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ーハルさんー <オオ○キ教授シリーズ>
2018.01.13 (Sat) | Category : 創作作品
781 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/05(日) 13:40:08 ID:MDy0AQwp0
ハルさん 前編 1/12
翌日になっても、教授の熱は引かなかった。
とりあえずチェックアウトをし、ホテルで聞いた総合病院にタクシーを回す。
教授の性格からして、熱があっても奈良に行くって言うかなと思ったけど、おとなしく診察を受けてくれた。
午前いっぱいはかかるという解熱用の点滴が始まったとき、私たちのベッドにやってきた人がいた。
30歳前後の容姿の整った男性で、名前を晴彦と名乗った。
…教授の息子さんだった。
夕べ、兄貴から連絡が行き、駆けつけてくれたのだという。
「そろそろ自分の歳を考えなよ、父さん」
ハルさんの軽口に、教授は、歓迎しない面持ちで答える。
「お前の顔を見たら、余計に具合が悪くなった」
もうっ。なんでそんな言い方するかなあ?見てるこっちがハラハラするよ。
ハルさんは一向に気にしない様子で、自分の携帯の画面を教授に向けながら、言った。
「昼前には母さんも来るから。もっと熱が上がるかもね」
画面に出ている着信メールの文面には、
『晴彦へ。いま、大阪駅を出ました。あまりお父さんにつっかからないように』
と書かれている。
ハルさん、守ってないじゃん(笑)。
782 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/05(日) 13:41:07 ID:MDy0AQwp0
ハルさん 前編 2/12
すぐに教授が寝てしまったので、私とハルさんは処置室から出て、待合のベンチで話をすることになった。
「どうもすみません。ご迷惑をおかけしまして」
と良識的な挨拶をしてくれるハルさん。
教授に向かってないときは、ごく普通の人なんだ(笑)。
「こちらこそ、教授に無理させちゃったみたいですみません」
と、私も謝る。
「昨日の行程はそんなにきつくはなかったんですけど、教授、ちょっとボケてたし、もともと調子が悪かったのかも」
と付け加えると、ハルさんは、
「【あれ】のルーツを調べていたんですってね。親父は、あの壷のことになると、かなり神経質になるんですよ」
と、私に非がないことを重ねて強調しながら、続ける。
「恥ずかしい話ですが、親父とお袋は離婚していまして。その理由も、どうも、あの壷の呪いとやらがお袋とオレに降りかかってこないようにという配慮があったみたいなんです」
「…離婚されたのは、教授から聞いてましたけど…」
そんな理由だったなんて…驚いた。
「馬鹿でしょ?妄想もたいがいにしやがれ、ですよね」
苦笑しながら吐き捨てるハルさんは、教授と離れて暮らしてることを、納得してないように思えた。
783 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/05(日) 13:42:06 ID:MDy0AQwp0
ハルさん 前編 3/12
ハルさんは、仕事の関係上、現在は岡山で暮らしている。
お母さんは大阪なので、ハルさんのほうが一足先に広島まで着くことができたらしい。
お母さんが病院に着いたら、入れ替わりに、ハルさんは私を家まで車で送ってくれるという。
そこまでしてもらうと心苦しいので断ると、
「途中で藤原京にも寄ってあげますよ。興味あるでしょ?」
と、心中を見透かされた。
…はい。一人でも行こうと思ってました(汗)。
それでも、
「家まで送ってもらうとなると、ハルさんは、また岡山まで帰ってこないといけないわけだし…」
と逡巡したけど、
「いや。もうそのつもりですから」
と聞かない。
やっぱり教授の息子さんだ…。
784 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/05(日) 13:42:56 ID:MDy0AQwp0
ハルさん 前編 4/12
よくよく話を聞いてみると、ハルさんは、私を送ってくれるついでに、今晩は兄貴のお寺に泊めてもらうよう。
「住職と会うのは3年ぶりぐらいかな。電話ではちょくちょく話をするんですが」
兄貴からはハルさんのことを聞いたことがなかったので、驚いた。
「ハルさんと兄貴が知り合ったのって、やっぱり、あの甕がきっかけですか?」
と尋ねると、ハルさんは、バツが悪そうに頭を掻きながら、
「そうなんですよ。高校生のときに、初めて、親父にあの寺に連れて行かれて、オレも供養…供養って言うのかな?…を受けました。お兄さんはまだ養子に入られてなかったので、会ったのは数年後になりますが」
と、言った。
兄貴がいまのお寺に婿養子として入ったのが7年前だから、その頃からの付き合いってわけかあ。長いよね。
「兄貴は、仏門に入ってからしばらくは、家に寄ることがなかったので、ハルさんのことは全然知りませんでした。ごめんなさい」
非礼を謝ると、ハルさんは人懐っこい笑顔を浮かべて、
「オレは住職の妹さんのことはよく聞かされていましたよ。紹介しろとさんざん迫ったけど、断られまくった経歴もあります」
と冗談を返した。
なんかいいな。ハルさんって。
気さくで楽しい人。
(続きは『続きを読む』をクリック)
ハルさん 前編 1/12
翌日になっても、教授の熱は引かなかった。
とりあえずチェックアウトをし、ホテルで聞いた総合病院にタクシーを回す。
教授の性格からして、熱があっても奈良に行くって言うかなと思ったけど、おとなしく診察を受けてくれた。
午前いっぱいはかかるという解熱用の点滴が始まったとき、私たちのベッドにやってきた人がいた。
30歳前後の容姿の整った男性で、名前を晴彦と名乗った。
