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2024.11.24 (Sun) Category : 

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人柱について

2014.11.02 (Sun) Category : 都市伝説の元

2:コピペ@前スレ:2010/09/23(木)16:47:38
僕の近所の溜池には人柱の伝説があって、犠牲になった乙女をマツっている神社まであります。
これってほんとなんでしょうか?
人柱なんてほんとにあったのか疑問です。
溜池にはそういったなんらかの伝説がくっついてる場合がよくあると聞いたこともありますが。
誰か人柱について詳しい人教えてください。



3:コピペ@前スレ:2010/09/23(木)16:49:16
人柱の伝説、習俗は世界中にあるそうです。
ボルネオのミラナウ族は柱穴を堀り奴隷娘を落として殺しました。

朝鮮では1528年に成同という人物の隣家の子供達が突然失踪しました。
実はこの成同という人物が家を建てるときに埋めていた事が発覚しました。

ソロモン諸島ブーゲンビル島のブイン族。
人狩りをし、その奴隷を殴り殺して頭、手、足に解体、柱壁に縛り、これらに槍と矢を投げる。
3日後それらを埋め、10日後に掘り出して骸骨を中心の柱の隣に置く。

ヨーロッパでも人の血を注いだとか少女を生きたまま壁に取り込んでしまったと言う伝承。
また人の変わりに人形や動物とかを使うケースもあります。

日本もたくさんの人柱伝承はありますね。
自分の隣町にも橋の建設の為の人柱の伝承があります。
柳田國男の主張、水神に仕える巫女が物語として語り歩いた、と南方熊楠の主張、どっちなんでしょ。

伝承のある場所から人骨が出たと言う考古学的証拠は見つかっていないのでしょうか?



4:コピペ@前スレ:2010/09/23(木)16:51:23
民話には沢山あるよね
有名なのは
「雉子も鳴かずば撃たれまい」っていうのがありますね。



5:コピペ@前スレ:2010/09/23(木)16:52:10
長柄の人柱伝説だね。
「物いわじ 父は長柄の人柱 鳴かずば雉も 射られざらまし」

大正時代、皇居二重櫓下から、人骨が出てきて人柱か否かの論争が起きたらしいね。
そのとき、南方熊楠が「人柱の話」と言う随筆を書いて、実際に近世まで人柱が行われていたこと説いた。

(続きは『続きを読む』をクリック)



 









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6:コピペ@前スレ:2010/09/23(木)16:52:25
オランダ人カロンが、すすんで人柱になる日本人のことを記している。

「日本の諸侯が城壁を築くとき、多少の臣民が礎として壁下に敷かれんと願い出ることがある。
自ら志願して敷き殺された人の上に建てた壁は壊れないと信じられているからである。
許可を得て礎の下に掘った穴のなかに横たわって重い石に潰される。
ただしかかる志願者は、平素苦役に疲れた奴隷だから、望みのない世に永らえるより、死ぬほうがましと考えているのかも知れない」

この記述が本当なら皇居の人骨も人柱のように思えてきます。



9:天之御名無主:2010/09/24(金)13:28:07
平清盛公が摂津国大和田(大輪田)の泊まり=兵庫港を築港する際に難工事で難渋していた時、松王丸が人柱となり、以後見事に竣工した。云々。

供養塔が対岸の淡路島岩屋。万葉集にも詠われた名勝、絵島の頂上に有ります。
絵島は隣りの大和島と共に往古、神の島とされた禁足地でした。
絵島と大和島はあたかも伊勢の夫婦岩のごとく三対山(往古には山上に石屋神社が鎮座)の天然の鳥居で神籬岩ではなかったかと。

石屋神社の祭神は。国常立尊。伊弉諾尊。伊弉冉尊。
根元の三柱を併せ敬って天地大明神と奉る。ご別称は絵島大明神。

国生み神話の舞台の一つ。
西宮のエビス大神の出生地、放墜地伝説も
また、神功皇后が征韓出征の砌、天地大明神を奉り戦勝祈願と帰還のさいには報賽した伝説地。
*真東対岸は住吉大社。



16:天之御名無主:2010/10/04(月)20:08:46
そもそも何故生け贄を柱というのか。
この「柱を」神を数える単位として採用していたり神の象徴として神格化する宗教・民族は多い。
古代ギリシャやケルト、近くではフリーメーソンもそうだ。
仏教でも体の中の柱という概念を大切にするし、そのルーツであるインドでは今もその体幹を貫く光の柱が天と繋がっていると信じられている。

つまり柱というのは












どういう事だよ
教えて下さいてめえら。



18:天之御名無主:2010/10/05(火)04:40:51
簡単なことだよ。

人工物以外のもので柱のように、地面から天に向かって立っている円柱状のものといえばなんだ?
そう、「木」だ。
木はこの世で最も原始的な信仰の対象であったといわれる。
現代に残るポール状の信仰の対象は、元々木を模して作られたものなのかもしれない。



19:天之御名無主:2010/10/05(火)05:00:04
なるほど。
それはやはり、人間がかつて食料や身の安全を木に依存していた
猿の時代の名残なのだろうか?
それとももっと文化の発達した後の、スピリチュアルな感覚から来たのだろうか。

たしかに屋久島に行った時荘厳な気持ちになったがアレは何故だろうか。
もののけ姫のせいではないと思う。



20:天之御名無主:2010/10/05(火)05:11:25
本で読みましたが、人柱とイケニエではまた違うらしいですね。

人柱は文字通り人の柱として橋などの建設物などを磐石なものにするため
イケニエは人を神の食べものとして扱うらしいですね。
早太郎(しっぺい太郎)の伝承を思い浮かべるのはこちらですね。



ところで、大島では学校で火山の噴火を抑えるために捧げた人柱の歴史を学ぶと大島育ちの友人から聞きました。
どんな話なのか興味があります。



24:天之御名無主:2010/10/21(木)21:06:28
>>19
木に雷が落ちる様を見て、天と地をつなぐものと思ったんじゃないのかな?



