたらしい。
夢から覚めたあと、兄は祖母が亡くなって以来の涙を流したそうだ。
その後の兄の結婚式には空席がひとつできていた。
テーブルの上には祖母の小さな写真がそっと飾ってあった。
写真の中の祖母はこれ以上ないって言う位の笑顔だった。
それを見て俺も泣いた。
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有終の美
2008.01.05 (Sat) | Category : 誰も信じない人へ
1994年10月1日 阪神-広島戦彼は生涯最後の打席に立とうとしていた。
平田勝男内野手、阪神優勝時の貢献者であり、正確無比の送りバントの名手でもあった。
その彼も、よる年波には勝てずこの日を最後に引退となった。
彼は前日の記者会見で
「息子が野球やってても、僕がいつも送りバントばっかりだから、送りバントしかしないんですよ。最後なんでね、明日くらいはお父さんがちゃんと打ってる姿を息子に見せたいと思ってるんですけどね。」
と言って照れくそうに笑った。
彼の最終打席は1回裏。その前の回には満塁のピンチを併殺でさばいて調子は絶好調だった。
彼が生涯最後のバッターボックスに立つ。ノーアウト2塁。定石通りならここは送りバントだろう。
しかし彼は前日息子に打つ姿を見せてやりたいと笑顔で言った。コーチも
「思い切り打って来い」
そういって彼を送り出した。
初回のここで先制点ならピッチャーは楽になる。
ホームランならなおさらだ。
彼はバッターボックスでバットを構えた。
観客席には家族や息子も父の最後の勇姿をこの目に刻もうと見つめている。
そして彼は見事に決めた。
彼が人生を賭した野球その引退試合という大舞台で彼は見事にやってのけたのだ。
それは彼の野球人生の中でおそらく一番と思える絶妙な送りバントだった。
平田勝男内野手、阪神優勝時の貢献者であり、正確無比の送りバントの名手でもあった。
その彼も、よる年波には勝てずこの日を最後に引退となった。
彼は前日の記者会見で
「息子が野球やってても、僕がいつも送りバントばっかりだから、送りバントしかしないんですよ。最後なんでね、明日くらいはお父さんがちゃんと打ってる姿を息子に見せたいと思ってるんですけどね。」
と言って照れくそうに笑った。
彼の最終打席は1回裏。その前の回には満塁のピンチを併殺でさばいて調子は絶好調だった。
彼が生涯最後のバッターボックスに立つ。ノーアウト2塁。定石通りならここは送りバントだろう。
しかし彼は前日息子に打つ姿を見せてやりたいと笑顔で言った。コーチも
「思い切り打って来い」
そういって彼を送り出した。
初回のここで先制点ならピッチャーは楽になる。
ホームランならなおさらだ。
彼はバッターボックスでバットを構えた。
観客席には家族や息子も父の最後の勇姿をこの目に刻もうと見つめている。
そして彼は見事に決めた。
彼が人生を賭した野球その引退試合という大舞台で彼は見事にやってのけたのだ。
それは彼の野球人生の中でおそらく一番と思える絶妙な送りバントだった。
同じ夢
2008.01.04 (Fri) | Category : 誰も信じない人へ
私の母は、病気で10年前に亡くなりました。
私22才・妹19才・弟11才の初夏の出来事でした。
日が経つにつれ 悲しみや寂しさは大きくなり、夜思い出しては泣く日々が続きました。
ある日夢を見ました。
母と私と妹と3人で電車に乗っています。
それは淡い水彩画のようなメルヘンチックな電車と風景でした。
駅について、私と妹が母に
「さあ、お母さん。はやく家に帰ろう。」
と声をかけると 母が
「お母さんは、行けないの。お母さんはこの先に行かなくっちゃいけないの。お父さんと○○(弟の名前)の面倒宜しくね。お母さんいつでもあなた達のこと見守っているからね。」
と・・・
妹はわんわん泣き出してお母さんに抱きついて、
「あたしもお母さんと一緒にいくよ!!」
母は、
「あなたはまだ来ちゃだめ。こっちは、悲しいとか辛いって感じることもないけど嬉しいとか楽しいって事もないのよ。」
目が覚めて 私も泣きました。
次の日の夜 妹に
「お姉ちゃんこんな夢見たよ。」
と話を聞いたときは
同じ日に同じ夢を見るなんて不思議な事があるんだなーと思ったんですが、きっと夢ではなく、母が私たちに逢いに来てくれたんでしょうね。
私22才・妹19才・弟11才の初夏の出来事でした。
日が経つにつれ 悲しみや寂しさは大きくなり、夜思い出しては泣く日々が続きました。
ある日夢を見ました。
