都市伝説・・・奇憚・・・blog
独裁者に“死の番号”金総書記も69歳で急死
2011.12.30 (Fri) | Category : 都市伝説の元
“独裁政治”の指導者は69歳が鬼門?―。
金正日総書記は69歳で急死したが、10月20日に殺害されたリビアの最高指導者、カダフィ大佐も69歳だった。さかのぼれば、イラクのサダム・フセイン大統領、カンボジアのポル・ポト書記長も70歳を目前にしてこの世を去っていた―。
数え年なら古希と呼ばれる70歳。由来は唐の詩人、杜甫の詩で「70年生きる人生は稀(まれ)」という意味だが、現代では圧政を敷いた者にとっての寿命なのだろうか。
カダフィは北アフリカのリビアで約42年間、独裁体制を築いた。肩書は「大佐」だが、実質は最高実力者。27歳で無血革命を起こして国王を追放し、政権トップの座に就いて以来、度重なる米国への挑発や極端にして奇怪な言動から「砂漠の狂犬」の異名をとった。今年2月、民主化を求める大規模デモが行われた後、逃避行を続けていたが、8か月後の10月20日、反カダフィ派の国民評議会にとらえられ、殺害された。血まみれ姿で命乞いする姿は世界中のTVで放送された。
湾岸戦争(1991年)、イラク戦争(2003年)を経て失脚したフセイン大統領もイラク戦争終結後、逃走していたが、米軍特殊部隊に隠れ家の地下穴に潜んでいたところを発見され逮捕。2006年12月30日に現政権により、69歳で絞首刑となった。
クメール・ルージュ(カンボジア共産党)を率いて、大量虐殺を指導したとされるポル・ポトは、自宅監禁中の1998年4月15日に69歳で死去とされる。死因は心臓発作とされているが、遺体の状態などから毒殺されたという説もある。
そして、金総書記も、健康問題が08年頃から伝えられており、やはり69歳で死期が訪れた。
時期も状況も全く異なるが、世界にその名をとどろかせた指導者の奇妙な“つながり”。偶然なのか、運命なのか―。
ソース:スポーツ報知
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20111220-OHT1T00016.htm
(※ネタ提供はSefieさんです。ありがとうございました)
ソースがアレなので信憑性があるかどうかは別にして、世界の独裁者、と思われる人物の死亡年齢を独断と偏見でピックアップ。
ガイウス・ユリウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス:12年8月31日-141年1月24日(満28歳)
ナポレオン・ボナパルト:1769年8月15日-1821年5月5日(満51歳没)
ガマール・アブドゥル=ナーセル:1918年1月15日-1970年9月28日(満52歳)
アドルフ・ヒトラー:1889年4月20日-1945年4月30日(満56歳没)
董卓:生年不詳-192年5月22日(おそらく60代)
ソース:http://yarutra.blog72.fc2.com/blog-entry-1195.html
マクシミリアン・ロベスピエール:1758年5月6日-1794年7月28日(満36歳)
ワラキア公ヴラド3世:1431年11月10日ー1476年(満45歳)
イヴァン4世:1530年8月25日ー1584年3月18日(満54歳)
朴正煕:1917年11月14日-1979年10月26日(満61歳没)
ゴ・ディン・ジエム:1901年1月3日ー1963年11月1日(満62歳)
フランソワ・デュヴァリエ:1907年4月14日-1971年4月21日(満64歳)
サパルムラト・アタイェヴィッチ・ニヤゾフ:1940年2月19日-2006年12月21日(満66歳)
ムアンマル・アル=カッザーフィー:1942年6月7日-2011年10月20日(満69歳没)
ポル・ポト:1928年5月19日-1998年4月15日(満69歳没)
サッダーム・フセイン:1937年4月28日-2006年12月30日(満69歳没)
イディ・アミン:1925年頃-2003年8月16日(満69歳)
金正日:1941年2月16日-2011年12月17日(満70歳没)
ニコラエ・チャウシェスクス:1918年1月26日-1989年12月25日(満71歳)
ヨシフ・スターリン:1878年12月18日-1953年3月5日(満74歳没)
レオポルド2世:1835年4月9日-1909年12月17日(満74歳)
モハメド・シアド・バーレ:1919年10月6日-1995年1月2日(満75歳没)
毛沢東:1893年12月26日-1976年9月9日(満82歳没)
金日成:1912年4月15日-1994年7月8日(満82歳没)
スハルト:1921年6月8日-2008年1月27日(満86歳没)
蒋介石:1887年10月31日-1975年4月5日(満87歳没)
李承晩:1875年3月26日-1965年7月19日(満90歳没)
アルフレド・ストロエスネル:1912年11月3日ー2006年8月16日(満93歳没)
上記のように、独裁者の定義はともかく、暴君、独裁者といわれる人の死亡年齢をピックアップしてみると別に69歳に限ったことではない、と思われるのだが、どうか。
ちなみに金正日は満年齢だと70歳での死去。
他の2人(カダフィ、ポル・ポト)が満年齢での算出なので、計算方法をあわせると話がおかしくなるのはご愛嬌。
排泄物から…
2011.04.15 (Fri) | Category : 都市伝説の元
様々な都市伝説があるが、極めつけともいえる事件があった。
ご存知の方も多いだろう。
場所は中国。
なんと、人間の排泄物(要するにうんこ)から食用油を精製していたグループが摘発された、というのである。
※閲覧注意!