25:天之御名無主:2010/10/22(金)02:35:56
単純に、生身の人間が登れる範囲で最も高いところだからってのもある。
木登り競争のような戦いが戦争の始まりじゃないかとも言われる。



26:天之御名無主:2010/10/22(金)18:49:20
人間が登れる範囲なら、神関係ないじゃん
それは人間のテリトリだと認識されると思うぞ
神関連で理解しないと木が依代とされた理由にはならんだろ



27:天之御名無主:2010/10/23(土)01:57:47
何から読んだか覚えてない、Wikiかもしれない。適当に読み流して。

ゲルマン部族のひとつ、ザクセン人は、キリスト教改宗以前には、でっかい柱をたてて礼拝していたらしいが、それは北欧神話であらわれる世界樹ユグドラシルのイメージらしい。

ユングだかフロイトだか、そっち方面の心理学でも、樹木の絵=書き手自身の投影のようだし、樹木のイメージは人間が用いる定番のイメージなのかもしれない。

あるいは、天と地をつなぐもの、として考えられていたのかもしれない。
北京の社稷壇にある大木がそういうものと考えられているそうな。

「柱」=「木」でいいんじゃないか。



28:天之御名無主:2010/10/23(土)02:08:49
柱=木、ってのは鉄板だろ

クリスマスツリー、メイポールも元はゲルマンの異教から来てるしブッシュドノエルも起源は一緒だよな
そもそもゲルマンだと人間自体が木から作られてる
日本でも御神木もあるし、榊もあるよな
そういや御柱祭ってのもあるな



29:天之御名無主:2010/10/23(土)02:18:31
スレタイに沿った話になるか知らんが北欧神話の主神オーディンがユグドラジルに自ら生贄になって吊るされてルーン文字を発見している

ユグとはオーディンの別名、ドラジルは馬の意味
ユグドラジルという名前自体が、オーディンがその木に吊るされたことを意味してるわけだ
かつては生贄を木に吊るしてオーディンに供えた
つまり、首吊りにしたってことだ



30:天之御名無主:2010/10/23(土)02:19:57
高木に依り来る神を信仰してたから生贄も木に吊るしてたのかね>ゲルマーニー
日本だとそういう例はあるのかな



31:天之御名無主:2010/10/23(土)13:10:51
生贄を吊るすってのは合理的ではあるよな…
生贄自身の体重で死に至るからな…
手をかける必要がない…

…我ながら発想が暗い…

ゲルマンに関しては、木に吊るすというのは、オーディンの伝承にならった部分が大きいかもしれないね
君主などの死に際して奴隷の少女を殉死させる目撃談があるが、こちらは船の上で首絞めたんだったかな



33:天之御名無主:2010/10/23(土)16:23:48
神様の数え方の「ひと柱」「ふた柱」とは関係ないのか?



34:天之御名無主:2010/10/23(土)16:30:18
形状と建築物を強固にするっていう呪能の両方に掛けての「柱」なんじゃね
地中であれば竪穴を掘って柱のように埋める、と



35:天之御名無主:2010/10/23(土)18:47:58
>>33
思い切りドストライクに関係あるだろ



36:天之御名無主:2010/10/24(日)16:40:22
「神、人を喰う」の六車由美の主張だけど、人柱に関しては異人の持つ呪力に期待して異人(共同体外の人間)を使うことが多い
一方神に捧げる人身御供に関しては神が異人の人身御供に関しては拒絶するパターンが多く共同体内の人間を捧げるってのが基本形なんじゃないか、と

(史実としての人身御供についてではなく人身御供「譚」についての考察なんで微妙にこのスレ内の関心からは外れるかもだが)



37:天之御名無主:2010/10/24(日)19:21:16
>>36
素朴な疑問なんだけど
人柱と人身御供ってどう区別してる?

普通に人身御供でも通りすがりの旅人差し出されてるとかないのかな?
共同体内で選ばれるのは単に異邦人が通らない山奥だからなんじゃないかとか思ってしまうんだけど
頻繁に旅人が通る場所でもやはり共同体限定ってことなんだろうか



38:天之御名無主:2010/10/24(日)23:21:27
>>37
人身御供「譚」において異人が供されるパターンってのは通りすがりの高僧だの六部だのが身代わりを買って出て神を討伐するなり何なりして(神との間に妥協が成立とか)
以後は人身御供のかわりに饅頭だの人形だのを供えるようになったっていうパターンが主かと
異人は人身御供を止めるきっかけを語る話での主役であってイレギュラーな存在だよね

人身御供「譚」の主目的は痛みの記憶の伝承(その痛みがフィクションであれ史実であれ)
だと思うので、やっぱり共同体内からの犠牲でないと意味がないのではないかな

あと自分は
人身御供→定期的な神へのお供え。神を祭る為に供される贄
人柱→困難な工事を完成させる為の呪術的行為に使われる犠牲
っていう風に分けてる



39:天之御名無主:2010/10/25(月)00:14:16
>>38
thx!
そうなんだよね
譚だと、異人が人身御供の身代わりを名乗り出る話が多い
それが受け入れられるのなら、共同体の人間であることへの強いこだわりはさほどないような気がするんだよな

人身御供が定期的で、人柱が時に応じて、というのもわかる
ただ、両者の違いはそういう場面の違いだけなんだろうか
人柱の「柱」が神を意味するのなら、生贄となる人間は人の身ながら神になると考えていいのかな
それに対して、人身御供はあくまで捧げ物で神にはならない、という違いがあるのかな、と考えてみたりもするんだが



40:天之御名無主:2010/10/25(月)01:01:52
自分は34で言ったように柱≠神だと思ってる

人柱の文献上の初出、平家物語において経の島の由来として、島が大風と大波で崩れてしまったので「人柱たてらるべしなんど」と詮議したが、それは「罪業なるべし」として石の面に経文を書いて代わりとしたことが語られてる

無論、これは仏教的な価値観による人柱否定であって、人柱が神として崇められていたものを否定するものではないけれど、自分は人柱は厭魅や犬神等々陰陽術に代表されるような人の行使する技術・呪術に供される道具にすぎないんじゃないか、と思う

(長いので続く)



41:天之御名無主:2010/10/25(月)01:18:38
(続き)
白川静「文字逍遥」からの引用だけど
「左伝に楚と晋の戦いにおいて楚が大勝、臣下の者が楚王に、晋の遺棄死体を収めて京観をつくることをすすめた話がしるされている。京観を作ることは古くは殷の時代から行われており、殷では三軍の軍門に、義京やケイ京と呼ばれる京観が作られていたことが知られている。

卜辞によるとその祭祀には、三人のチベット系羌族と十匹の羊を開き裂きにして、犠牲とするのが例であった。この積屍封土して作られる軍門の京観を、のちの都城の制に移したものが、城闕(ケツ)の原型をなしている。それで城闕(ケツ)においても人牲や獣牲を用いることが行われた」


もとは大陸から陰陽術等と共に入ってきた呪術なんじゃないかと
日本で自然発生したものであっても、犠牲に供した人柱をその後神として祀ってる例が見当たらない限り人柱=神には肯きかねる



42:天之御名無主:2010/10/25(月)02:03:57
>>40
それじゃあ、40も人身御供と人柱の違いは定期的かそうでないかの違い、と考えてるってこと?
そうなると、ヤマトタケルのオトタチバナ姫ってどうなると思う?
定期的ではないから人柱?