…教授の息子さんだった。
夕べ、兄貴から連絡が行き、駆けつけてくれたのだという。
「そろそろ自分の歳を考えなよ、父さん」
ハルさんの軽口に、教授は、歓迎しない面持ちで答える。
「お前の顔を見たら、余計に具合が悪くなった」
もうっ。なんでそんな言い方するかなあ?見てるこっちがハラハラするよ。
ハルさんは一向に気にしない様子で、自分の携帯の画面を教授に向けながら、言った。
「昼前には母さんも来るから。もっと熱が上がるかもね」
画面に出ている着信メールの文面には、
『晴彦へ。いま、大阪駅を出ました。あまりお父さんにつっかからないように』
と書かれている。
ハルさん、守ってないじゃん(笑)。
782 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/05(日) 13:41:07 ID:MDy0AQwp0
ハルさん 前編 2/12
すぐに教授が寝てしまったので、私とハルさんは処置室から出て、待合のベンチで話をすることになった。
「どうもすみません。ご迷惑をおかけしまして」
と良識的な挨拶をしてくれるハルさん。
教授に向かってないときは、ごく普通の人なんだ(笑)。
「こちらこそ、教授に無理させちゃったみたいですみません」
と、私も謝る。
「昨日の行程はそんなにきつくはなかったんですけど、教授、ちょっとボケてたし、もともと調子が悪かったのかも」
と付け加えると、ハルさんは、
「【あれ】のルーツを調べていたんですってね。親父は、あの壷のことになると、かなり神経質になるんですよ」
と、私に非がないことを重ねて強調しながら、続ける。
「恥ずかしい話ですが、親父とお袋は離婚していまして。その理由も、どうも、あの壷の呪いとやらがお袋とオレに降りかかってこないようにという配慮があったみたいなんです」
「…離婚されたのは、教授から聞いてましたけど…」
そんな理由だったなんて…驚いた。
「馬鹿でしょ?妄想もたいがいにしやがれ、ですよね」
苦笑しながら吐き捨てるハルさんは、教授と離れて暮らしてることを、納得してないように思えた。
783 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/05(日) 13:42:06 ID:MDy0AQwp0
ハルさん 前編 3/12
ハルさんは、仕事の関係上、現在は岡山で暮らしている。
お母さんは大阪なので、ハルさんのほうが一足先に広島まで着くことができたらしい。
お母さんが病院に着いたら、入れ替わりに、ハルさんは私を家まで車で送ってくれるという。
そこまでしてもらうと心苦しいので断ると、
「途中で藤原京にも寄ってあげますよ。興味あるでしょ?」
と、心中を見透かされた。
…はい。一人でも行こうと思ってました(汗)。
それでも、
「家まで送ってもらうとなると、ハルさんは、また岡山まで帰ってこないといけないわけだし…」
と逡巡したけど、
「いや。もうそのつもりですから」
と聞かない。
やっぱり教授の息子さんだ…。
784 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/05(日) 13:42:56 ID:MDy0AQwp0
ハルさん 前編 4/12
よくよく話を聞いてみると、ハルさんは、私を送ってくれるついでに、今晩は兄貴のお寺に泊めてもらうよう。
「住職と会うのは3年ぶりぐらいかな。電話ではちょくちょく話をするんですが」
兄貴からはハルさんのことを聞いたことがなかったので、驚いた。
「ハルさんと兄貴が知り合ったのって、やっぱり、あの甕がきっかけですか?」
と尋ねると、ハルさんは、バツが悪そうに頭を掻きながら、
「そうなんですよ。高校生のときに、初めて、親父にあの寺に連れて行かれて、オレも供養…供養って言うのかな?…を受けました。お兄さんはまだ養子に入られてなかったので、会ったのは数年後になりますが」
と、言った。
兄貴がいまのお寺に婿養子として入ったのが7年前だから、その頃からの付き合いってわけかあ。長いよね。
「兄貴は、仏門に入ってからしばらくは、家に寄ることがなかったので、ハルさんのことは全然知りませんでした。ごめんなさい」
非礼を謝ると、ハルさんは人懐っこい笑顔を浮かべて、
「オレは住職の妹さんのことはよく聞かされていましたよ。紹介しろとさんざん迫ったけど、断られまくった経歴もあります」
と冗談を返した。
なんかいいな。ハルさんって。
気さくで楽しい人。
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785 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/05(日) 13:43:33 ID:MDy0AQwp0
ハルさん 前編 5/12
そして、教授の奥さんというのが、また、驚くほど秀逸な人だった。
こちらも教授の枕元で初めてお会いしたのだけど、品はいいし、顔立ちも綺麗だし、口調はセレブだし。
教授の知識と、奥さんの人格と、ハルさんの魅力で、この一家は敵なしで世渡りできるんじゃないかと、本気で羨ましかった。
その後、早々に病院を出た私とハルさん。
どんな旅になるんだろうと過剰な期待に胸を躍らせていた私に、ハルさんは、
「奈良まで3時間で行くから、車に酔わないでね」
と不吉なことを言った。
………結論。
ハルさんとドライブするのは、もう二度とごめんだ!
786 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/05(日) 13:44:18 ID:MDy0AQwp0
ハルさん 前編 6/12
けれど、そのおかげで、昼近くに広島を出たにもかかわらず、日の高いうちに橿原に着くことができた。
ただ、到着したとき、私は半分失神状態で、立ち上がることもできなかったけど(汗)。