ソース:家国新聞
http://www.iask.ca/news/china/2011/0410/65474.html
上記リンクには集められた糞尿が写真入りで掲載されている。
見る際には自己責任でどうぞ。
それにしても、これらが販売され、普通に家庭や店舗で使われていたことを想像するに、なんとも形容しがたい気分になる。
耳の中に
2011.03.21 (Mon) | Category : 都市伝説の元
うちの彼女昔寝てる時に耳にゴキブリ入って大騒ぎだったらしい。
今は寝る時耳栓しないと寝れないんだと。えらいこっちゃ。
49 :おさかなくわえた名無しさん :03/03/25 16:21 ID:OgCZyl+8
>>48
彼等はバックできないから
これマジで嫌だ。トラウマになる気持ち分かる
141 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/09/29 15:32
知り合いで海老料理が出来ない女性が居る。
あの殻の感じがGとだぶって、触る事が出来ないんだと。
143 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/09/29 15:41
アレが耳に入る話は聞いたことあるなあ。
ある人が夜寝てたら耳元でガサガサ聞こえたんだと。でも眠かったから放置してそのまま寝た。
次の日起きると耳の奥が異常に痛い。しかもガサガサ動いてる。
堪えきれず病院に行き、耳の奥を漁ってみたらどうやら巨大な黒い物体が耳の奥でぴったり収まってる。
しかし取り除こうにも中の物体は奥に奥に逃げ込もうとして一向に取り出せない。
その間も患者は痛みで堪えきれなさそうにしてる。
仕方なしに耳に注射を差し込んで、その物体を薬品で殺すことにした。
それはしばらくもがいていたもののやがて動かなくなった。
しばらくして、苦心してその物体を引っこ抜いてみると、それは巨大なゴキブリだった、と。
【閲覧注意】招かざる客が大腸に...。それは...
2011.01.22 (Sat) | Category : 都市伝説の元
癌も嫌だけどこれも嫌だよ...。
ある日、52歳の女性が大腸の検査のために病院へ行った時のことでした。そして、癌の兆候が全くないという検査結果に喜んでいました。でも...。信じられないような事がお医者さんから告げられたんです。 なんと、彼女の横行結腸にゴキブリが詰まっているっていうんです!!!!!!
ぞぞぞ~。鳥肌もんですよコレ! 大腸内視鏡検査で癌が見つかるのも嫌ですけど、ゴキが体内にいるなんて、自分なら耐えられない...。報告によると、
手順は単純なものでしたが横行結腸を映し出した時、モニターに昆虫を発見しました。昆虫は吸引され、調査のために研究室に送られました。
昆虫の体は頭、胸部、腹部の3つの体節に分かれており、胸部から左右に足が 3本づつ、細長い後肢が生え、頭からは 2本の触角が後肢方向に生えていました。
これらの形態学的な調査の結果、この昆虫は家庭に出没する一般的な厄介者チャバネゴキブリ科の若虫だということが分かりました。
それにしても何故こんな事が? と思ったら、これまた驚きな事が...。
なんと! この女性、自分の家にはゴキブリがよく出没しているから、なんらかの拍子に食べてしまった可能性があるかもと言っていたそうなんです!
ありえないぃぃぃ~。
以上、GIZMODOより引用
以前、ゴキブリに関しての記事で、仮にゴキブリを食べてしまったとしても、胃酸で消化されてしまう、と書いたが…。
医者ですらそのように認識している。
もしかして、ゴキブリは胃酸に打ち勝つ進化を遂げたのか…?
大焼け
2010.08.17 (Tue) | Category : 都市伝説の元
上州の、特に西毛の山々は一際美しいな。
嬬恋で聞いた。
浅間山山麓では天明の浅間山大焼けで凄い被害が出たがその記憶も薄れ始めた頃。
村の人々が井戸を掘ったところ水がなかなか出ずさらに掘り起こしたところ、ポッカリ空間にぶち当たった。
「これをおかしい」と松明で良くみれば家が丸ごと埋まって屋根だけ出てる様だった。
屋根を壊して中に入れば、生きてる爺婆二人がいた。
話しを聞いてみると
「浅間焼けの時六人一緒に山崩れに遭い埋もれてしまった。4人の者は横穴を掘ったが出られず死んでしまった。わたしら2人は、蔵にあった米、酒を飲み食いしこのまま一生を全うしようと諦めて月日を過ごした。今日、こうして再会できたのは夢のようで。」
話しからから数えてみると三十数年が経過していた。
その頃の人を呼んで、逢わせてやると、何屋の誰だと言うことになった。
早速、代官所に連絡し引き上げようとしたが、長年地下で暮らしていたため急に地上へ上げると死んでしまうかも知れないといい、少しづつ引き上げ明るさに慣れさせ太陽の光にも慣れるようにと穴を大きくし食物を与えたという。
面白いことにこれとよく似た話が信州側にもある様で、三十数年は流石に無いが半月くらいは埋もれて救出された事はあったんじゃないかと思う。
(※白さんからの投稿です。ありがとうございました)