やっぱり人柱は建築物の土台として、という限定条件になってくるのかな
ただ、>>34の柱のように埋めるというのは古い考え方ではないよね
日本書紀に出てくる茨田堤の人柱は川に放り込むだけだし
人柱の慰霊のための祠とかはあるけど、40はそれは神として祀ってるとは認めないってこと?



44:天之御名無主:2010/10/25(月)02:33:33
>>42
「臨時」で「架橋・築城」等「建築」の際の犠牲が「人柱」だと思う
(文献上それ以外の犠牲を人柱って表現してる例はあるんだろうか?)
建築物の堅固なることを祈ってのものだから「柱」ね

オトタチバナ姫は荒れた海の神を鎮める為の犠牲だから人柱っていう風には表現しないんじゃないかと



45:天之御名無主:2010/10/25(月)02:45:38
>>44
そうなんだよな
オトタチバナ姫は人柱って気が全然しないんだよ
だから、臨時であることに加えて、建築物限定っていう条件が必要になってくるのかなと
ただ、建築だから柱ってなると、言葉自体は歴史が浅いってことになるのかな
日本書紀では川に放り込むだけで埋めるという概念がない
埋めるようになってから柱という言葉が使われるようになったと考えるのか
あるいは、神の「柱」だと考えるのか
調べてみたらWIKIは神の「柱」説だったけどねw

結局、そうなってくると人身御供>人柱で、人柱は人身御供の一部ってことになるよな
本質的、宗教的な違いはないってことになる



46:天之御名無主:2010/10/25(月)17:57:46
人柱を立てるという行為がどういうメカニズムで「効く」と昔の人が信じていたかについて考察

A)工事の途中で困難な出来事が起きる、あるいはそれが予想される場合にその土地の神の荒魂を鎮める目的で人牲を捧げる

B)人間を殺し、その霊を目的の建築物に縛りつけ守護神(霊)として機能させるようにする(異人であるとか特殊な能力を持つ人間の「血」が建物を強固にするっていう考えもここに含めるべきか)

C)A+B 在地神に捧げるのが主目的だが捧げられる人間もその土地(建築物に居つく)新たな神として祀る

まだあるかもだがとりあえず3つほど
南方熊楠「人柱の話」で指摘されてるように、ある宗教の普及により説明のロジックが変更されるってこともあり得る



47:天之御名無主:2010/10/25(月)19:39:16
>>46
thx!
Aなら人身御供との違いは臨時性のみ
Bなら柱は神化としての柱と理解され得る
Cなら神と同じ信仰対象となる時点でBと一緒なのかな

この分類見て思ったんだけど
たぶん神としての柱なのだが、それは本来の神とは異なる神化なんじゃないかと
本来の加護を与える神ではなく、祟ることを避けるために祀ったんじゃないだろうか
死んだことによって神のように祟りをなすことができると考えた場合、祀って鎮めるということはあり得るんじゃないか?



48:天之御名無主:2010/10/25(月)22:01:24
本来の神というのがどの文化圏での意味合いか分からないけれど、日本であれば畏るべき存在で、祟られないように祀られたものは「神」だよね
神か妖怪かの分岐線が祀られているか否かの差っていう説もあるし



49:天之御名無主:2010/10/26(火)02:08:33
本来の神ってのは文化圏とかとは関係なく、シンプルに自然神だよ
人柱を捧げる対象はその河の神とかだろ
工事が無事に完成するように祈るんだから、氾濫などを防ぐ加護も与えてくれるはずだよな
でも、人柱の神は加護を求めるよりもひたすら祟らないことを願って祀るんじゃないかってこと

妖怪はもともと神だったものが零落したものだから祀られていないってのは当たり前だよな



50:天之御名無主:2010/10/26(火)16:49:27
>>46のCに沿って自分の考えを整理すると

1)工事を円滑にすすめるための土地神への犠牲(出来上がる前)

2)その建築物の長久堅固なることを祈って(出来た後)

出来た後、その橋なり城なりが流れや敵の軍勢の攻撃に耐えて無事存続するように神威・加護を人々が期待した対象はささげられて神として祀られてる人柱なんじゃないかと思う

「城が火災・地震の被害の無いのは人柱になった娘のおかげだ」
或いは
「大蛇と化した人柱の娘が霞をはいて城を包み守った」
云々の伝承を見るとそう思える

ちなみに説教「まつら長者」にて人身御供を要求していた大蛇は、もと人柱の娘の成れの果てっていう設定なので、人柱に立てられた経緯によっては祟りの恐怖はかなりあったと思うし、それを避ける意味でも手厚く祀っただろうね



51:天之御名無主:2010/10/27(水)10:29:25
>>50
自分もそう思う
そう考えると、神の柱説を拒否する必要はないんじゃないかと思うんだよね
ただ、拒否する説を尊重してそれに従って考えると、その違いはどこに見出すことになるのかなと思って考えてみてるわけだけど

個人的には神の柱であり、建築の柱、どちらも言霊として意味をにじませていると思ってる



52:天之御名無主:2010/10/29(金)10:24:34
地脈の関係もあるね。
柱はそれ自体が神性を帯びてて地脈を変えてしまう。
鍼と同じで思想で、地脈を整えることで災害の防止や土地神の鎮撫が可能だと思われていた。
人柱はその際の呪的な効能強化でしょ。

人柱の思想の根底に流れてるのは献身であり、犠牲。
世界中の宗教に普遍的に存在するもの。
場合によっては聖職者や権力者の埋葬を行なう事で同じ効果を得ようとしたりキリスト教でも殉教として奨励した時期もある。



53:天之御名無主:2010/10/29(金)12:20:17
そういや西洋じゃ王殺しという系統の話もあるね
人柱になることで特別な存在になれるというメリットはもともとはあったのかも
ただ、日本の伝説じゃ、あまり名誉なことというイメージはない
これは古い時代の風習ではなく、近年まで行われていて、近年の価値観でネガティブに評価されていたからだろうか?



