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都市伝説・・・奇憚・・・blog

都市伝説を中心にホラー、オカルト系の話題をお楽しみください。 メールはyoshizo0@hotmail.co.jpへ ☆☆投稿やまとめて欲しい話題のタレコミなど、情報提供受付中! ☆☆気がつけば1億PV☆☆

優しい兵隊さん

2009.05.15 (Fri) Category : 誰も信じない人へ

俺が子供の頃(幼稚園年長ぐらいの時)恐らくテレ東でやった心霊特番の番組
その番組内でつのだじろうが話してた話をうろ覚えながら書いてみる
ベタベタな展開なんだが未だに何故かこの話は断片的に覚えてて何だか好き

ガイシュツだったらスマソ

終戦後のドイツの話(ドイツ辺りだった筈…)
その頃というのは食料の配給も少なかったらしく皆、非常に貧しい思いをしていたそうだ

ある日、子供達が一人遊んでいると遠く向こうから兵隊がやって来た
その兵隊さんは子供達にチョコレートなどのお菓子をいっぱいあげた
お菓子をもらった男の子の一人は喜んだ
走りながら家に帰って、家に着くなり家族にもらったお菓子を見せると

血相を変えた母親「それ(お菓子)どーしたの!?」
男の子「兵隊のおじちゃんにもらったんだよ」
男の子は余程嬉しかったらしくその兵隊の特徴まで話しはじめた
だが、男の子が話し始めた矢先

祖母は立ち上がり部屋から去り玄関先で泣き出した
兵隊の話で家族の空気が一変したのだ
依然男の子は夢中で
「兵隊さんがあんな事やこんな事も言ってた」
と話し続けている
母親も泣くのを堪えて黙って男の子の話を聞いた

後にこの話をした男(男の子)は言った

「それは戦争に行って、結局家に帰って来る事が出来なかったボクの父でした。」

 








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じいちゃんとばあちゃんの縁

2009.05.13 (Wed) Category : 誰も信じない人へ

ばぁちゃんの体験談

この話はリアルで傍で見ていてなんだか不思議な気持ちになった話です。


先日じぃちゃんが亡くなりました。
心臓発作だそうです。
ばぁちゃんとじぃちゃんは、別居してました。
暴力がひどくて、この年になって離婚する必要も無いけど一緒に居るのはもう苦痛だと、おばぁちゃんが決めたことでした。

おじぃちゃんは自分の息子の居る、私からすれば従兄弟の家
おばぁちゃんは自分の娘の居る、私の家

1ヶ月も経たない内におじぃちゃんがぼけました。
人の家から植木を取ってきて、俺のだと言い張ったりわたしの事を誰だか知らない男の名前で呼んだり
もうそれはびっくりするぐらい急でした。

きっとおばぁちゃんと離れたからだよ。。

そう言うとおばぁちゃんは
例えそうであっても、もうおばぁちゃんは面倒見きれない。

と悲しそうな顔で言いました。

そして年月が経ち先日、おばぁちゃんから仕事中に電話が入りました。

おじぃちゃん、どこにいったんだろう。

そう言うと電話が切れました。かけ直しても電話には誰も出ず私は心配になり仕事を早退して帰りました。

急いで帰るとおばぁちゃんがすやすやと寝息を立てて寝ていました。

おばぁちゃん!!

ゆすって起こすとおばぁちゃんがびっくりして起きて

なによ?あんた早いわね
と。。

電話来たから帰ってきたんだよ!

そう言うとおばぁちゃんは

あぁ。。わたし電話したのか。。。

いきなり電話が鳴りました.わたしが出ると従兄弟からで

●●ちゃん!?おばぁちゃんは!?おじぃちゃんが亡くなったの!

え!!!!