しばらくして、スピードの恐怖から、なんとか回復。
先に車を降りていたハルさんに続いて車外に出ると。
春先とはいえ、凍りつくような盆地の冷たさが皮膚を刺した。
「寒い…」
と、思わず漏らす。
若干、西に傾いた薄日が、雲の切れ間から頼りなげに覗く。
耳成山から吹き降ろしてくる北風が、発掘されかけた古の都の形骸の上を渡っていった。
ハルさんが、
「奈良は暑さも寒さも格別だから」
と、後部座席から、自分の物であろうマフラーを出して、貸してくれた。
こんな、観光客もいない寂しげな場所にいるというのに、少し、心が温かくなった。
787 :オオ○キ教授:2008/10/05(日) 13:51:45 ID:MDy0AQwp0
ハルさん 前編 7/12
あまり時間もないので、すぐに朱雀門のあった場所を探そうということになった。
「殺風景なとこだな」
先を歩くハルさんが愚痴る。
藤原京は、礎石の跡が点在するばかりで、大路の形さえ復元されていない荒れ野だった。
「復元プロジェクト自体が去年始まったばかりだから、無理ないか」
と呟くハルさん。
そういえば、ハルさんは、ここまでの道程にも迷うことがなかった。
藤原京について、いろいろと下調べをしてきてくれたのかもしれない。
「ハルさん自身は、郷土史や歴史に興味はあるんですか?」
と尋ねると、
「年表程度は知ってる」
と笑って、
「親父みたいにのめりこむことはなかったけどね。あの人、君の前では適当なことばかり言ってるようだけど、行政から頼まれてる市史編纂では、ちゃんと時代考証してるんだよ」
と付け加えた。
教授がそんなまともな仕事をしていたことにも驚いたけど、ハルさんが、教授の仕事をしっかりと把握していることも意外だった。
やっぱり、ハルさんは、教授のこと、慕ってるんだな…。
788 :オオ○キ教授:2008/10/05(日) 13:52:56 ID:MDy0AQwp0
ハルさん 前編 8/12
「ハルさんのお母さんは、教授のこと、どう思ってるんですか?」
私がいきなり踏み込んだ質問をしたので、ハルさんは面食らったようだった。
「『どう思ってる』って…どう答えたらいい?」
と、反対に聞いてくる。
んー…。
「つまり、お母さんもハルさんも、本当は、教授とこんなふうに別々の暮らしをするのは不本意なのかな…と思って…」
かなり正確に伝えられた、はず。
ハルさんは、空を仰ぎながら少し考えて、そして、言った。
「この旅行が始まる前に、住職を介して、親父から伝言があった。あの壷を壊すつもりだって」
「え?!」
今度は私がビックリした。
「壊すって…そんなことしてもいいの?」
「知らない」
ハルさんは、悲壮感もなく、笑う。
「オレは大賛成したよ。あんなものに、生きてる人間がいつまでも振り回されてちゃ駄目だから」
アレがなくなってくれたら、オレたちは親父の家に戻るよ、と、ハルさんは楽しそうに話した。
789 :オオ○キ教授:2008/10/05(日) 13:57:09 ID:MDy0AQwp0
ハルさん 前編 9/12
「………」
私は、教授の背中に張りついていた餓鬼のような妹さんのことを、ハルさんに伝えられなかった。
2週間前、兄貴と教授が我が家に来た夜に、恐らく、甕の処分の話が出たんだ。
だから、甕に取り込まれている妹さんが教授にくっついてきた。
自分の住処を奪わないで欲しい、と。
兄貴はそれを知ってるはずなのに、甕を壊すことに賛成なの?
「甕を壊さなくても、一緒に暮らすことはできるじゃないですか…」
嫌な予感。すごく嫌な…。
壊すだなんて、言葉にしただけでも祟られそうな…。
ハルさんは、
「壊したほうがスッキリする」
と取り合ってくれない。
「でも、古いものをただ壊すのは抵抗があるから、親父も、ルーツぐらいは調べておきたかったんだと思うよ」
ハルさんの認識は、ただの古物に対してのものだ。
「こんな、何もない藤原京まで来てやったんだから、そろそろ呪いとやらも成仏してもらわないと」
生者のみの観点でものを言う。
「壊さないでください」
私は、私自身の意思なのか、他の誰かの意思なのか区別がつかない思いに捉われて、ハルさんに嘆願した。
ハルさんは、言葉に詰まった様子で、私を観察している。
790 :オオ○キ教授:2008/10/05(日) 13:58:12 ID:MDy0AQwp0
ハルさん 前編 10/12
「なぜ反対なの?」
ハルさんが穏やかに尋ねた。
私は、いろいろ考えすぎてて、うまく説明できなかった。
「なんとなく…」
「…ま、そういうこともある、か」
ハルさんは、私のあやふやな言葉を否定も肯定もしなかった。
「正直、ためらってる部分も、少しはある」
ハルさんは、ゆっくりと歩みを再開しながら、語りだした。
「叔母さんが早死にしたのは、職を失ったせいと、家に戻りたくないという意地の結果だと思ってる」
教授の妹さんのことだ。
「広島の話も聞いたけど、アメリカによる被爆実験以外の何者でもないだろうと感じるし」
S寺の悲劇の話。
「あの壷…甕っていうのか?…が、実際にどんな災いを起こしたのか、オレにはまったくわからない。あんなものがあろうがなかろうが、叔母さんは死んだし、原爆は落ちただろう」
ハルさんは立ち止まった。
「でもねえ」
…なんだろう。
朱塗りの門が、ハルさんの頭上に見える。
「君が、甕を壊すのを【なんとなく】反対してるのを見て思ったんだけど、オレも、【なんとなく】意固地にアレを破壊してほしいんだなあ…。これって、同じ理由のような気がしない?」
791 :オオ○キ教授:2008/10/05(日) 13:58:49 ID:MDy0AQwp0
ハルさん 前編 11/12
私が甕を壊してほしくないのは、封印として機能している物がなくなってしまって、教授に災いが及ぶのが怖いから、だ…。
ハルさんは、甕そのものがなくなれば、教授や奥さんやハルさんへの厄災が消えると…思ってる?