54:天之御名無主:2010/10/29(金)13:53:06
家康なんかは国家鎮護のために関東の霊脈の中心地であり江戸城から見た丑寅の禁(金神)門である日光に祀られたはず。

第2次大戦で御国のために御柱に、をやりすぎた反動で今みたいなネガティブ要素が濃くなったんだろう。



55:天之御名無主:2010/10/29(金)18:57:02
いやいやいや;;
面白いけど、ネガティブ要素は第二次大戦前からあると思うよ…
人柱になって可哀想、って話が多いし
日光に祀られた家康は人柱として殺されたわけじゃないから、ちょっと違う気がする



56:天之御名無主:2010/10/29(金)22:25:07
いや~殺されてから埋められるのと生き埋めにされるのとでは、差は大きいか大差無いか悩む(-_-;)



57:天之御名無主:2010/10/29(金)22:25:37
69:日本@名無史さん:2006/07/08(土)08:44:06
本を読んでいたら横浜の香ばしい歴史の一ページが記されてあったので書いておく。

明治初頭、西洋人の妾はラシャメンと呼ばれ蔑まれていた。ラシャメンとは緬羊のことで、西洋人の船乗りは船上では緬羊で性欲を満たしていたという話にちなんだものらしい。
西洋人とラシャメンの間にできた子供はアイノコと呼ばれ蔑まれた。一目でわかるその姿に親からは捨てられ、町の者からはひどい迫害を受け、生活苦から犯罪に走るものも多かった。
西戸部の暗闇坂には監獄があり、混血児が多数収容されていた。

明治6年8月、本町6丁目の大岡川に弁天橋が竣工した際、この西戸部監獄から混血児4人が連れ出された。少年たちが橋の工事現場に行くと、大きな深い穴が掘られてある。
気味悪く感じて尻込みする4人の少年は、いきなり背中を押され穴に突き落とされてしまった。
泣き叫ぶ声を掻き消すように土や石が上からかぶせられ、たちまち生き埋めにされてしまった。

橋供養の人柱を捧げられたこの橋は、今も存在している。



59:天之御名無主:2010/10/30(土)00:43:19
異人故の呪力期待+厄介払いってところかいな



60:天之御名無主:2010/10/30(土)03:29:15
怖すぎるんだけど(泣)



61:天之御名無主:2010/10/30(土)07:59:20
北海道の鉄道には枕木の数よりもたくさんの人間が埋められているといわれる。

http://huaquero.blogspot.com/2007/09/22.html



62:天之御名無主:2010/10/30(土)08:44:03
すごいことして死んだりすると偉くなる人ならざるものになる系の話は多いよね
キリスト教とか仏教とか皆の犠牲になって死ぬと神の使いになったり断食して死ぬと菩薩になったりさ
柱と呼ばれるようになることが神やそれに近いものとして呼ばれることになるなら人柱もなんだかしっくりくる呼び方だよね



63:天之御名無主:2010/10/30(土)15:43:01
すごいことして死んだんだから、死後に報われてほしい、という願いもあるんだろうね



64:天之御名無主:2010/11/01(月)08:25:59
大宗教の文脈で死ぬんだから宗教の教義に基づいて祭り上げられるのは当然じゃん。
人柱もまた民間信仰の産物だろうけど。人の怨念は粘りついてくるような気味悪さを伴うからな。



70:天之御名無主:2010/12/06(月)22:19:37
人柱で有名な御方は、平安時代に兵庫築港に際して難工事と事故多発の為に、工事の安全と完遂、兵庫港の安寧を願って自ら人柱となった平清盛の近従「松王丸」さま。
供養塔(祠)は兵庫港を見渡す古来名勝で神の島、禁足地とされた淡路島岩屋は絵島の頂に有ります。
絵島は国生み神話のオノコロ島の候補地の一つ。



72:天之御名無主:2011/01/17(月)04:16:09
元祖人柱は白山神社に祀られてる菊理媛神
イザナギを追いかけてきたイザナミを追い払ったとされる。
その一節にだけしか出てこない割りには、ずいぶんと篤く祀られている。
ちなみにキクリヒメはククリヒメが訛った物で、柱にくくられた女性と言うことになる。



79:天之御名無主:2011/06/28(火)04:08:41.16
世界史上、最後の人柱はいつ、どこでの事ですか?



80:天之御名無主:2011/07/25(月)01:20:46.77
>>79
今でもあるじゃん



83:天之御名無主:2011/09/23(金)14:26:14.83
>>79
プロパガンダとしての犠牲を人柱の範疇にいれてもいいなら、ベトナム戦争時代の空爆被害にあった民間人少女。
ニューヨークタイムズかなんかの一面を飾って、一躍世界の注目を集めるが、ベトナム政権下で、体制の監視下におかれ、亡命という苦渋の選択を迫られた。
被害者を有用な武器として用いる。
政治の世界じゃよくある話だろう。
大義を失えば存続すら危うくなる。
犠牲の上の大義が必要なほど惰弱な政権であれば、存続維持に勤めるだけで害悪とすらなりうる。
死にはしないが多勢の犠牲を強いられているという話なら、現在進行形。
不定期周期で常に生まれている。
国際テロ組織殲滅の為の誤爆被害や情勢不安に難民を余儀なくされ、飢餓にあえぐ。
それら総て礎。
底辺の身柱が、天井を支えて、次層の床を維持している。
貧富、階級、階層社会。
一見無関係にみえるが、如実に影響しあってる。
気がつかない領域で。



84:天之御名無主:2011/09/23(金)14:38:50.91
柱は支え。
小さなコミニュティの天(あめ)の上(かみ)天(あめ)の下(つち)を揺るぎないものにする為の、支え。
上(かみ)下(つち)引き合い裃(かみしも)依りて常世(とこよ)へと誘う。
人の身柱、人柱。
人であり人でなし。
死して合一せし神にもの母白須(もまうす)御先(みさき)たらん。
恐らくはそのような意味合いで人柱という呼称が名付けられたのでしょう。
上(かみ)下(つち)寄せ逢い千々に乱れし混沌の……ひとはそれを忌み嫌う。
否、畏れている。
何故なら創世よりまた紡ぎ始めねばならなくなるのだから。

