忍者ブログ

都市伝説・・・奇憚・・・blog

都市伝説を中心にホラー、オカルト系の話題をお楽しみください。 メールはyoshizo0@hotmail.co.jpへ ☆☆投稿やまとめて欲しい話題のタレコミなど、情報提供受付中! ☆☆気がつけば1億PV☆☆

舌を失う

2010.07.16 (Fri) Category : 人を信じすぎる人へ

840 :その1[sage] :2008/12/08(月) 02:20:19 ID:kiaYaORK0
霊的な話は怖いというか、嫌いだし、、これも霊的な話じゃない。
 
ただ、こんな話があったということなんだが、書き込んでみる。
ただし、グロ注意なので、グロ話が嫌いな人は読み飛ばして欲しい。

特定を避けるためにフェイクを入れてある。

自分はボランティアでとある施設を定期的に訪問しているんだけれども、そこで19歳のA子と会った。
A子は、舌を失っていて、普通のやり方では口頭による意思疎通ができない。

自分もそれほどうまいわけじゃないけれども、手話は一応できて、A子も手話がそこそこできるので、何とか意思疎通ができた。
そんなA子から聞いた話。

A子は、県内の漁村で育って、割とその漁村は豊かなんだけれども、A子の家では父親が漁に出て行方不明になり、母親とA子は幼いころから海草を拾って市場で売って、何とか糊口を凌いでいたらしい。

A子の母は病弱で、海女になることもできず、夫(A子の父親)が行方不明になってから、伏せっていることが多かった。

A子の父親の姉(A子の伯母)が海草拾いやら加工を多く押し付けて、A子母が具合が悪かったのに病院にもかからせてもらえなくて、とうとう息を引き取ったが、A子はあばら家で昆布の加工作業をやらされていた。

A子は、学校にも行かせてもらえず、黙々と昆布を鋏で縦に細かく切り裂く作業をやらされていたのだが、作業量が多くてこなしきれず、いつも伯母に罵倒されて、殴られ、蹴られていた。

ある時A子が伯母に怒られまいとして必死で与えられた量の昆布を切っていると、成果品を取りに来た伯母が叫び声を上げて飛び出して行った。

それからA子母親の親類が他県からやって来たり、行政機関が訪問したりして、大変だったらしい。
何でもA子は昆布ではなく、自分の口の中に鋏を入れて細かく切り裂いていたとのこと。

畳の上は血の海で、無心に口の中に鋏を突っ込んで動かしていたらしい。
結果としてA子は福祉施設に措置されることになった。

A子には保護されるまでの記憶が一切なく、これらは施設の職員から聞いた話だという。
それを笑顔で手話で話してくれた。

これでA子が実は今自分の隣にいる妻ですとか言うとそれなりの話になるんだが、そういうわけでもない。
A子はきちんとした教育を受けたことがなく、書くことが苦手だ。

ただ、インターネットの掲示板を読むのは好きらしくて、代理でA子の体験を書いてくれと言われた。
どこに書いたらいいのかは全く見当がつかなかったのだが、施設の職員からここはどうだろうかと言われて、2chでは他板には書き込んだことはあるが、自分はオカルト板には初めて代筆で書き込むことになった。

まあ、こんな話があるということで。
このスレの他の話をちょっと読んでみたら、何だかちょっと毛色が違うような気がするのだけれども。


 








拍手[15回]

PR

2010.07.13 (Tue) Category : 人を信じすぎる人へ

491 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/06/06 01:08

 チャールズ・チャップリンの代表作《黄金狂時代》を再見する諸君は、その残酷なテーマに驚かされることだろう。

「欲」をテーマにしたこのブラックコメディは、雪山で飢えたチャップリンが己れの革靴を茹でて食べるシーンで笑いのピークを迎える。

 子供心に旨そうだなあと思ったあの靴は、実は海藻で作られたものだったとの説もあるが、当時の妻リタ・グレイによれば、本物の靴であったらしい。
撮影を終えたチャップリンは腹痛を訴え、そのために撮影は1週間中断されたという。

 しかし、いくらチャップリンが完全主義者だったとはいえ、何故に健康を害してまで本物の靴を食べる必要があったのだろうか?。その答えは、ロケ地となったネバタ州トラッキー湖畔にあると私は考えている。