「どうすればいいのかわからないけど、甕を壊すのは、怖いです」
と正直に告げると、ハルさんは、
「それはわかる。オレも小心者ですから」
と、笑った。
笑いながら、門を…私にしか見えていないだろう朱雀門を…ハルさんはくぐった。
藤原京の安全な結界の外への、一歩を。
目の前に、朱のヒビが入った真っ暗な空が、いきなり広がった。
その空をバックに、巨大な生首が目の前に現れた。
瞳孔の裏返った死人の瞳。
鮮血を噴き出した苦悶の口元。
792 :オオ○キ教授:2008/10/05(日) 13:59:57 ID:MDy0AQwp0
ハルさん 前編 12/12
地面の下から、大音響で読経が流れ始めた。
争っている。
大首と、地中の声が。
「捕縛せよ!!」
後ろから怒鳴る声が聞こえて、肌色のボロボロの布が生首に向かって投げられた。
布にはミイラ化した頭がいくつもついていた。幾人もの餓死した人間の皮をなめして縫い広げられた、呪具だった。
生首は、その呪具を噛み千切りながら、突進してきた。
私とハルさんは、その口に飲み込まれた。
ハルさんの手の温かさを、最後に感じたような気がする。
気がつくと、朱雀門も消え失せた荒野の中、私は一人で倒れていた。
ハルさんは。
………いなくなってしまった。
816 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:45:48 ID:4edWM6XR0
ハルさん 中編 1/15
パニックに陥った私は、3度押し間違えてから、兄貴の家に電話を繋げた。
兄貴は、
「いまから通夜」
と慌てた様子だったけど、尋常じゃない私の声音から、危機的なものを悟ったらしい。
「いま、どこ?」
と、
「お前に何かあったのか、晴彦に何かあったのか、どっち?」
と、短い言葉で質問してきた。
「いま、藤原京」
「ハルさんがいなくなったの」
聞かれたとおりに答えると、
「わかった。晴彦の携帯に連絡を取ってみるから、ちょっと待ってて」
と電話を切られた。
携帯の待ち受け画面に映る秒針が、34秒を数えたとき、兄貴から着信があった。
「ハルさん、出た?!」
と勢い込むと、兄貴は、
「圏外だった」
と、感情を抑えた声で答えた。
817 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:46:14 ID:4edWM6XR0
ハルさん 中編 2/15
溜息と同時に、
「状況がわからん。説明してくれ」
と兄貴が言う。
私はさっきの幻覚も含めた成り行きをすべて話し、意識をなくしていた時間がほんの5分ほどであったことも伝えた。
「5分ありゃ、視界から消える距離まで行くことはできる」
現実路線で考えようとする兄貴。
でも、すぐに、
「お前をほったらかして、どこかに行くようなヤツじゃないな」
と考え直した。
あの大首がハルさんを食べてしまったんだ。
私は確信していた。
でも、兄貴に伝えるために言葉にするのは、ハルさんの未来を完全に奪ってしまうような気がして、とても怖かった。
ただの行方不明だと、自分でも思っていたい。
黙っていると、兄貴は、
「とりあえず、お前は人のいる場所まで行け。そこで夜になったら、いろんな意味で二次被害だ」
と指示した。
818 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:47:06 ID:4edWM6XR0
ハルさん 中編 3/15
畝傍の駅まで歩いてから、北上する電車に乗った。
奈良駅を降りてからは、人のいるほうへと、半分、無意識に、足は三条通に向かう。
気持ち悪い…吐きそう。
ハルさんを藤原京に置いてきてしまった。
商店や土産物屋が並ぶ賑やかな一角に、小さなビジネスホテルを見つけて、反射的に飛び込んだ。
とにかく横になりたかった。
部屋を借り受け、ベッドに倒れこむと、携帯に、兄貴から電話が鳴った。
「いま、どこ?」
さっきと同じ質問。でも口調はいくらか穏やかになってる。
「奈良駅の近くのホテルにチェックインして、いま、部屋の中にいるよ。人はたくさんいるから、大丈夫」
私は忠実に答えた。
「そっか。それならいい」
兄貴はほっとした様子で言って、
「あとはこっちで手配するから、お前は、明日の朝にでも帰って来るんだぞ」
と、付け加える。
819 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:47:31 ID:4edWM6XR0
ハルさん 中編 4/15
…手配って、なんだろう。
…兄貴の言い方は、まるで、事務処理のことみたいだ。
「私、帰らないよ。ちょっと休んだら警察に行ってくる。そして、明日は藤原京に戻る」
と伝えると、
「帰って来い」
と強要された。
「帰れるわけないっ!」
と抵抗すると、
「晴彦は探さなくていい」
と断言された。
頭が痛いっ。
兄貴なんか大っ嫌い!
「ふざけんな!」
と兄貴に怒鳴った。
兄貴は、
「お前なあ…」
と呆れたようだったけど、
「とにかく帰れ」
と、意見は曲げなかった。
820 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:47:55 ID:4edWM6XR0
ハルさん 中編 5/15
怒りに任せて携帯を切り、財布だけ持って、部屋を出た。
人間が突然消えてしまったんだ。
警察は捜してくれるはず。
駅前の交番に向かう途中、兄貴から何度もコールがかかった。
全部、無視した。
交番の前で深呼吸して、できるだけ冷静になる。
一言…一言がちゃんと伝わればいい。
『友だちを探してください』
って。
20分後、私は駅の端のガードレールに腰掛けて、兄貴に電話をしてた。
「『事件性が薄いから、もう少し待ってみたら?』って言われた…」
「だろ?子どもでもないのに、緊急に警察が動くか」
兄貴は呆れている。
「じゃあ…ハルさんを探してもらうには、どうしたらいいの…?」
私は半泣きになりながら、兄貴に指示を請う。
…兄貴は沈黙している。
821 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:48:31 ID:4edWM6XR0
ハルさん 中編 6/15
「お前には急なことだったから、慌てたかもしれないけど」
やがて、兄貴は、言い含めるようにゆっくりと話し出した。
「俺も晴彦も教授も、こんなことはあるだろうと、覚悟はしてた」
「…」
甕の祟りのことを言ってるのは理解できた。
現実感はなかったけど。
兄貴は続ける。
「だから、晴彦はもういい。それより、晴彦を探すことで、お前にまでアレが関わってくることのほうが困る」
「よくない」
また押し問答になるのは承知で、私は反論した。
「ハルさんが祟りなんて受けるわけない。ハルさんは何も悪いことはしてないんだもん」
「呪いだか何だかのせいで、家族がバラバラで暮らさなきゃならなかったんだよ。甕を壊したくなるのは当然じゃない」
「教授の妹さんが死んだのは、祟りっていうより、自分で招いた結果でしょ?ハルさんとは違うもん」
甕は、私が思っているより、ずっと強力な呪具だったのかもしれない。
だけど、まったく猶予も与えずに、こんなふうに暴力的に人間を取り込んでしまう道具なんて、ありえるんだろうか。
納得できない。
全然理解できない。
だから、ハルさんは甕の呪いを受けたんじゃない。何かのトラブルで失踪しているだけ。
822 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:49:04 ID:4edWM6XR0
ハルさん 中編 7/15
「…ったく」
電話口で、兄貴は盛大な溜息をつく。
「嫌な気分にさせるだけだと思って黙っててやったのに」
って言うけど…何?
兄貴の声が重く、聞き取りにくくなった。
…何?教授が…何…?