関係ないけどミシャグジ様の一年神主という古い風習はこのスレの定義だと人身御供になるのですね。



85:天之御名無主:2011/10/07(金)10:17:31.81
これは個人的な考えだけど人柱や人身御供って説明なんじゃないかな
要するにさ、例えば津波や洪水で人が死んで、遺された人間は何故あの人が死ななければならなかったのか考える

そこで意味のない死を意味ある死にする為に人身御供って役割を与える
人柱も同じように、古代の巨大な工場現場での、事故死や病死を意味あるものに変える為に
人柱の役割を与えてやる
と考えると良いんじゃないかと思ったりする



86:天之御名無主:2011/10/25(火)19:03:24.76
>>85
人身御供の伝説については、そのような解釈がある。
けれど、人柱は違う。実際に壁から直立した男性の遺体が埋められていて、頭上に銭が置かれていることから、実際に人柱が行われていた可能性は極めて高いと思われる。

参考書籍は明治時代から平成まで数多。ぐぐれ



87:天之御名無主:2011/10/25(火)19:05:04.23
×実際に壁から直立した男性の遺体が埋められていて
○実際に壁から直立した男性の遺体が発見されており



88:天之御名無主:2011/11/05(土)21:07:50.51
そこで、それが生き埋めなのか埋葬なのかの区別をつけたかどうかだけチェックすればよいと



89:天之御名無主:2011/11/18(金)09:27:54.58
いや、人柱っつてもさ
例えば明治期のタコ部屋労働者は、死んだあとトンネルに埋め込まれるたりしたわけで
それを人柱と呼んでいいものかなぁ、と
古代だって中世だって被差別民達が死んだら似たようになことをしてないとは言い切れんだろ?



90:天之御名無主:2011/11/23(水)10:20:21.18
>>89
ぶっちゃけ、「南方閑話」(1926年)の冒頭で、南方熊楠が「人柱は今でもある蛮行」と書いている。
wikiにも色々書いてあったなあ



91:天之御名無主:2012/01/12(木)01:19:07.70
人柱は大抵、旅人を捕らえて簀巻きにし、工事の場所に投げ込むのが一般的だったらしい。

その際、割合として多いのが巫女で、本物か偽物かは問題とされなかったらしい。
歩き巫女は基本的に身寄りが無い場合がほとんどだったから都合が良かったんだろう。



92:天之御名無主:2012/01/16(月)07:37:19.94
新潟県在郷の寺の住職です。昨冬、檀家から聞いた話です。
その家は地区でもかなり古い家柄で、昔は村人のまとめ役をしていた。その家が管理する墓が村はずれの小川沿いに有る。先祖から伝わっている話では、「旅の男が村で死んだ。その男の供養の為に村はずれに碑を建てた。金はその男が持っていた。そして碑の下に骨は無い」と。

この村は泥田で、川の増水で作が流れる事も多々あった所。水争いで死者が出たことあった場所。

旅人が死んだのを利用して人柱を建てたのでしょうか。



93:天之御名無主:2012/01/17(火)02:08:27.45
殺したんじゃないんでしょうかね。
人柱を旅人でまかなうのはちゃんと理由があるそうですよ。
一つはもちろん、コミュから人身御供を出さない為ですが大きいのは土地との「縁」がない事だったようです。

日本の仏教は神道と習合してますから、土地神との縁は先祖から受け継いだ呪いの一種、「ケガレ」と考えられていました。
そのため土地神に対し縁がない旅人の「ハレ」で土地神の怒り(ケガレ)を中和しようとした訳です。



94:天之御名無主:2012/01/17(火)02:27:47.49
だから昔の一人旅は命がけでした。
そもそもが一人旅を公的には認められていない江戸時代では、一人で旅をしている人間はすなわち、犯罪者や間諜、浪人(浪人はただそれだけで犯罪者です。無主なのに2本さしてますからね)や盗賊の手先やあるいは世捨て人であって村人からしても自衛の為に殺す理由があったたのですね。

しかも、旅人は奉行の定めた宿場に泊まらなければいけない規則もありそこで死んだ者は無縁仏として一括で管理されるのが普通でした。
(何らかの犯罪者や重要人物である可能性があるからです)

小川に一人でまつられるという事はやはり、それなりの特殊な理由があるんでしょう。



95:天之御名無主:2012/01/17(火)11:20:27.08
92です。昔の人って、地区外の人には厳しい態度だったんですね。それだけ生活が苦しかったのでしょうね。



96:天之御名無主:2012/01/17(火)17:27:16.35
農業が産業基盤だったんだから勝手に労働力に移動されたら生産が成り立たなくなるってだけだよ
だから規制してたの



99:天之御名無主:2012/03/12(月)11:31:18.16
よそ者、流れ者、八分物が行き倒れほかで亡くなった場合、溜め池などに投棄する例が近代までママ有りました。
池のほとりや堤に地蔵尊や仏像、祠の類がある場合はこの類とほぼ思われ。
なので、不用意にこれらを拝むのはタブー



100:天之御名無主:2012/03/12(月)12:05:06.62
今年の大河ドラマの主人公である平清盛公は兵庫の津(港)、大輪田の泊(和田岬)を大規模に改修し拠点港として整備しましたが、築港に際しては工事が難航、進退に窮して人柱を立てる事に衆議は一決。
しかしながら人選は難航。一向に決まらないのを愁いた清盛公の従者の年少の松王丸は自ら志願して人柱となると、以降スムーズに築港が成った云々。
大輪田の泊(和田岬)を望む淡路島の岩屋の名勝、絵島(古来、絵島明神様の神聖な島として禁足地)の頂上には松王丸の供養塔(鳥居有り)が有る云々。
人柱では一番有名な伝承かと。
和田神社はこの大輪田の泊の鎮守神として勧請創建の由。

また、西宮エビスの元宮(神体が最初に揚がった云々)ともされて西宮の鳴尾浜から和田神社までの御輿の船渡御祭が行われていました。近年故事に倣い復活。

岩屋の絵島の岸辺の岩山、三対山(城山)は伊弉諾大神の幽宮伝承地で麓の洞窟内には伊弉諾神宮摂社の岩楠神社が鎮座。(神功皇后が渡海して岩屋神様にお詣り)
その目隠しの前社?として岩屋恵比須神社が御鎮座。
蛭子大神はここでお生まれになり前浜から磐樟舟に載せられ遺棄されたとして元エビスの宮を標榜
海流からは岩屋から和田岬沖、鳴尾浜沖は整合性が有ります。
がいずれにしてもエビス神様として祀られたのは記紀神話の時代から五百年以上後の事



