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都市伝説・・・奇憚・・・blog

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2024.11.26 (Tue) Category : 

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半分死んでる

2007.11.11 (Sun) Category : トピックス

2007/1/30更新、人を信じすぎる人へ「半分死んでる」内のリンクが切れているため、おおよその概要を掲載します。

BLOG!?「http://crazy-fingers.269g.net/article/130975.html」より転載

「わいせつ教師:女子生徒と関係3年半 懲戒免職 横浜で
毎日新聞より

 担任する女子生徒と3年半に渡って性的関係を持ったとして、横浜市教委は28日、市立横浜商業高校定時制(南区、野房政雄校長)=今月で閉校=の男性教諭(40)を懲戒免職とした。同市教委の懲戒処分は今年度21件目(うち懲戒免職は3件)。わいせつ行為での処分は3件目となる。

 市教委によると、男性教諭は同校に赴任した直後の01年5月から、友人関係などについて当時1年生だった女子生徒から校外で相談を受けていた。その後、同年8月から性的関係を持つようになり、04年11月まで関係を続けた。男性教諭が「家族に見つかった」と別れ話を持ちかけたため、女子生徒が今年2月に別の教諭に相談、発覚した。

 男性教諭は既婚者で01~04年度の4年間、女子生徒の担任で、2年間は部活動の顧問だった。「生徒に迫られ、交際した。なぜ教諭と生徒の関係を越えてしまったのか分からない」などと話しているという。女子生徒は今月同校を卒業。市教委は「(女子生徒は)関係を持った時には18歳以上で、県の条例などには抵触しない」と説明している。


昔から教師と生徒の交際なんてたくさん有ると思う。
マンガでもそんな話はあるし、高校の時の先生で生徒と結婚した先生もいたし(在学中につきあってたかどうかはわからない)。既婚者なのになぜ教諭と生徒の関係を越えてしまったのか分からないなんて、遊ぶ気満々だったということでしょう。「家族に見つかった」と分かれようとしたのは本当にばれたのか、ウソの理由だったのかわからない。でも、他の先生に相談されて社会的制裁をうけなければならなくなったのは自業自得だね。
ニックネーム まみお at 16:50| Comment(3) | TrackBack(0) | NEWS この記事へのコメント
センセイ×セイトって、多いよね。
ありがち。
。。。なんでだろ??

そして女子高に多い傾向にある気がするのは、私だけ?
Posted by hati at 2005年03月29日 21:02

女子校は身近に男性っていったら、家の人か先生かってカンジだからじゃない?

なかにはまじめに付き合っている人たちもいるけど、遊んでる悪い先生もたくさんいるって事だね、きっと。
Posted by crazy-fingers at 2005年03月30日 00:15

講師 池内政克 楽2003年3月、またはそれ以前
優子さんの相談を受けていた先生(I先生の身内と言われている)から大手探偵社ガルエージェンシー(以下ガル)に告発があった。
2003年3月
優子さんは前出の先生に付き添われガルのスタッフに会い、“2000年10月から1年8ヶ月の間、I先生からレイプされSM行為を強要されていたこと”を相談するようになった。
2003年3月~不明
ガルのスタッフは優子さんを松戸警察、弁護士への相談や病院(神経科)に付き添った。
2003年7月21日
調査も終わりに近づき、ガルは『探偵ファイル』に記事を5回に亘って掲載した。
2003年10月1日
東邦音大附属高校はI先生に半年間の給与を支払う形での休職処分をくだした。
2003年10月16日
この日訪れた病院で優子さんは初めてPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された。
2003年11月某日
I先生は株式会社ガルア(『探偵ファイル』の運営会社)を相手取り民事訴訟(名誉毀損による損害賠償請求、WEBサイトの関連記事削除及び謝罪文掲載要求)を起こした。
2003年12月12日
首吊り自殺未遂が原因で優子さんは結膜下出血を起こし、ご両親に眼科と皮膚科に連れて行かれた。
2003年12月12日~18日
神経科にも連れて行かれ、そこでもうつ病・PTSDと診断された。ただしPTSDについては、優子さんの希望でご両親には伏せられた。
2003年12月18日
優子さんは東京地裁へレイプ被害に関する陳述書を提出。
2003年12月19日
いつも病院へ付き添っていたガルのスタッフが前出の神経科にて“PTSD及びうつ病の診断書”を受け取った。
2003年12月31日
優子さんは事件についてを両親に告白することを決心。
2004年1月2日
優子さんが都下の自宅で自殺。同日午後、ガルのスタッフであるBOSS、八坪(ともにハンドルネーム)宛に優子さんからの遺書が届いた。
2004年1月某日
都内某所の教会にて優子さんの葬儀が執り行われた。参列者は両親の他に学校の先生と子供の二人、密葬であった。
2004年1月28日
『探偵ファイル』にて優子さんの悲報とメールの一部が掲載され、また、第3回目の民事裁判が行われた。
2004年3月4日
週刊新潮3月11日号に優子さんの事件が仮名で記事となった。 


※パソコンをお持ちの方は、是非「探偵ファイル 優子」で検索をかけてみてください。
そして真実を知ってください。







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