この地はかつてドナー隊が遭難した場所。チャップリンはおそらく彼らに敬意を表したのだろう。
もっとも、飢餓に陥った彼らは靴は食べなかった。

人を食べたのである。

大西洋を越え東海岸から新大陸に上陸した開拓者たちは、天候に恵まれた西海岸に入植するためには何千マイルもの旅をしなければならなかった。長い旅路には様々な障碍が待ち受ける。

インディアンの襲撃。
無法者たちの略奪。
しかし、そびえ立つシエラネバダの山々こそが最大最悪の難関であった。

山を越せるのは雪の溶けた夏だけだ。
そのためシーズンともなれば移住者を満載した馬車が列をなす。

ジョージ・ドナー率いる総勢87名のドナー隊も「約束の地」カリフォルニア目指して旅立った。
しかし、彼らは季節を間違えた。遅すぎたのである。

1846年8月、ドナー隊はイリノイを後にした。ただでさえ遅い出発であったにも拘わらず、彼らの馬車を牽くのは馬ではなく牛。

ノロノロとした砂漠の旅は困難を極め、ユタの砂漠を横断する過程で、既に5人が命を落とした。
ようやく山々が見え始めたのは10月下旬のこと。冬はもうそこにまで来ている。
この時期の山越えは自殺行為だ。

しかし、砂漠とシエラネバダに挟まれて進退極まったドナーは敢えて山越えを選ぶ。
この山さえ越えれば、そこはもう「約束の地」だからである。
 
10月30日、案の定、ドナー隊は遭難する。

場所は標高2000メートルのトラッキー湖畔。
吹雪が凄まじく、馬車は雪に埋まり、もうこれ以上先に進むことは出来なくなったのである。
詮方なく、隊はここで冬を越す羽目となる。

住居の心配はない。
丸太小屋の材料はまわりにいくらでもある。
問題は食料だけだ。果たして吹雪が止むまで、貧弱な牛の肉だけで間に合うだろうか?。

間に合う筈はなかった。食料の消耗は思いのほか早く、このままでは隊の全滅は必至だ。
捨て身の救援隊が組織され吹雪の中を旅立つ。

しかし、二度に渡る救援隊は、遂に帰ってこなかった。

12月16日、最後の救援隊が山越えに挑んだ。
しかし、幸先はよくない。2日目に怖じ気づいた2名がキャンプに引き返してしまう。

そして、クリスマスの夜、荒れ狂う吹雪が彼らを襲った。
「もう食べるものは何もない。彼以外には.....」。
そう云って、エディはドランを指差す。

ドランは昨日から昏睡状態だった。
「なんてことを云うんだッ」。
そう云いながらも一行は、いざドランが死ぬと、これを平らげてしまった。

この吹雪の中で5名が死に、そして調理された。もちろん塩胡椒はない。調味料は彼らの涙だけだった。

年は明けて1847年1月1日、誰も死なないので、救援隊は食べるものに困ってしまった。
「おなかが空いた、死にそうだッ」。

空腹のフォスターは、先達を務める二人のインディアンを調理することを密かに提案する。
これにゾッとしたエディが彼らに忠告したため、新鮮な食材は逐電。

なにいッ、逃げたあッ?。

フォスターはエディの横っつらを張り倒し、ライフル片手に雪原を走る。

逃がすものかあああッ。

昔、「ぼく、食べる人」というCMがあったが、今のフォスターはこれ全身「たべる人」。その体力はどこにあったのか、瞬くうちに彼らに追いつく。

もうだめだあ。

精魂尽きて樹の根元に倒れ込む彼らの視界に入って来たのは、常軌を逸したフォスターの舌舐めずり。
間髪入れずにフォスターは二人の脳天を撃ち抜く。

この事件を契機に救援隊はフォスター組とエディ組に分裂する。
しかし皮肉なことに、生き残ったのはインディアンを喰って体力をつけたフォスター組であった。

1847年1月11日、フォスターたちはなんとか山を越え、よろめきながらサクラメントのジョンソン牧場に辿り着く。

彼らは半裸の上に顔は血まみれ、人を喰って生き存えていたことは誰の眼からも明らかだった。
フォスターたちの報告を受けて、直ちに救助隊が組織された。

しかし、冬の真只中。無事に全員を救出できる保証はなかった。

2月18日、救助隊はトラッキー湖畔に到着した。キャンプ地ではまだカニバリズムは行われていなかった。
しかし、状況は惨澹たるもので、いくつもの屍体が野ざらしにされていた。