「晴彦が行方不明になったと聞いて、すぐに教授に電話をしたら、奥さんが出た」
兄貴が説明を繰り返す。
「時を同じくして、教授も断続的に嘔吐が続いているそうだ。栄養剤の点滴が間に合わなくて、このままだと脱水症状を起こす。そしたら…」
死ぬかもしれない、と、兄貴は言った。
教授が死ぬかもしれない、と。
どうやってホテルまで帰ったんだろう。
体の下にベッドの感触はあるけど、今が現実なのか夢の中なのかも、よくわからない。
教授にまで害が及ぶなんて…。
もう、甕が関係ないとは言えない…。
823 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:49:41 ID:4edWM6XR0
ハルさん 中編 8/15
夢うつつに、私は、藤原京での光景を反芻していた。
大きな首は…死相が強く浮き出てて、あのときはよくわからなかったけど…それほどの歳ではないように感じる。せいぜい40歳ぐらい…。
喉は、一直線に切り取られていた。大きな刃物で薙いだような傷跡だった。
藤原京に仇を為そうとしたところからも、入鹿の首としか思えない。
それが、ハルさんを飲み込んだ……ことに……。
私は、少しずつ違和感を感じ始めた。
甕は入鹿を封じるための呪具だったと、S寺の和尚は言った。
もう少し補足すると、甕をS寺に持ち込んだのは、修験道の祖、役小角の弟子に当たる人たちだったらしい。
広島で乗ったタクシーの運転手さんが話してくれたように、小角はS寺に井戸を作った縁のある人だ。
だから、後の弟子たちがS寺を訪れたとしても、不思議はない。
弟子たちは、同門の修験者たちが、藤原京安泰のために入鹿と戦わされ、命を落としたことに、やるせない気持ちを持っていたのだろう。
だから、彼らの無念が詰まった甕を寺に託した。
彼らが成仏する後世まで、ずっと祈りを捧げてやってほしいと。
824 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:50:23 ID:4edWM6XR0
ハルさん 中編 9/15
甕に封じられた負の思念は強大すぎて、時には関係した生者を取り込んでしまうことがあった。
教授の妹さんは、収入の道を断たれたことによる餓死。
S寺のかつての住職の一家は、被爆し、水を欲して死んでいった。
藤原京を守った修験者たちの成れの果ては…あの、大首を捕縛するために布状にされたミイラ…?
そして、教授は脱水症状を起こすかもしれないという。体内の水を奪われて。
だけど、ハルさんは?
ハルさんは大首に呑まれた。
つまり、ハルさんを襲ったのは、甕の祟りじゃなくて、入鹿だってことだ。
ハルさんは甕の呪いを受ける運命を持っていたかもしれないけど、今回のことは当てはまらない。
運命と不運は重さが違うよ。
ハルさんは、他の人たちみたいに、絶対に死ななきゃならないわけじゃない!
考えなきゃ。
どうしたらハルさんは助かる?
入鹿からハルさんを返してもらうのだから、やっぱり、入鹿ともう一度会わないと。
兄貴に電話して、
「入鹿と会うには、どこに行ったらいい?」
と聞いた。
兄貴は、かなり長い沈黙のあと、
「お前って、やっぱり俺の妹だな」
と自虐的に言った。
…要するに、【馬鹿】ってことだ。
825 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:51:04 ID:4edWM6XR0
ハルさん 中編 10/15
「入鹿の痕跡は飛鳥に点在してるけど、行ってどうするんだ?」
と聞かれたので、
「わからないけど、そこしかハルさんを探す方法がない気がする」
と答えた。そして、さっき行き着いた考えを伝えた。
兄貴は、一応、真面目に聞いてくれたけど、最後には、面倒そうに、
「晴彦を諦める気がないってことね」
と投げやりに呟いた。
私には、むしろ、兄貴のそのドライさのほうが不思議だ。
そう訴えると、
「明日死ぬ人間を今日救ったとしても、意味はないだろ」
と、謎かけみたいな返事を返された。
あとで考えてみると、兄貴の言ってたのはこういうことかもしれない。
甕の呪いが実在するなら、もし今回ハルさんを助けることができても、いつかは、また向こうの世界に取り込まれてしまう。
そのときまで、ハルさんは、飢えに怯えながら生きないといけないことになる…。
『オレも、意固地にアレを破壊してほしいんだなあ…』
と言っていたハルさんの本心は、もう決着をつけてもらいたいという意味だったのかもしれない。
826 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:51:35 ID:4edWM6XR0
ハルさん 中編 11/15
結局、兄貴が折れて、私は明日、飛鳥を探訪することになった。
「明日の午後には俺もこっちを出るから、気の済むまでがんばってくれ」
と、多分、エールではなく皮肉を送られた。
だから、気づかないふりして、
「うんっ。がんばるね!」
と言い返してやった。
電話を切り、強制的にでも寝ようと缶ビールに手を伸ばす。
頭痛は相変わらずひどかったし、不安の波が定期的に襲ってきたけど、そのたびに、
「明日はハルさんを見つけるから、大丈夫」
と繰り返した。
やっとのことで寝つき始めたころ、はめ殺しの窓を強風が叩いた。
北風の吹き荒らす音が、密閉されている室内にまで侵入してくる。
………もし。
もしハルさんが、藤原京に戻っていたら。
この寒風の中を、凌ぐ術も持たずに放置されているとしたら。
朝まで悠長に待ってもいいのだろうか。
私一人、暖かい部屋で寝ていてもいいのだろうか。
数十回の寝返りのあと、私は、荷物をまとめてホテルをチェックアウトした。
駅前からタクシーを拾い、藤原京に向かってもらう。
827 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:52:01 ID:4edWM6XR0
ハルさん 中編 12/15
長い道程だった。
最初は饒舌だったタクシーの運転手は、ほとんど口を開かない私と、深夜に荒れ野に向かう不可解さから、次第に無口になっていった。
気味悪がらせるのは申し訳なかったので、努めて明るい声で、
「一緒に遊びに来た友だちとあの辺ではぐれちゃって。先に帰ろうかと思ったんだけど、やっぱり気になるんですよね」
と言い訳した。
すると、運転手さんは、
「ああ。車が放置されていたっていう、あれかね。橿原の警察がレッカーしたらしいよ」
と、思いがけない情報をくれた。
「そ…その車の持ち主は…見つかったんですか?」
と、震える声を押さえながら聞くと、
「さあ。よく知らんけどね。なんなら、警察に行きましょうか?」