101:天之御名無主:2012/03/14(水)07:41:37.25
人柱で有名なところというと
長柄の人柱
茨田の人柱
も有名だよな。出典は日本書紀だし。
しかし、出典は同じだけど長柄の方は結構有名だけど、茨田の方は今ひとつ知名度が低い気がする。



114:天之御名無主:2012/07/05(木)14:07:42.29
日本の場合平然と竜神様への備えとか言って乙女を生贄に差し出していた。
川や海に近い城は特にそうだったのです。

だから日本は竜神信仰が強いのに案外竜退治の伝承も多いのです。



116:天之御名無主:2012/07/31(火)02:10:15.61
>>101
長柄は昔話が有名だからなあ
でも子供の頃は「雉子も鳴かずばうたれまい」が長柄の話だとは知らなかったな

茨田堤はマイナーだけど、強頸絶間の跡地の碑が関西屈指の有名商店街、千林商店街の中にあるね(民家の敷地内なので見学はできないけど)
ケンミンショーで大阪のおばちゃんを取材するコーナーの時よく映ってるから千林商店街を見たら茨田堤の人柱を思い出してください

そういえば長柄も近くに日本最長の天神橋筋商店街があるし刑場だけど千日前も賑わってるし意図して人が埋められた場所って人を呼ぶのかな



117:天之御名無主:2012/08/04(土)00:19:39.37
このスレの人柱は宗教的なやつ?
俺んち土建屋で、改修工事とかでたまに人柱でる話聞くよ。
昭和の工事現場の回収だから、労働者を埋めちゃったやつらしいけど。



118:天之御名無主:2012/08/04(土)02:08:45.92
>>117
事故死が結果的に人柱に、ってことか
後で供養とかして祀ったりはしてるの?

この手の話はよく聞くよね
万博の工事で死んだ人がそのまま埋められたとか
工場の釜に落ちて人が溶けたとか



119:天之御名無主:2012/08/04(土)14:33:04.11
>>118
大きな現場の場合は、役職に人が監督してるので届けて供養する。
家ではないけど小さいトコは工期が遅れちゃうので見なかったことにすると聞くよ。

完全に作業服着てさらしまいたが丸ごとの場合は警察呼ぶ。

昭和初期の超大がかりな現場は確実に埋まってる。
無事に工事が終わるようにと、初期の段階で怪我したり弱っちゃった土光さんを数人地面の神様に…

という夢を見ました。
嘘だよ~冗談だよ~。



120:119:2012/08/04(土)14:34:10.33
誤字脱字失礼



121:天之御名無主:2012/08/05(日)11:04:05.59
>>119
しかしまったくなさそうな話でもないのが怖いw

「生きた人間を埋める」という行為がイコール土地の神や川の神への捧げ物として工事をスムーズにする、あるいは単に生きた人を埋めると土地の力が強くなる、という共通認識があるんだろうな



122:天之御名無主:2012/08/05(日)22:04:26.58
>>119君北海道だろ?
北海道タコ部屋でゴロゴロ裏付けが出てくるな。



123:天之御名無主:2012/08/07(火)04:20:16.85
北海道では常紋トンネルが有名だな。



124:天之御名無主:2012/08/17(金)15:36:49.48
15日付の産経新聞に人柱の記事があったので報告

昭和15年11月28日、戦闘機事故の根絶と操縦士の武運を祈って水戸陸軍航空通信学校の井戸に身を投げた藤田多美子さんという当時22歳の女性がいたそうだ
藤田さんは戦闘機の墜落事故に胸を痛め、自ら人柱になったという
その遺書には
「身は壌土と化するとも魂はかならず永しへに、この地にとどまり大空翔ける皆々様の御武運を
お守りいたす事で御座いませう」
と書かれていた
彼女は大空の女神と讃えられてお堂や歌碑、胸像が建立された
戦後、お堂はGHQにより取り壊され他は遺族が引き取ったそうだが遺族の「自衛隊の飛行場の見えるところに置いてやりたい」という思いに有志が立ち上がり霞ヶ浦駐屯地と交渉を進めているという

泣ける話や(´;ω;`)
特にこのご時世



125:天之御名無主:2012/09/01(土)11:17:05.30
俺の地元では普通に人柱についての伝説聞いてた
人柱になったという川に毎年遠足に行ってたわ



126:天之御名無主:2012/09/01(土)20:55:39.56
九州のうちの地元にも人柱にまつわるお祭りがあります。
川の治水のため、クジで庄屋が人柱に選ばれたものの、献身的な姉弟が身代わりになったとかで、神社に祀られています。
夏の終わりに大きなお祭りがあり、雨乞いの神様です。

でも実際は江戸初期の殿様が治水工事に乗り出したものの、難航を極め、劣悪な労働環境に人夫が暴動を起こして逆に殺されたとかで、その事件を扇動したひとりの人物を祀ってるというのが本当の話だそうです…

悲劇を美談にして祀るのは、祟りを恐れる日本人らしい発想なわけで、多分、その後も氾濫する川にびびって、祟りを鎮めるためにお祭りしてると思われます。
実際、今年、集中豪雨で酷く氾濫して全国ニュースにもなったほど難しい川です。



127:天之御名無主:2012/09/01(土)21:49:18.10
祖先が人柱…というか即身仏?したそうだよ。
ある宗教のお坊さんで、布教?だかで寄った町に住みついて、その町が日照りだか疫病で困ったときに身を捧げ、町が平穏になったらしい。
その町の町史に載っている。
住んでいる地方は祖先の宗教は少数なのに、うちは代々葬儀は祖先の宗派、苗字も同じ。
でもいつ子孫残したんだろw



128:天之御名無主:2012/09/01(土)23:39:56.84
順当な考えだと普通の人が普通に結婚して子種を授かったのち、天命を承けて出家し、後に入定した。
とすれば無理はないけれど・・・



130:天之御名無主:2012/09/02(日)14:32:36.40
>>126
鶴市だな
俺も地元そこで鶴市神社にはよく行ってたよ



131:天之御名無主:2012/09/02(日)14:43:01.90
>>130
その通り。殿様は黒田如水です。



132:天之御名無主:2012/09/05(水)04:08:09.78
>>72でちらっとでてたけど、白山神社の祭神、菊理姫は水に関係し、死と再生を司る神ということで、人柱伝説と関わりがあるんじゃないかといわれてるね

