都市伝説・・・奇憚・・・blog
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後悔
2007.12.01 (Sat) | Category : 誰も信じない人へ
私の家には、おばあちゃんがいました。
でも、仏壇にはもう亡くなった父のおばあちゃん、おじいちゃんの写真があります。
幼稚園の頃は、不思議と思っていませんでしたがある時、母に聞きました。
私の家にいるおばあちゃんは、一般に言うおばあちゃんではなくて父の叔母さんなんだよと言われました。
私がおばあちゃんと呼んでいる人は、耳が聞こえなく、もちろん話しも出来ません。だから、みんな手話で話していましたが幼い私は、手話で話しているおばあちゃんの口から時折もれる
「あーあー。あー。あー。」
って言葉がたまらなく嫌でした。
一緒に住んでいた理由は、おじいちゃんが生きていた頃にさかのぼります。
おばあちゃんは、同じく耳の聞こえない男性と結婚したかったけれどおじいちゃん(父のお父さん。おばあちゃんの兄)に承諾してもらえず、結局、それから誰とも恋愛もする事もなく一人の女性の幸せを何一つ叶う事なく歳だけを取っていったのです。
おじいちゃんは、耳が聞こえず、話せない人間を嫁に出す事を逆に迷惑だから追い出したんだと、世間に言われると気にしての反対だった様ですが、母にしてみれば耳の聞こえない叔母さんが同居で苦労したようです。
子供の私は、そんな事より私の大切な猫を折檻したり朝早くから、ガタガタと起きだして何かする事や私の友達に「あーあー」と話しかける事が本当に嫌でした。
今なら気持ちが分かります。
若い時の恋愛は障害で終ってしまい、住んでいる家には甥っ子の嫁がいて子供がいて、自分だけは家族がいなく・・・
そして聞こえない。話せない。
そんないらだたしさが時折母に、私にと向けられたって事を。
学生の頃、進学の事で喧嘩になりプチ家出をした。
三ヶ月後に見つかって、しぶしぶ家に帰ったらおばあちゃんは私に、五百円玉を握らせて手話で言いました。
「おこずかいあげるから。おこずかいあげるから。」
五百円玉は、今と何ら変わりなく五百円玉の価値しかなく
「は?何、この小銭」
と思いました。
いつも話せないその口で、小言ばっかり言っているおばあちゃんが何故に、五百円をくれたのかわかりませんでした。
社会人になったある日、突然亡くなりました。
急いで実家に帰り、どうしたのか聞いてみました。
おばあちゃんは、亡くなる数週間前に母が、自分のお金を取ったと暴れて倒れて半身麻痺になっていました。
朝、起きてからおばあちゃんを、ふとんを高く積んで座椅子の様にして背をもたらせて、お茶とおせんべいを一人で食べてもらっていた所おせんべいを握ったまま亡くなっていたそうです。
お葬式は、母をご苦労様とねぎらう人が多くておばあちゃんの知り合いは一人だけでした。
偶然に、本当に偶然に同じ話せないおばあちゃんが葬儀の花輪を見つけて来たのです。
家族対おばあちゃんって感じの家族構成・・・だった。
孤独でさびしかったよね。まだ気がついてあげれなかった私です。
夢を見ました。パッと空一面に大きいおばあちゃんの顔。
びっくりしてぼっーと見ていたら、にこにこ笑って満点の笑みで、うん。うん。って頷いていました。
初めは夢じゃないと思っていたので、内心は
「何で私にうん。うん。言ってるのかな?」でした。
目が覚めてから、すぐさま母にTel。
そしたら、その日はおばあちゃんの月命日でした。
その日から、すっごく悲しいです。
後悔するなら、もっと早くに気づきたかったです。
もっと別の楽しみを、私がしてあげれば良かった。
戻せるなら、その頃に戻ってどこかに連れていってあげたいです。
でも、仏壇にはもう亡くなった父のおばあちゃん、おじいちゃんの写真があります。
幼稚園の頃は、不思議と思っていませんでしたがある時、母に聞きました。
私の家にいるおばあちゃんは、一般に言うおばあちゃんではなくて父の叔母さんなんだよと言われました。
私がおばあちゃんと呼んでいる人は、耳が聞こえなく、もちろん話しも出来ません。だから、みんな手話で話していましたが幼い私は、手話で話しているおばあちゃんの口から時折もれる
「あーあー。あー。あー。」
って言葉がたまらなく嫌でした。
一緒に住んでいた理由は、おじいちゃんが生きていた頃にさかのぼります。
おばあちゃんは、同じく耳の聞こえない男性と結婚したかったけれどおじいちゃん(父のお父さん。おばあちゃんの兄)に承諾してもらえず、結局、それから誰とも恋愛もする事もなく一人の女性の幸せを何一つ叶う事なく歳だけを取っていったのです。
おじいちゃんは、耳が聞こえず、話せない人間を嫁に出す事を逆に迷惑だから追い出したんだと、世間に言われると気にしての反対だった様ですが、母にしてみれば耳の聞こえない叔母さんが同居で苦労したようです。
子供の私は、そんな事より私の大切な猫を折檻したり朝早くから、ガタガタと起きだして何かする事や私の友達に「あーあー」と話しかける事が本当に嫌でした。
今なら気持ちが分かります。
若い時の恋愛は障害で終ってしまい、住んでいる家には甥っ子の嫁がいて子供がいて、自分だけは家族がいなく・・・
そして聞こえない。話せない。
そんないらだたしさが時折母に、私にと向けられたって事を。
学生の頃、進学の事で喧嘩になりプチ家出をした。
三ヶ月後に見つかって、しぶしぶ家に帰ったらおばあちゃんは私に、五百円玉を握らせて手話で言いました。
「おこずかいあげるから。おこずかいあげるから。」
五百円玉は、今と何ら変わりなく五百円玉の価値しかなく
「は?何、この小銭」
と思いました。
いつも話せないその口で、小言ばっかり言っているおばあちゃんが何故に、五百円をくれたのかわかりませんでした。
社会人になったある日、突然亡くなりました。
急いで実家に帰り、どうしたのか聞いてみました。
おばあちゃんは、亡くなる数週間前に母が、自分のお金を取ったと暴れて倒れて半身麻痺になっていました。
朝、起きてからおばあちゃんを、ふとんを高く積んで座椅子の様にして背をもたらせて、お茶とおせんべいを一人で食べてもらっていた所おせんべいを握ったまま亡くなっていたそうです。
お葬式は、母をご苦労様とねぎらう人が多くておばあちゃんの知り合いは一人だけでした。
偶然に、本当に偶然に同じ話せないおばあちゃんが葬儀の花輪を見つけて来たのです。
家族対おばあちゃんって感じの家族構成・・・だった。
孤独でさびしかったよね。まだ気がついてあげれなかった私です。
夢を見ました。パッと空一面に大きいおばあちゃんの顔。
びっくりしてぼっーと見ていたら、にこにこ笑って満点の笑みで、うん。うん。って頷いていました。
初めは夢じゃないと思っていたので、内心は
「何で私にうん。うん。言ってるのかな?」でした。
目が覚めてから、すぐさま母にTel。
そしたら、その日はおばあちゃんの月命日でした。
その日から、すっごく悲しいです。
後悔するなら、もっと早くに気づきたかったです。
もっと別の楽しみを、私がしてあげれば良かった。
戻せるなら、その頃に戻ってどこかに連れていってあげたいです。
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