衰弱した生存者たちには死者を埋葬するだけの体力が残っていなかったのだ。
不幸なことに、救助隊の食料も底を尽き始めていた。

木乃伊取りが木乃伊になるわけにはいかない。とりあえず、自力で山越えができる者だけを救出することにした。選ばれた24名は半死半生でサクラメントに辿り着いた。(うちの2名が途中で死亡)。

しかし、残された32名の運命はより悲劇的なものとなった。
救助隊は彼らに食料を残していくことが
出来なかったのである。

3月1日、第2救助隊が到達した。恐れていたことが現実のものとなっていた。
救助隊がまず見たものは雪原に横たわる骨格標本。

救助隊に近づく男は、悪びれるでもなく誰かさんの脚を腰からぶら下げていた。
この脚のかつての所有者はジョージ・ドナーの弟、ジェイブ・ドナー。

夫人は夫を食べることを拒否したが、子供たちには切り分けて食べさせていた。

救助隊の食料不足は前回と同様だった。
女子供を含めて14名だけが救出された。約半数だ。

しかし、彼らも救出されたと喜んではいられない。
激しい吹雪が襲い、食料はあっと云う間に底を尽いた。
7つになるメリー・ドナーが無邪気に云った。
「また死んだ人を食べなくちゃね」。
 
1時間もしないうちにグレーブス夫人が跡形もなくなった。
彼女はその乳飲み子が寝かされた横で解体された。

結局、11名が救助されたが、ショックのあまり自らの体験を語ることは出来なかった。

一方、トラッキー湖畔のキャンプでは、ジョージ・ドナーの家族を中心とする十数名が3回目の救助隊を待っていた。

さて、ここでルイス・ケスバーグが登場する。彼は完全に狂っていた。
しかし、ジョージ・ドナーが凍傷で死にかけている今となっては、彼が事実上のリーダーだった。
次の救助の到着まで、彼らは嫌でもケスバーグの指示に従わなければならなかった。
 
或る日、ケスバーグは4歳になるジョージ・フォスター(インディアン殺しの子)を自分の横に寝かせた。
翌朝、ジョージは冷たくなっていた。

誰もが殺人を疑ったが、ケスバーグは自然死を主張した。
そして、屍体を逆さまに吊るして、ナイフを研ぎながらこう云った。
「さあ、早く食べようぜ」。

3月13日、第3救助隊が到着した。生存者の半分が食べられていた。
ドナー夫人は重体の夫を残していくことを拒んだ。
結局、雪解けまでこの地に留まることとなった。

夫人一人では心配だからと、ケスバーグも残ることとなった。
彼を残すことが一番心配だったが、今回は食料を十分に残しておくことができたので、よもやそんなことはあるまいとたかを括っていた。

4月17日、最後の救助隊がこの呪われた地を訪れた。
生存者はケスバーグ一人だった。
「ドナー夫人は何処だ?」。
「そこにある」。
見ると、そこには大きな鍋二つに波々と血が満たされ、切り取ったばかりの肝臓がフライパンの上で調理されていた。

「残りは喰っちまった。これまで喰った中で、彼女が一番旨かった」。
ケスバーグの小屋を捜索すると、なんと、牛の肉も見つかった。
前回の救助隊が置いていった干し肉だ。ケスバーグは極限状態で夫人を喰ったわけではなかったのだ。

「どうもこの干し肉はパサパサで、俺の口には合わないんだ。人の肝臓や肺臓の方はよっぽど旨い。それに脳味噌ときたら、そりゃもう、スープにすると最高だぜ」。

呆れた救助隊はケスバーグを拷問にかける。しかし、彼はとうとう夫人の殺害を認めなかった。

それからの彼は、あのドナー隊の最も血塗られた生き残りとして、カリフォルニアの名物男となった。
彼は酔うと決まってドナー夫人のノロケ話(?)を始めた。

「柔らかい、いい女だったあ。俺はあの女から4ポンドもの脂肪を煮出したものさあ」。

1850年代初め、ケスバーグはステーキハウスを開店した。

宣伝文句に曰く、
「最上の柔らかい肉しか扱いません」


 