ところで日本の代表的な幽霊譚の一つである「皿屋敷」のお菊さんだが、折口信夫が「お菊は白山と関わりがある」といっていて、それについてホラー漫画家の永久保貴一が「検証 四谷怪談・皿屋敷」でかなり力を入れて調べてる
このスレの住人なら読んでる人も多いかな?
あれ読むと身近にある「番」や「皿池」なんて地名が気になって仕方なくなるんだぜ



133:天之御名無主:2012/09/25(火)00:37:12.99
太古の日本の外洋船などでのまじない的な風習「持衰」

または太古(紀元前くらい?)の王は、祭司王も兼ねて(というかもともと広義の宗教的裏付けからくる政教一致の君主)いて、災害や反乱や疫病などは、統治する王の「徳」に問題があるせいだとされ、事が起これば殺されて王位交替したという様な話は世界中にあるらしいね



135:天之御名無主:2012/09/25(火)02:22:21.20
>太古(紀元前くらい?)の日本の外洋船などでのまじない的な風習「持衰」

紀元前じゃ、日本の史料はないだろう。
中国の史料でもあるの?



136:天之御名無主:2012/09/29(土)22:04:34.55
人柱ではないけども、チョイと昔まで放浪者やよそ者が行き倒れて(何等かで殺され)死亡(ままあった)すると、池や沼に投棄したりしていました。
見分け方?として池沼の傍らや堤にお地蔵さんなどがあれば・・・・
(合掌)



137:天之御名無主:2012/09/29(土)22:30:02.75
太古より近代までよきにつけ悪しきにつけ文物や疫病などはリアル&オカルトともに西からやって来るとの信仰(大陸側=西)があって、史書によると半島や大陸からの使臣などが来朝した後によく(頻繁に)天然痘などがシャレにならないくらいの大流行、猛威を振るっていたようです。
これは、使臣の使節団や船員、召使い等に罹患、保菌した者が紛れ込んでいたのかも知れません

敏達天皇は治世末年の14年に天然痘に罹患から崩御。(罹患後直ちに都の真西に神祇を勧請し神社創建)
践祚した用明天皇も僅か二年で同じく崩御。
疫病神、荒ぶる神の防塁、結界に宮都圏(畿内)の西端に神霊を配置しています。
概ね淡路島やその南北線がその役割を担ったようで、伊弉諾尊さま(石屋に隠れた(幽宮)天照大神/石屋神)、それでも収まらないとさらには大物主/大国主(出雲大神)荒魂さまなどを鎮祭。

原初、都(天皇御座所)の真西に伊弉諾尊(夕日の宮)、真東、伊勢に天照大神(朝日宮)が東西の畿内結界。
のち、これに変わり風水による都造りが導入された



140:天之御名無主:2012/10/24(水)02:34:34.29
携帯から失礼します。自分の江戸時代の先祖が人柱だった。
田んぼに水を引く堰工事の現場監督だったとか。

小学生の時に課外授業で人柱の慰霊碑と竣工記念碑(実家隣)、資料館に行った。小学生当時は水に入って工事したのがご先祖様なのかくらいに思ってたが、このスレにあるように生き埋めとかだったのかな…と思うと怖い。
その先祖の墓はあるから掘り起こしたのかな。資料館行ってもそんな生々しい事書いてなかった。
実家の資料探してみるか…



141:天之御名無主:2012/11/06(火)19:07:42.16
>>132
菊理媛が日本神話に登場するのは、異説でだが伊邪那岐と伊邪那美が黄泉で争っているときに登場して両者の関係を取り持ったから
だから菊理媛は、夫婦和合の神様であり、同時に生者と死者の世界を繋ぐ役割りがある
けっこう、物語にするのが面白そうな神様だな



142:天之御名無主:2012/11/06(火)19:09:21.80
ちなみに俺には人柱って風習がさっぱりわからん。
日本神話には生贄を求めるような神様は存在しないしましてや、慈悲を大切にする仏教にはそんな考えはない
どこから人柱なんて風習が生じていたのだろうかね



143:天之御名無主:2012/11/06(火)20:44:56.37
>>142
民間信仰だと山のようにあるぞ
古事記にも櫛稲田姫の姉妹たちやヤマトタケルの奥さんとかいるじゃないか



144:天之御名無主:2012/11/10(土)15:28:16.26
我母なる阿賀野川にもあるな
人柱伝説
竜神、ヤマタノオロチにも通ずるものなのか



145:天之御名無主:2012/12/02(日)15:55:52.75
>>132
皿屋敷で不思議なのが豊臣秀頼の元夫人・千姫の再婚先の姫路城と、隠居先の竹橋御殿両方ともに殺されて井戸から出てくる幽霊の伝説があるんだよね
伯母で元姑の淀殿が朝廷から賜った名は「菊子」だし
このへんも調べていくと面白そう

>>142
人柱は特定の宗教の儀式というよりは村社会のシステムだったんじゃないかな
民間で信仰されるのは豊穣をもたらす河川や水、山の神様で恵みもあると同時に川の氾濫や日照りで農民の生活は左右されてしまう
それを鎮め、現世利益とひきかえに捧げられるのが人柱
願いを叶えてもらうための等価交換だよ
小さい願いなら五円玉のお賽銭でもいいけれど
重大な願いはそれなりのものを差し出さないといけない



146:天之御名無主:2012/12/02(日)16:43:37.48
>>145
単に同じ人が別の場所で同じ話をしたのが残っただけじゃねーの?