それを伝えようとおばぁちゃんを見るとなぜか、おばぁちゃんが私を見て微笑んで

おじぃちゃん亡くなったでしょ?弟さんの家で。

なんのことだか全くわからずとりあえず電話を代わっておばぁちゃんはただただおだやかな顔で

うんうん。わかったよ。

と言うのみ。
電話を切ってからおばぁちゃんが話してきました
おじぃちゃんが夢で謝罪をしてきたと。

今日、俺は弟の家に帰って実家で死ぬことにしたからおまえは、ちゃんと娘と孫の面倒、それからひ孫の面倒見てやれ。お前をもう一度自転車に乗せて帰りたかったなぁ。。。
俺の心残りはそれだけだ。お前は?

と聞かれたらしく

私は何もありませんよ。さっさと落ち着きなさい。

と言うとおじぃちゃんは笑って消えたそうです。。

なんだか信じられなかったけどたまらなく切なくなってでも幸せな気分になって号泣しました。。駄文・長文すいません。


 








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生まれ変わり

2009.05.12 (Tue) Category : 誰も信じない人へ

うちの母は、五回も子供を流産した末に私を生んだ。
祖母は母に生きてるうちに孫が見たいといってたが生まれてくる三日前になくなったそうだ。

俺は「生まれ変わり」といわれ親戚中から愛された。
祖母の話もたくさん聞かされた。気丈で負けん気が強くて女だからといわれるとめっぽう怒ったそうだ。
女でひとつ農家の地主として先頭に立ち、親父を育て上げた。
「次は男に生まれたいっていってたからなー」
と親戚中がいってた。

その仮説はある日親戚中の確信に変わった。

親父が盲腸になった。
病気ひとつしたことない親父は子供みたいにだだをこねて手術室にいこうとしない。
そんな中俺はなんかとっても懐かしい感じで気持ちよくなった。
自分の意思とは関係なく口が動く。
「幸一(親父の名)いづまでもおぼごみだいなごどいうな!!」
と俺が怒鳴り散らした。

その口調は聞きなれた祖母の強い口調そのものだったらしい。
目を丸くする親父。母は
「母ちゃん・・」
といった。ふと我に返った。

俺が一番きょとんとしていた。親父の手術は無事終わった。
くしくも次の日は祖母の命日だった・・・

「一日早く来るなんて祖母らしいとみんな笑った。」

祖母は色盲で青が見えなかったらしい。
親には言ってないが実は俺も色弱で道路標識の青看板が全然見えない。


 








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戦友

2009.05.08 (Fri) Category : 誰も信じない人へ

本日、無事退院。
内視鏡を用いての胆嚢除去手術が問題なく無事終わりました。

まあ、4人部屋だったので寝られないとか、看護士さんの動きにイマイチ無駄が多いとかはともかく。

手術が無事すんだ当日は痛くて痛くて堪らなかった。
翌日から、動け動けと急かされて歩いたのだが、切った場所はもちろん、腹の中まですごく痛かった。
歩くと内臓まで直接響くような痛さがあった。
腹は痛くなくても探られると痛いから、痛い腹を探られたら当然痛いわけで・・・とくだらんことを考えながら、昼飯後にうつらうつらとしていたら、面白い夢を見た。

なんか、技師っぽい女の人が
「今まで一緒にやってきた仲間が急に消えたから凄く混乱した。」
少し怒った様子でワシに向かって言ってきた。
ワシはなんか判ったようなわからんような話だったけど、心底申し訳ない気分になったので
「すまなかったねえ」と謝った。
その技師っぽい人は、
「まあ、やっと今混乱が収まったから、もう大丈夫だと思うけど結構大変だったんだから。これからはきちんと体を気遣ってよね!」
と少し説教めいた顔になって言ってた。
「ああ、気遣うことにするよ。」
「じゃあ、よし! それじゃ!」
と最後は笑顔で去っていった。