 








拍手[7回]

要伝達事項付物件

2010.07.10 (Sat) Category : 人を信じすぎる人へ

243 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/06/03 22:10
怖いか知らんが俺の聞いた話。判断してくれ。

最近知り合いが俺の住む某地方都市に引っ越すことになって、
「不動産選び手伝ってくんない?」
ってことで不動産屋に。

若い不動産屋の兄ちゃんが良くしゃべるやつだったから、長年の疑問をぶつけてみようと思って、
「あのー…幽霊物件とかありますよねえ?よくテレビとかで出る。」
って聞いたら、兄ちゃんニヤリ。

「あんまりお客さんには言っちゃダメだって上から言われてるんスけど…」
と言いながら、棚から厚手のファイルを取り出してきた。

ファイルには「要伝達事項付物件」みたいなことが書いてあって、いろんな物件の内部の写真とか、間取りとかが載ってる、見かけは普通の物件ファイル。

「幽霊ってのは現実的じゃないですけどね、でも、ほらこれ…」
って取り出したのは、何の変哲もないマンションの写真と、全戸の家賃表。でも、確か5階のどっかの部屋だったんだけど、周りが7万とかなのに、そこだけほとんど半額。

「これって…?」
と聞く友人と俺。
「この部屋なんですけどね、しばらく大学生の女の人が住んでて、まあ、なんてのかな、その人の彼氏がしょっちゅう出入りしてたらしいんですよ。」

ここまではまあ普通だわな。

「で、ですね、この女の人が何かその彼氏があんまり自分にどっぷりはまっちゃったもんだから、ウザクなったらしくて、男の人、かわいそうに捨てられちゃったらしいんです。」
「(なんだそりゃ?)」

「で、怖いのが、まあそんなふううにいっちゃうとあれなんですけど、その彼氏、いつの間にか合鍵つくってたらしいんですよ。」
「それでね、あー、その彼氏、彼女のいない間に部屋に忍び込んで…何したと思います?」

「(…)」

「ベランダに縄かけて、首にわっかを通したまんま、飛び降りちゃったんですよ。」
「えっ!!!」
「もちろんしんじゃいましたよ、その彼氏君。」
「何もそんな死に方しなくてもいいのに…」

「ですよね?それで最悪なのは、その女の子が帰ったときにテーブルの上に置手紙があったんですって。僕も本人から聞いたときかなりびびったんですけどねー」

『安心して、ずっとここで待ってるから』

俺たちもうガクブル。


 








拍手[8回]

猿の脳みそ

2010.07.08 (Thu) Category : 人を信じすぎる人へ

【微グロ注意】

962 名前:レクター博士 投稿日:03/06/02 03:31
私が中学の時親父に連れられて北新地のゲテモノ食い専門の店に連れて行かれ、親父はコオロギの佃煮や芋虫の唐揚げなんかを注文していたんですが(すでに食い気0)隣に座っていた30代ぐらいのおっさん2人がその日に馬で勝ったらしくその店の時価って言う「猿の脳みそ」を注文しました。

 するとしばらくしてカウンターに小さな椅子に拘束された猿が置かれました。
その猿の頭は頭蓋骨が切り取られ所々に血は付いているものの、うすいピンク色の脳が露出していてその猿はわめきもせずただ両目を左右に動かしていただけでした。
 
 私は怖くなって親父に店出ようと泣きながら言ってたんですが
「ちょっとオモロイから見てよーや」
とおっさん2人が食べるのを見たがっていたので私も渋々座っていた座布団を盾に片目で見てました。

おっさん2人もさすがにビビッタらしく10分ぐらい
「お前行けや!」
となすり合いをしていました。
 
 結局注文したおっさんが食べる事になりフォークをその猿の脳みそに刺しました。

 刺したら絶対暴れだすと思ったのですが刺しても目は左右に動いたままで、なんの変化もなかったので私もち ょっと怖くなくなりました。

カラシ醤油に付けて食ったおっさんは
「醤油の味しかせーへん」
と言いながら少しづつ削って食っていました。

 しばらくすると猿は左頬が引きつってきて目がスゴイ勢いで動きだし、口を大きく開けて暴れ出したんです。
次の瞬間、ゆっくり目を閉じて死んで行きました。

今でもあの光景はトラウマになってます。


 