148:天之御名無主:2013/02/13(水)04:32:55.31
>>146
>>145が言いたいのは、まさにそう言う可能性が隠されているかもしれないって話だろw
そんな簡単に言える話じゃないけどな



149:天之御名無主:2013/08/30(金)NY:AN:NY.AN
竜神の怒りを静めるために、城郭建設時には特に人柱をやった。
こんな国だから日本はどちらかというと竜退治や竜を封じる説話が多い。



150:天之御名無主:2013/09/06(金)22:13:04.06
人柱でわからんのは、この風習が何を起源にしているかだ。
仁徳天皇が、殉死を哀れみ、殉死を禁じたとの話はあるが
人柱を行って、どうにかなったとか
人柱を求める神様がいたとか
そういう話はまったく聞かない

聞くのは逆に、人柱にされた人の呪いだの
人柱にされた娘を哀れむ伝説だの
人柱を否定するような話ばかりだ。

実際に過去に人柱が行われたことがあった
それは多分、事実だと思うが
しかし、これほど肯定的な伝承はなく、否定的な伝承ばかりが広がっている事がそれほど頻繁に行われたようには思えないのよ



151:天之御名無主:2013/09/06(金)23:40:18.59
だいたい大陸から伝わったきた風習だからね
縄文後期には土偶で代替えするようになったし
神に対する捧げ物という概念が消失したあとは完全に現世利益を求める呪術的燃料としての色合いしか残らなくなったわけで
そりゃこっそりやるようになるわ



152:天之御名無主:2013/09/07(土)16:11:33.01
仏教の思想では、人柱のような行為は許されるわけがない
インドで長く続いた悪習のサティーは、シヴァ神妃サティーが夫との仲を認められない事に抗議をして、焼身自殺を行った事が起源とする伝承がある
つまり女性の規範とする宗教的な裏づけがサティーにはあるが

人柱にはそれがまったくない
私の住んでいる福山にも、潅漑工事のために若い娘を人柱にした伝承があるけど。
例によって、その娘の恋人が後を追ったという悲恋話に仕上がり人柱を当時の人たちも良いことだと考えていなかった事が伺える

そういうことを考えますと、人柱は、確かに行われた事はあったのだと思うがそれは例外的で、滅多に行われる事はなかったのだと正直、思うけどね



153:天之御名無主:2013/09/12(木)17:13:40.59
礎に人を入れる話はよく聞くけど、古代ローマかその辺りで四角い石に人の形の型を削って、そこに人を嵌め込むみたいなのなかったっけ?
イメージ的にはたいやき焼き機みたいに挟み込むみたいな感じ
これは拷問だっけ?人柱だったと思うんだけど



158:天之御名無主:2013/09/18(水)16:04:06.73
実家の近所の沼で人柱があったと言う話があるよ。
今だに毎年人柱の霊をなぐさめるための祭りをやっています。
学校で人柱の話を元にした劇をしたこともあり。
お糸祭と言う名前だったはず。ちなみに九州です。



159:天之御名無主:2013/10/21(月)01:47:55.35
>>150
人柱は集団心理じゃないの?
工事1つとっても何回もやったら資源、人材ともに足りなくなるし。
先に命を1つ潰して縛り付けた方が呪として効率がいいんだと思う。
霊や魂を否定した観点からしても、この工事には誰かがそのためだけに死んでる、自分たちの利の為に殺してると生きて従事する人が認識するのが目的かも。



160:天之御名無主:2014/01/10(金)18:55:11.22
地元にも今住んでるとこにも人身御供があったという川があるけど、どっちも若い女の子。

特に地元の川は小さな川だから昔は氾濫したというのが信じられない。
10歳にも満たない少女だったそうな。
人身御供があった場所には伝説を知らせる表示があり、少女の名から「おりみぜき」と呼ばれている。

今住んでるのは仙台で、こちらは広瀬橋のたもとに橋姫明神があります。
広瀬川に橋を渡そうとしたら大雨で川が荒れ、長者の一人娘「愛姫」が名乗り出て埋められたという。
資料によっては娘の名前は不明ともある。
橋のそばにある十八夜観音に篭り断食し、経を唱えながら埋められたが次第にその声も細くなり…という記載もどこかで読んだなぁ。

このスレを一通り読んだら、どちらも本当だか疑いたくなるけどね。
女の子だから工事で犠牲者が出て云々ではないかも知れないけど。



161:天之御名無主:2014/01/10(金)18:59:19.56
地元のやつあやふやだったからググったら、こちらも農業用水を引くための工事が難航して人柱を立てることにしたって話だったわ。
おりみという名の12歳の孤児を村人たちが推したとありますね…



162:天之御名無主:2014/01/14(火)02:22:45.87
仙台、広瀬川、橋、大雨、ですか…

戊辰戦争直後の頃、広瀬川にかかる橋が大雨で流されて、橋の外側と城内との連絡が取れなくなるということがありました。
そこである武士が「よし俺が行く」と増水した川に飛び込んだかと思うと、すいすいと泳いで城側に向かい出しました。
武士は泳ぎが得意で、藩の元水練師範だった経歴の持ち主でした。
しかし、川の中ほどにさしかかった頃、上流から大きな流木が流れてきて、武士の頭を直撃。
あっという間に武士は濁った水底に沈んで見えなくなりました。
数日後、武士の遺体ははるか下流で見つかり、武士の家来達は変わり果てた主人の亡骸にすがりついて泣き崩れました。
私の5代前の先祖の実話です。
あまりのキーワードの一致に思わずカキコしてしまいました。
すれ違い大変失礼いたしました。



164:天之御名無主:2014/04/10(木)20:50:30.79
即身仏と違い、人柱ってのは伝承以外に根拠がないからな
まあ、日本は酸性土質で、骨まで解けてしまうので、根拠は残り難いのだが
しかし伝承も、決まって悲劇とか、権力者の暴虐として描かれ人柱を讃えるような内容はほとんどない

これでは人柱を立てる側は悪評が残るし人柱のなり手もないでしょうに

その辺が南米とかの生贄と違うのだよね
即身成仏も、実際は嫌がる僧侶を無理やり即身仏にしたって事が多かったそうだが
少なくとも、死後、彼らは仏として讃えられている
しかし、人柱はね・・・・。

この辺から、人柱ってのは、なかったとは言わないが実際に行われたのは例外的なものであり本当はほとんど行われる事はなかったと思うがな



165:天之御名無主:2014/04/10(木)23:00:50.59
記紀が編纂された頃には野蛮な風習として駆逐されていた可能性は高いね
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Title : 贄の字がない

生け贄とか埋け贄のイケニエ、既に殺し殺されたモノを含む贄、犠、牲、犧、ニエに関わる言葉に誰も触れないのがブキミ。何か見えざる

砕天 2014.11.03 (Mon) 13:46 編集

Re:贄の字がない

一応ちょろっとは出てくるね。
それについて掘り下げてはいないけれど。

2014.11.05 15:37

Title : 無題

メガテンに出てくる仲魔の名前がたくさん(^_^)

2014.11.09 (Sun) 22:39 編集

Re:無題

メガテンをプレイすると神様の名前に詳しくなるのか…

2014.11.19 20:04

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