で夢が覚めたら、腹が痛かったのが嘘のように消えてた。
ああ、そうか、35年も一緒にやってきた仲間が急に消えたらそりゃ混乱もするし建て直しも大変だっただろうなと彼女の困惑がよく判った。
まあ今後彼女を困らせることの無いように生活しようかと思う。


 








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兄との生活

2009.05.06 (Wed) Category : 誰も信じない人へ

私が幼い頃、母兄私の3人で仲良く暮らしていまた。しかし兄が14歳になる頃母が事故死してからは親戚をたらい回しされ、私はまだ4歳でその時の記憶はほとんど無いのですが兄はかなり肩身の狭い思いをしたと言っていました。

我慢ができず兄は家を飛び出し幼い私は一人取り残されました、親戚の家では初めての女の子でまだ小さかったのもありかわいがってもらったのですがそれでも兄のいない寂しさは今でも覚えています。
1年ほど経った頃兄が私を迎えに来ました、住み込みで働ける所を見つけてきたのです。

親戚と揉めたりもしたが私は兄を選び兄妹二人の貧乏生活が始まりました。
と言っても私は事の大変さが解っておらずいつもわがままを言い兄を困らせていました小学校に上がる時ランドセルを譲ってくれないかと中学生の家に行って町中を必死に探してきてくれたのに、回りの子と比べ新品じゃないとごねた事もありました。

人形が欲しい、服が欲しいとだだをこねても困って笑うだけで私を叱らない優しい兄が私が靴を万引きしたときはすごく叱りました。一時兄と気まずい時がありましたが事件から3日後玄関に新しい靴がおいてあるのです「やりくりすればこれくらい買えるんだからな」
と言うと仕事へ出って行った兄、こんなかわいらしい靴をどんな顔で買ったのやらと想像して笑って泣いた。

それからは私はわがままを言わず進んで兄の手伝いをしました。高校へ行かず働くと言ったは久々に兄
と喧嘩になったがガンコさに負けて高校へ進学、そして卒業。
生活もたまに外食するくらい余裕が出てきた頃残念な事に兄が事故死しました。

散々泣いて泣いて、なかなか立ち直れなかったのですが素敵な男性と出会い支えてもらいやっと立ち直れました。その男性と結婚が決まり結婚式前の夜、兄がやってきたのです
「お前が結婚か~」
とのんびりと話し出しました、その時私は何かの催眠術にかかった様に動けずしゃべれなかった、本当は大声で泣いて抱きつきたかったのに。

「あのな、今日は謝りに来たんや。お前が4つの時一人置いていった事、なーんにも買ってやれんかった事…他にもいっぱいあるんやけどな、お前がわがまま言わんくなったとき俺はちょっとつらかった、高校へ行かんと言った時本当はこっそり泣いてんぞ、不憫で自分が情けなくて」

私はぽろぽろ涙を流しながら「何で謝るん?私の方がいっぱい謝らんなんのに…
ランドセルありがとう、制服も、学費も…靴今も大事に持ってるんよ…いっぱい迷惑かけてごめんね」心の中でそう言うと兄に聞こえたのか笑ってゆっくり消えて行った。

その日の夜は昔の夢を見ました。住み込みのボロアパートの前で兄と雪だるまを作っていました、母兄私の3つの雪だるまを楽しそうに作っているとこのころもう亡くなっているはずの母が現れ兄の手を取って
「じゃ行って来るね外は寒いからお家にはいってなさい」
と私に笑いかけました、私は何の疑いもなくうんと言うと走ってアパートの階段を駆け上がりました

後ろから兄が声をかけてきました
「おい、お前の事迷惑や何て思ったこと無いぞ。後、先に死んですまんな」
振り返った瞬間目が覚めました。

起きて号泣したせいで顔がパンパンに腫れた花嫁になってしまって本当は結婚式の写真は見たくないのですが何処かに兄が写ってるのでは?と何度も写真を見たものです。

今日は結婚記念日だったので思い出してみました。長文駄文におつき合いいただきありがとうございます。


 








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