拍手[8回]

でていけオジサン

2010.07.07 (Wed) Category : 人を信じすぎる人へ

812 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/06/01 15:10
中学の時、いまだに何かの間違いだとは思っているのですがかなり気味の悪い体験をしたので書かせてもらおうと思います。

その頃、僕は当時子供達の間で流行っていたバス釣りに熱中していたのですが釣り場というのはなぜか変な人よく現れる所で、その中に「でていけオジサン」というひとがいました。

その人は4、50歳位の小柄な男性で野池に突然現れては顔をしかめ、「出て行け!!」と怒鳴って子供達を追い出すという迷惑なオジサンで、釣り仲間の間ではかなりの有名人でした。

その日、僕は友人のI(かなり釣りが上手い)と一緒に新しい野池を探しに自転車で出かけていました。
道路を走っていると突然Iが
「水のにおいがする」
と言って(彼は本当にこうゆうカンが優れている)ヤブの中に入っていったので、僕も竿を担いで、ちょっとした探検気分でヤブのなかをわけいっていきました。

Iのカンは本物で、ヤブが開けた所には、いかにも釣れそうな、前人未踏の秘境といった雰囲気の池がありました。

僕たちは興奮して、さっそく始めようと岸に近着くと急にIが立ち止まって、
「いた・・・」
と言いながら向こう岸をみていました。

向こう岸の茂みの中には二又に枝分かれした大きな木がありその枝の間からあのオジサンが顔を出していたのです、木は茂り、ヤブは深かったので、顔以外は見えませんでしたが、気味が悪いことに、オジサンは顔面蒼白で水面をじっとみつめていました。

逃げようと思ってゆっくり後退していると、僕は木の枝を踏んでしまい音を出してしまいました。
口だけをうごかして「バカッ」と言っているIから視線を移しオジサンをみると、彼はこちらに気付いて、鬼の様な形相で、こちらを睨んできたので、僕とIは、一目散に走って逃げて行きました。

不思議なことに、その時後ろからはいつもの「出て行け!」ではなく、何か硬いものを蹴るような「ドカッドカッ」という音が聞こえていました。

僕とIは当然疲れ果て、その日はそのまま帰ることにしました。

翌日、学校にいくとクラスの釣り仲間が大騒ぎしていたので、僕とIが何があったのか聞くと、Kが
「出て行けオジサン自殺したらしいぜ」
と言ってきました(彼は父親が地元の警官で、小学校の頃からこのテの話でよくクラスを騒がせていました)

Kによると、死因は首吊りによる窒息だそうで、昨夜住民によって発見されたとのことで、僕とIは昨日会った人が昨日死んだと知り、少し薄ら寒い様な気がしました。

Kは声のトーンを落とし、続けました、
「ここからが怖いんだけど、どうもオジサン、縄が変なとこに食い込んじゃってかなり長い時間苦しんでから死んだらしくて・・・」

Kはいつも話のヤマ場が近着くと少し黙って皆の注意を引き付けるのですが確かこの時も彼はそうしたと思います。

「助かろうとしたのかな、首を吊ってた木の幹に、いくつも蹴った跡があったんだって・・」

僕はその時体中の毛が逆立つのを感じました。
ひょっとしたらあの時、オジサンは首を吊っていて、僕達を見て助けを求めていたんじゃ・・「叫ばなかった」んじゃなくて、「叫べなかった」んじゃ・・・

Iも同じことを考えていたらしく、目は焦点を失って宙を見つめていました。

僕とIは結局、死にかけた人間があんなに動けるはずはない、オジサンはちゃんと立っていて、いつもみたいに追い出そうとしてただけだ、自殺とは関係ない!

と結論づけそれからは一切その話はしていません。
しかし僕の耳にはいまだにあの「ドカッドカッ」という嫌な音がこびりついています。


 








拍手[13回]

カレンダー
03 2026/04 05
S M T W T F S
2 4
5 6 7 8 9 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
スポンサードリンク
ブログ内検索
カテゴリー
最新コメント
[04/04 七篠]
[04/04 NONAME]
[04/04 怖い子]
アクセス解析

Powered by [PR]

忍者ブログ