とタクシーを回してくれることになった。
大きな警察署の建物の横には、ハルさんの車が無造作に置かれていた。
礼を言って、タクシーと別れを告げる。
運転手さんは、
「友だちは明日にでも見つかるよ」
と励ましてくれた。
828 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:52:31 ID:4edWM6XR0
ハルさん 中編 13/15
建物に入り、電気の点いている部署のカウンター越しに呼びかける。
奥から、眠そうな顔をした40代ぐらいの私服のおじさんが出てきた。刑事さんらしい。
奈良の交番に届け出たことを告げると、FAXを確認しに行ったあと、応接セットのある隅の空間に通してくれた。
刑事さんの話によると、車の持ち主は現れていないということだった。
期待していただけに、かなり落胆した。
刑事さんは、私に同情してくれたようで、
「明日、捜索をしましょう」
と言った。
明日。
希望の持てるキーワードが繰り返されて、不覚にも涙がこぼれた。
829 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:53:01 ID:4edWM6XR0
ハルさん 中編 14/15
警察署を出た。
…けど、とりあえずどうしよう…。
朝まではまだ遠い。外をうろついて夜を明かすのは、時間的にも体力的にもきつかった。
近くでまたホテルを借り、朝まで休んでおこう、と思う。
視界の隅にハルさんの車が映った。
私は、周囲に不審がられないように、そっと近づいた。
「明日には見つけてあげるからね」
中に向かって、そう呟く。
ハルさんは、一緒にいた数時間でも把握できるほど、さりげなく気遣いをしてくれる人だった。
高速道路はものすごい勢いで飛ばしたけど、一般道は全然スピードを出さない。理由を聞くと、
「歩行者がいるときは、車は凶器と一緒だから」
と、ポリシーを覗かせた。
そんな人だ。
死んでしまっては惜しい人だ。
830 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:53:55 ID:4edWM6XR0
ハルさん 中編 15/15
私は窓に触れた。特に意味のない行動だった。
すると、手がふわりと入り込んだ。
ぎょっとする間もなく、車内から強い力で引っ張られた。
重力が暗転して、体が浮く。
長い浮遊感のあと、地面に落ちた。
背中の痛みに、しばらく起き上がることができなかった。
真っ暗。どんなに目を凝らしても、真っ暗。
寒いのと、狭いのだけは、わかる。
怖い。
耳を塞いで体を丸くした。
見えない。
見えないけど、何かがいる。
大勢の気配。
闇の中に、重々しい読経の声が流れてる…。
915 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:14:41 ID:AUdMLshn0
ハルさん 後編 1/15
失神と覚醒を何度も繰り返した。
意識をなくして安穏の世界に入っても、悪夢が追いかけてくる。
私は狭い和室に転がり、天井を見ていた。
ひどい空腹。
水を飲みたい、と、切実に思う。喉さえ潤えば、動く力が戻ってくるのに。
でも。
…でも、蛇口をひねることができない。
出てくる液体は、無色透明な飲料水じゃない。黄色味を帯びた粘液で、嘔吐後の吐瀉物のような臭いがする。
何日も前から、そんな現象が続いていた。調べてもらおうにも、発生する費用を払うツテが、私にはない。
仕事を解雇されたのは、社長に囲われることを断った腹いせだ。
だから、私は悪くない。
だけど、こんな罰を受けるのは、やっぱり、私に原因があるんだろうか。
私は、このまま、干からびて死んだほうがいい人間なんだろうか。
理不尽な悲しみに目を覚ますと、頭上から修験者たちのしわがれた声が降り注いだ。
顔の上に、唾液のような異臭を放つ液体が降りかかる。
覗き込んでいるんだ…。
その光景を想像したとき、私の意識はまた途切れた。
916 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:15:08 ID:AUdMLshn0
ハルさん 後編 2/15
次の夢はやたらと眩しかった。
室内なのに、天井からの強烈な光源が私を照らす。
目を閉じようにも、瞼ひとつ動かせなかった。もう死んでいるんだ、という自覚が、私にはあった。
膨れた腹にメスが入る。痛みはないけど、激しい動揺がある。
大きく切り開かれた子宮から、取り出される私の赤ちゃん。
どこにも傷はない。綺麗な体。
私自身は大怪我と大火傷を負ったのに、赤ちゃんは無傷だ。
嬉しかった。
それだけが救いだったのに。
金色の髪をした女が、赤ちゃんを私の隣りに寝かせ、解体を始めた。
ひどいひどいひどい!!!
私たちは人間として扱われることさえないのか!
「…うー…」
暗闇の中、意味もなく呟いてみた。
自分が、いま目を覚ましているのか、まだ生きているのか、確認したかった。
生きてるみたい。…残念(笑)。
917 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:15:58 ID:AUdMLshn0
ハルさん 後編 3/15
だってね。
むごい死に方を迎えるために生きるのなら、もうこのまま止まりたいんだ…。
死が訪れる瞬間を待つ生き方は、辛い。
ハルさん。教授。一緒に行ってくれるよね。
もし先に行ってるなら、待ってて。
「小角さま」
途切れかけた意識に、訴える声がある。
「小角さまが守護されたという藤原を我らも守ってまいりましたが、このあまりの仕打ち。もはや不満を抑えきれませぬ」
別の声。
「鎌足を平癒したという小角さまを信じて、ここまで藤原京を守ってまいりましたが、地下深くに埋められ、餓死した同胞を見るにつれ、信念が揺らいでおります」
その瞬間、修験者たちの慟哭が闇に満ちる。
【鎌足】のキーワードを、頭の隅で、ぼんやり捉えた。
中臣鎌足のこと…だ。後の藤原鎌足、つまり、藤原氏の始祖。
小角は鎌足と面識があったんだな…。それも、病気を治療してあげるような近しい間柄だったんだ。
修験者たちは、自分の始祖に当たる小角に傾倒していたから、藤原氏にも協力を厭わなかった。不比等に代替わりしていたとしても。
でも。
でも。
教えてあげなきゃ。
小角は、藤原氏と天皇によって、数年後に無実の罪で流刑されるんだよ。
918 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:16:35 ID:AUdMLshn0
ハルさん 後編 4/15
空気に修験者の怒りが満ちた。
「やはり!」
「藤原は裏切ったか!!」
