あるはずのない鏡

　夕闇の時刻が迫る頃、一人の少年が学校に忘れ物をとりにやってきた。薄暗い校内は静まり返り、自分の足音以外には何も聞こえない。ビクビクしながら階段を上っていた少年は、やがて踊り場の上に誰かが立っているのに気づいた。
　驚いて一瞬足を止める。ところが、よく見るとそこに見えたのは自分自身の姿だ。なんのことはない、鏡に自分の姿が映っていただけだったのである。ホッとした少年はそのまま教室にもどり、忘れ物を手にした。
　しかし……何故かはわからないが、少年は何か強い違和感を感じていた。はっきりとは指摘できないが、今日の学校はいつもとは何かが異なるような気がするのだ。
　この違和感の正体は、先ほどの踊り場まで引き返してきたときに判明する。そこには、先ほどまであったはずの鏡がどこにも見当たらなかった。そう、もともとこの場所には、鏡など置かれていなかったのである。