母と私と妹と3人で電車に乗っています。
それは淡い水彩画のようなメルヘンチックな電車と風景でした。
駅について、私と妹が母に
「さあ、お母さん。はやく家に帰ろう。」
と声をかけると 母が
「お母さんは、行けないの。お母さんはこの先に行かなくっちゃいけないの。お父さんと○○(弟の名前)の面倒宜しくね。お母さんいつでもあなた達のこと見守っているからね。」
と・・・
妹はわんわん泣き出してお母さんに抱きついて、
「あたしもお母さんと一緒にいくよ!!」
母は、
「あなたはまだ来ちゃだめ。こっちは、悲しいとか辛いって感じることもないけど嬉しいとか楽しいって事もないのよ。」
目が覚めて 私も泣きました。
次の日の夜 妹に
「お姉ちゃんこんな夢見たよ。」
と話を聞いたときは
同じ日に同じ夢を見るなんて不思議な事があるんだなーと思ったんですが、きっと夢ではなく、母が私たちに逢いに来てくれたんでしょうね。
母のデジカメ
2008.01.03 (Thu) | Category : 誰も信じない人へ
俺でも泣ける
2008.01.02 (Wed) | Category : 誰も信じない人へ
俺が、まだ会社にいた時の話
仕事を終えて帰ろうとしてたら電話がかかってきた
じいちゃんが危篤だという電話だった
しばらく前から入院してたのは知ってたが容態が急変したらしい
俺は急いで病院に駆けつけた
親が病室の前にいた
俺が、親にじいちゃんはどうなんだ?と聞くと
「もう最後だから早く顔を見せてやれ。お前の名前をずっと呼んでたぞ」
と言った
俺は子供の頃から、じいちゃんによく似てると言われていてた
夏には二人でよく花火を見に行った
病室に入ると体中に管をいっぱい付けられたじいちゃんがいた
声が出なかった
俺が部屋でつっ立ってると親が入ってきた
俺が、じいちゃんの名前を呼ぶと、じいちゃんが目を覚ました
俺の顔を手で触って
「もっとよく顔を見せてくれ」
と言った
じいちゃんは
「苦しいからこの管を外してくれ」
と言った
俺が
「苦しいんは今だけや。直ったらまた一緒に花火見に行こうな?」
と言ったら、じいちゃんはにっこりと笑ってうなづいた
涙がでそうになった
俺はそれ以上じいちゃんを見てられなかったので病院を出た
次の日にじいちゃんが死んだという連絡が入った
不思議と涙は、でなかった
ただ人間ってこんなにあっけなく死ぬのか、とだけ思った
俺は家を出て深夜の国道を車で猛スピードでぶっとばした
車の中で、じいちゃんが死んだのに何で俺は泣けないんだろう病院では、あんなに泣きそうだったのに自分は白状な奴だと思った
車を走らせながらなんとなく車のラジオをつけた
どこかで花火大会をやってたらしく電波に乗って花火の音がラジオから流れてきた
涙が出た
なんや俺も素直に泣けるやんけと思った
仕事を終えて帰ろうとしてたら電話がかかってきた
じいちゃんが危篤だという電話だった
しばらく前から入院してたのは知ってたが容態が急変したらしい
俺は急いで病院に駆けつけた
親が病室の前にいた
俺が、親にじいちゃんはどうなんだ?と聞くと
「もう最後だから早く顔を見せてやれ。お前の名前をずっと呼んでたぞ」
と言った
俺は子供の頃から、じいちゃんによく似てると言われていてた
夏には二人でよく花火を見に行った
病室に入ると体中に管をいっぱい付けられたじいちゃんがいた
声が出なかった
俺が部屋でつっ立ってると親が入ってきた
俺が、じいちゃんの名前を呼ぶと、じいちゃんが目を覚ました
俺の顔を手で触って
「もっとよく顔を見せてくれ」
と言った
じいちゃんは
「苦しいからこの管を外してくれ」
と言った
俺が
「苦しいんは今だけや。直ったらまた一緒に花火見に行こうな?」
と言ったら、じいちゃんはにっこりと笑ってうなづいた
涙がでそうになった
俺はそれ以上じいちゃんを見てられなかったので病院を出た
次の日にじいちゃんが死んだという連絡が入った
不思議と涙は、でなかった
ただ人間ってこんなにあっけなく死ぬのか、とだけ思った
俺は家を出て深夜の国道を車で猛スピードでぶっとばした
車の中で、じいちゃんが死んだのに何で俺は泣けないんだろう病院では、あんなに泣きそうだったのに自分は白状な奴だと思った
車を走らせながらなんとなく車のラジオをつけた
どこかで花火大会をやってたらしく電波に乗って花火の音がラジオから流れてきた
涙が出た
なんや俺も素直に泣けるやんけと思った
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