「小角さまは我らを見限ったのではない。藤原が我々から小角さまを遠ざけていたのだ」
「我らは小角さまに見捨てられたのではない」
修験者たちの生き生きと決起する様を見るのが嬉しかった。
私自身の鼓動が減少していたとしても。
「もはや、蘇我(入鹿の姓)を調伏する意味は、我らにはない」
「むしろ、藤原に敵する者同士、蘇我に肩入れして死のうではないか」
「蘇我、万歳!」
「蘇我よ、藤原を滅ぼしてくれ!」
「蘇我よ、我らの力が及ぶ限りの未来、藤原に仇を為し続けてくれ!!」
延々と続く呪詛の声。
そして。
私は、3度目の夢に引き込まれていった。
919 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:17:21 ID:AUdMLshn0
ハルさん 後編 5/15
1300年前の衣装を身につけた役人たちが、地面に掘った穴から、ミイラ状の遺体を引きずりだす。
「修験者とはいえ、ただの人間だな。醜い死に様だ」
そう言いながら向かった先は、飛鳥川の河川敷。
最後まで職務を全うした修験者の骸は、背骨に沿って切り開かれ、皮と内臓・骨に分けられた。
四肢も同じく骨を取り除かれ、敬虔な阿羅漢は皮一枚の布にされる。
次々と運び込まれる餓死体を、役人たちは無表情に縫い合わせた。
首を残したのは、個人を識別するためではなく、単に、グロテスクな外観が呪力を高めると信じられたためだ。
可哀相に…。
私は心底同情した。
可哀相に。あなたたちは、藤原京のための道具なんかじゃないのに。
朱雀門に入鹿の大首が現れた。
役人は、修験者たちの亡骸の呪具を、入鹿に向かって放った。
呪具は、けれど、役人の思惑通りには働かなかった。
入鹿を封じるはずが、逆に体内に入って力を増し、ついには藤原京の結界を破った。
藤原京は、当時、最新の建築様式を誇った都だったにもかかわらず、16年で平城京に遷都し、近年まで存在さえ確認されなかった。
対照的に、入鹿の都である飛鳥は、歴史にはっきりと名を残した名都とされている。
ハルさんは、藤原討伐をめざす修験者たちに取り込まれながら、私だけを安全な地帯へ押しやってくれた。
だから私は、最後のハルさんの手の温かさを覚えてるんだ。
920 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:18:29 ID:AUdMLshn0
ハルさん 後編 6/15
【美耶、死ね!!!】
黒板に大きく書かれた自分へのメッセージを見たとき、私は何を思ったんだっけ…。
それまでも、けっこう陰湿なことされてたけど、人目を隠れてのことだったから、私自身も虚勢を張れた。
そんな見栄張りな私だったから、クラス中に【自分がイジメられてること】が知れたこの行為、かなり凹んだはずなんだよね…。
死にたいと思ったんだっけ…?
そこまで思いつめたんだっけ?
「何それ?」
私が買い込んだ綿ロープを見て、兄貴が怪訝な顔をしてた。
そうだ。あのロープは自殺用に準備した物だったんだ。
なら、なぜ、私は、いま生きているんだろう。
誰かが止めたわけじゃない。自分で思い留まったんだ。
生きたかったから。死にたくなかったから。
…まだ、私は死んでない。
体は凍ったみたいに冷たくて動かないけど。
助けを呼ぶ声さえ枯れているけど。
まだ、私は死んでない。
死にたくない。
921 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:19:23 ID:AUdMLshn0
ハルさん 後編 7/15
突然、携帯電話が鳴った。
反射的に動いた指が、着信コールを押す。
兄貴の声が小さく流れてくる。話したくても、もう電話機を掴む力がない。
「…お…」
お兄ちゃん、と、呼んだつもりだった。
兄貴の声が大きくなって、焦っているのがわかる。
「美耶?!お前、いま、どこにいんの?!」
…またその質問…。ワンパターンな兄貴…(笑)。
視界には、凍てつく冬の星空と、凍った大地が見える。外だ。
しかも、ハルさんの車のすぐ脇で、私は倒れてる。
橿原の警察署にいる、と、伝えたかった。そうすれば助かる。
だけど、声が出ない。声が出ないよ。
強烈に眠くなった。
最後に兄貴の声が聞けて、なんか、安心した。
機能を停止しかけた脳の中に、けたたましいクラクションが響いた。
ハルさんの車からかな。
そんなわけ、ないか。
922 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:19:54 ID:AUdMLshn0
ハルさん 後編 8/15
快晴だったはずの奈良盆地は、私が見つかった直後から、豪雨に見舞われたらしい。
飛鳥川が決壊し、流域には大きな浸水被害が出た。
藤原京は、一時、湖になってしまったようだ。
入鹿が殺された飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)も、入鹿の首塚も、蘇我の祖である蘇我馬子の埋葬された石舞台(異説あり)も、史跡が破損するなどの損害を被った。
その飛鳥川の濁流に乗って、川底に堆積していた人骨がいくつか地上に押し上げられた。
地元の新聞によると、藤原京のあたりで定期的に起きていた失踪者の骨ではないか、ということだ。
その骨に混じって。
ハルさんは発見された。
923 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:20:26 ID:AUdMLshn0
ハルさん 後編 9/15
3日後に奈良の総合病院で目を覚ました私が聞いたのは、不思議な奇跡の話だった。
私は、ハルさんの車の陰で、誰にも見つからずに凍死しかけていたらしい。
兄貴とは電話で繋がっていたけど、兄貴も状況がわからずに途方に暮れていた。
そんなとき、電話越しにもはっきりと聞こえるほどの大きさで、クラクションが鳴った。
橿原の警察署の人が、私を見つけて助けてくれた。
彼は、
「あの無人の放置車が君のことを教えてくれたんだよ」
と言った。
………ハルさん。
また、助けてくれて、ありがとう。
924 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:21:09 ID:AUdMLshn0
ハルさん 後編 10/15
ベッド脇でお見舞いのケーキを切っていた母が、ふと目を上げた。
私もつられて見ると、教授の奥さんがニコニコしながら立っていた。
「おかげさまで、夫は無事に退院しました。いまから家に帰します」
「まだ歩くことは難しいので、本人は駅のロビーで待たせてありますが、美耶さんには大変感謝しています」
そう言ってくれる。
兄貴から話は聞いていた。
