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都市伝説・・・奇憚・・・blog

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有楽町で会いましょう

2007.11.10 (Sat) Category : トピックス

1974年に部分開業した時以来、「有楽町線は軍事路線」なる噂・都市伝説が何度か立てられた事がある。その根拠として、沿線には自衛隊の駐屯地(和光市・平和台)やその本部といえる防衛庁(市ヶ谷)、また相互乗り入れ先の東武東上線には陸上自衛隊朝霞駐屯地(和光市から車庫につながる線路が南側に直角に曲がっており、その数10m先には朝霞駐屯地がある)、西武池袋線には航空自衛隊入間基地がある。さらに、有楽町線は地下の連絡線で千代田線と南北線とも直接線路がつながっており、千代田線はさらに常磐線・成田線で成田空港に接続、小田急線で米軍キャンプ座間付近に、南北線は東急目黒線・東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線を介して横浜ともつながり、目黒線・大井町線・田園都市線で横浜線にまでも線路がつながっている。複々線を介して地下鉄13号線とも線路が地下で接続されており、さらには豊洲駅から半蔵門線と接続する計画さえあることから、多くの路線と線路がつながっている同路線が有事の時に使用されるのだと解釈されているというのが、噂の主な原因だと考えられている。

その他にも有楽町線沿線には警察庁・警視庁・皇居(桜田門)、国会議事堂(永田町)といった日本の重要機関・施設があり、終点の新木場は東京湾に面していて東京へリポートがあり、さらに報道関係でTBS(永田町)・日本テレビ(旧本社)・FM東京(麹町)が存在するのでそれらも結びついているのだとも、駅の施設(永田町の駅がやたらに深く核シェルターになっている、一部の駅の階段の幅が他路線の同タイプの駅よりも広くそれは隊員が整列したり戦車が走るためだ、など)のためだとも言われている。なお、麹町にあった日本テレビは2004年2月に汐留へ移転し、豊洲駅に隣接していた海上自衛隊御用達の石川島播磨重工のドックも自衛隊関連設備であったが、近年移転し、噂の論拠のひとつが消えた。







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学校の怪談

2007.11.10 (Sat) Category : トピックス

夜の学校の静けさがかもしだす独特の雰囲気や戦後の高度経済成長によって学校建設が必要になり、学校が建てられるにあたって墓地が壊されたり移動されたりした経緯がうわさを生んで、怪談として広まった。一種の都市伝説であり、地域性がある一方で、口コミやマスコミなどにより学校固有の話題のはずが他の学校でも語られていることもある。

またこれ以外には大きな絵画などの人物像が夜中に動くなど子供にとって神秘性のある物、ちょっと大きすぎて驚異の対象になる物、学校の先生が異常に大切にする物など、子供にとって手に触りにくい備品の多くが怪談の素材の対象になる事が多かった。







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ゴーカート

2007.11.10 (Sat) Category : トピックス

ある髪の長い女性が遊園地でゴーカートに乗っていた。
彼女はかなりのの美人。
乗り場の行列に加わり順番待ちをしている男たちは、一緒に並ぶ自分の彼女のことなどすっかり忘れ、髪をなびかせて走る彼女の姿に見とれていた。
ところが、その時である。
ゴーカート乗り場に突如として大勢の人たちの悲鳴が響き渡った。
風になびく彼女の長い髪が、ゴーカートの後輪に絡みついてしまったのだ。
回転する後輪に髪を引き込まれた彼女は髪ごと顔の皮膚を全て引き剥がされ、即死してしまった。

…という都市伝説があった。
あった、というのは、この話にそっくりな事件が実際に起こってしまったからである。
数年前、長いマフラーが流行った時期がある。ある女性がそのままゴーカートに乗ってしまい、マフラーがタイヤに絡み、窒息死してしまったのだ。
こうなると、都市伝説の根本である「本当にあったかのような嘘の話」というトコロが覆されてしまう。
結果、「ゴーカート」は「嘘のような本当の話」としてこれからは伝えられていくのだろう。







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幽霊への対応

2007.11.10 (Sat) Category : トピックス

 井伊家の家臣、西郷伊予の内室はひどいやきもち焼きで、それが原因で病気となり死んでしまった。その後、西郷の枕元には毎晩のように彼女の幽霊が現れ、夫を悩ませるようになった。
 西郷の部下たちは幽霊から主君を守るために夜毎の警護をするようになったのだが、みな幽霊が現れると腰を抜かし震え上がるばかりで何の役にも立たない。そんなある日、岡本半介という勇士が西郷の警護をすることになった。やがて、いつものように幽霊が現れると、半介は毅然とした態度で幽霊を見据え、「あなたはさむらいの妻である。その人が、こんなはしたない姿をお見せになるのは、卑怯至極である。こんごは固くおつつしみなさい」と責め立てた。すると、幽霊はにっこりと笑みを浮かべたまま消え、二度と現れることがなかった。
 また、佐賀藩35万石の基を築いた鍋島直茂には、こんな逸話がある。ある日、直茂は侍女と密通した家臣を見せしめとして死刑にした。処罰は関係者にまで及び、この事件では14人の男女が命を落とした。
 それからまもなく、直茂の居城には夜な夜な多くの幽霊が現れるようになった。直茂の夫人はこの事態に怯え、名僧を招いて祈祷を行ったが、よほど執念の強い怨霊と見えてまったく効果がない。
 やがて、幽霊の話は直茂の耳にも届いた。ところが、直茂は笑いながら
 「それは至極愉快なことである。元来彼の者どもは、首を斬っただけではあきたらぬ、然るに死んでも行き場がなく、迷うて幽霊となり、日夜苦しみを受けるとは、珍重の至りである。さような者は、永久に幽霊となっておるがよい」
 と語り、まるで取り合おうとしない。これには幽霊たちも根負けしたのか、その後は現れなくなった。







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風船おじさん

2007.11.10 (Sat) Category : トピックス

 1992年11月23日、ピアノ調律師の鈴木嘉和氏、通称・風船おじさんは大量の風船をゴンドラ「ファンタジー号」にくくりつけ、太平洋を横断するために日本を旅立った。ところが、その後鈴木氏は25日に宮城県上空で海上保安庁の航空機によって確認されたのを最後に消息を絶ち、現在に至るまで行方不明となっている。
 風船おじさんが行方不明になってからちょうど十年が経過した2002年ごろより、ネット上の個人サイトや掲示板などには時折次のような「ニュース」が流れるようになった。

1992年11月23日、滋賀県能登川町の琵琶湖畔から手作り気球で飛び立った 東京都小金井市のピアノ調律師・鈴木嘉和(すずきよしかず)さんと見られる遺体が、 22日午後(現地時間)米国アラスカ州メンデンホール・グレイシャーのクレバス地帯で ドイツ登山隊によって発見された。 
遺体はほぼ氷漬けの状態で衣服内の所持品から鈴木嘉和さんと判明した模様。

 しかし、不思議なことに、たいていの場合このニュースの出所を示すソースはどこにも記されていない。







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