あの夜、私自身は地下の闇の中でもがいていた記憶しかないけれど、教授の枕元には、妙な神格を身につけた私が現れたらしい。
そして、
「いま、小角を説得してる。呪いを解くには、竜神の力が必要だから」
というようなことを、時代がかった言葉で伝えたそうだ。
それを見た奥さんは、胸騒ぎを覚えて、すぐに兄貴に連絡を取った。
兄貴が私の携帯に電話をし。
私は、止まらない悪夢から生還することができた、というわけ。
広島から、わざわざ途中下車して奈良に寄ったという奥さんは、もう一つ、嬉しいニュースを私に教えてくれた。
「晴彦、そろそろ点滴が取れそうなの。リハビリついでに美耶さんの病室を訪問するって行ってたから、来たら声かけてあげてくださいね」
そっかあ。
ハルさん、もうそんなに回復したんだ。
私も早く元気になろうっと。
925 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:21:49 ID:AUdMLshn0
ハルさん 後編 11/15
午後の浅い時間。
私は、温かい布団の中で、うつらうつらとまどろんでいた。
頭の片隅に、母と一緒に病院に来ていた兄貴の、暇つぶしに本を繰る音が、染みる。
「おっ。もう起きられるようになったのか」
突然、兄貴が立ち上がった。
私は目を開けなかった。なんだか、顔を合わせづらい。
「ここまでヒイヒイ言いながら辿りついた」
ハルさんは笑いながら、すぐ真横のベンチに身を預けた。
「生還の感想は?」
ハルさんにベンチを譲り、兄貴が私のベッドの端に腰掛けてくる。
私は、反対側に寝返りを打ち、ときどき目を開けては、話に聞き入った。
「悪くはない」
と、ハルさんは答える。
「帰りたいとは思ってなかったんだけど、目が覚めたときは、ほっとした」
「そんなもんだ」
兄貴は軽くいなした。
926 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:22:25 ID:AUdMLshn0
ハルさん 後編 12/15
ハルさんの話によると、ハルさんは、入鹿の首に呑まれた瞬間のことを、
「いきなり地面がなくなって落ちた」
と記憶していた。
そのまま生き埋めになり、わずかな酸素を貪りながら死を待っていたところに、荒れ狂った泥流が押し寄せたのだという。
「水の音はずっと聞こえていたんだ。でも、オレがいたのは川底なんかじゃなかった」
と、ハルさんは断言する。
「飛鳥川には、地上には出ていない支流がいくつかあったんじゃないかな。オレが聞いたのは、その地下水の音だったような気がする」
「飛鳥の水脈かあ…。【亀石】なんて、水辺には程遠いのに、水がらみの伝説が残っているしな」
兄貴も楽しそうに賛同してた。
「変な話だけど」
ハルさんが声を潜めたので、私は、さらに耳をそばだてた。
「オレが窒息して死にかかってたとき、美耶ちゃんの心臓がリンクしてきた、気がする」
どきん、と、した。
「何、それ?」
兄貴が怪訝な声を出す。
「つまり…美耶ちゃんのエネルギーをオレがもらってしまった、というか…。だから、この子、数時間であんなに衰弱しちゃったんじゃないかな」
ハルさんの言い方には罪悪感が含まれていた。
私は、もちろん、ハルさんに怒りなんか湧かなかった。
927 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:22:57 ID:AUdMLshn0
ハルさん 後編 13/15
そのあと、兄貴は、ハルさんが消えたときの私のうろたえた様子を、ハルさん本人に伝えた。
…あとで絶対に殴ってやる(汗)。
ハルさんは、ときどき笑いを交えながら、聞いてた。
そして、
「今度、甕の呪いを受けそうなときには、美耶ちゃんと一緒に行動はできないな」
と気遣ってくれた。
そしたら、兄貴が、
「もう甕はないぞ。お前たちが見つかったと聞いたときに、粉々にしてきたから」
と言った。
…そっか。
兄貴の言葉に、納得した。
病院に運ばれて眠っていた間に見た、最後の夢には、眼光の鋭い修験者が出てきた。
彼は甕を脇に抱え、白金に輝く天空に飛翔していったから。
928 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:23:50 ID:AUdMLshn0
ハルさん 後編 14/15
ハルさんが兄貴の心配を盛んにするので、私は起き上がって、伝えた。
「呪いはもうない」
兄貴たちが不思議そうな顔をした。
言葉を続ける。
「竜神がすべてを持ち去った。私との契約は果たされた」
直後、我に返った。
恥ずかしかったので、布団をかぶって、2人からそっぽを向いた。
兄貴が、
「教授と奥さんが見たのは、これかあ」
と笑ってる。
そして、教えてくれた。
「教授の仮説によると、美耶は、古代シャーマンの能力を持ってるのかもしれないって」
「邪馬台国の王となった卑弥呼を頂点として、日本にはそれ以前から持衰(じさい)と呼ばれるシャーマンの血筋があった。神がかりで自然と融和し、人間に恵みをもたらす一族だ」
「いまの宗教や神降ろしなんか足元にも及ばないスーパーマンとして崇められていたようだけど、能力が衰えると、次の世代への贄として殺されたそうだ」
ハルさんが続けた。
「たしか、諏訪にもそんな風習があったな。8歳の子どもを諏訪湖に沈める」
929 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:32:00 ID:AUdMLshn0
ハルさん 後編 15/15
生贄、人柱、人身御供。
教授からはいろんな言い方を教わった。
そのどれもが、多くを助けるための少数の犠牲なのだということも。
イジメもそうだよね。
私が爪弾きにされているあいだ、クラスはまとまってた。
人間は怖い。
神のせいにして、同族を平気で殺す。
ハルさんが言った。
「美耶ちゃんは大丈夫だよ。オレが恩返しするからね」
…困ったけど、…ちょっとだけ嬉しかった。
圧倒的な多数に死を望まれる贄は、【尊い犠牲】なんて美談にされることも多いらしい。
だけど、そんな死に方、喜べるわけがないと思う。
「僕は美談は信じない」
と、かつて、教授は言った。
「人間は、生きたいと思うことが当たり前なのだから」
と付け加えて。
引用元:【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ5【友人・知人】
https://anchorage.5ch.net/test/read.cgi/occult/1219147569/781-929
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