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【地域】江戸時代に忽然と地図から姿を消した村。祟りを恐れ今も墓参りを続ける近隣住人たち。兵庫県篠山市

2018.10.12 (Fri) Category : 地図にない場所・不思議・意味深

1:記憶たどり。★[]2018/09/27(木)14:54:19.11ID:CAP_USER9.net
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180927-00010000-tanba-l28

兵庫県の内陸部にある篠山市に、江戸時代にこつぜんと地図から姿を消した村がある。
近隣住民は今も村民の墓を大切に守り、毎年、秋分の日に手厚くまつっているが、墓参りのおこりは、「祟りを恐れて」のことだった。消え去った村「夙(しゅく)」に迫る。

通婚差別も香典やり取り、ゆるやかに交流
夙村があったのは、現在の味間南(約160戸)の中。
村のあった場所は、現在、植林されたスギやヒノキが林立する森になっているが、その山中には屋敷跡とみられる台地が点在し、1カ所に集められた墓石や石仏など約30基が鎮座している。

夙村の研究をしている住職、酒井勝彦さん(74)=同市古市=によると、1687年(貞享4)の日付がある「篠山領地誌」に夙の記述が登場する。
大辞泉によると、夙とは、「江戸時代、畿内多く居住し、賤民(せんみん)視された人々」とある。

「夙村の人々は、通婚の差別は受けていたようだが、疎外されていたわけではなく、味間南とはゆるやかな交流があった」
と酒井さん。
その証拠に味間南の旧家、御前昇さん(85)が保有する御前家の江戸時代の香典帳から、夙の人々と香典をやり取りしていた記述が見つかっている。

柿渋師集団の村か
嘉永4―5年(1851―52年)に書かれた「多紀郡明細記」に「柿渋師 夙村ノモノ」の記述がある。

柿渋は、未熟な青い柿の実を砕いて絞り、その汁を発酵・熟成させて作る赤褐色の液体。
防腐・防水効果や、補強、医薬品、紙布の染料など、当時は多くの利用があったとされる。

酒井さんは、
「夙の人々は柿渋を製造する職人集団で、柿を求めて各地をめぐる出稼ぎの人々だったのでは」
と話す。

疫病蔓延? 80戸が7年で7戸に
一時期、80戸を誇る大きな村を形成していた夙村だが、嘉永年間(1848―55年)のわずか7年の間に7戸にまで戸数を減らし、さらにその後、全戸がなくなったという記述が1884年(明治17)に編さんされた「兵庫県多紀郡地誌」にある。

「わずか7年間という短期間で7戸にまで減ったのは疫病が流行ったからでは」
と酒井さんは推測。自寺の過去帳から葬儀件数を割り出したところ、同時期の件数が平年の4・4倍にも跳ね上がっており、近隣のほかの寺においても高い値を示している事実から、
「村の9割近くがあっという間になくなってしまうということは、やはり流行り病が原因と考えてしまう」
と話す。

大火相次ぎ、明治期から供養
その後、明治中期から後期にかけて味間南で火災が続いた。あまりに相次ぐ大火に、当時の村人たちはその原因を
「消滅した夙の人たちの霊を放置しているからだ」
とうわさした。

そこで村人たちは、夙の村跡の掃除をしたり、夙の氏神であった加茂神社の御神体を味間南の岩上神社に、仏像(阿弥陀如来坐像)を同集落の地蔵堂にそれぞれまつるなどした(1908年)。

さらに、山中に散在していた夙の人々の墓石を1カ所に集め、毎年、秋の彼岸には地元の住職を迎えて供養をするようになった。
以来、大きな火事は起こっていないという。

今年も住民約30人が村の跡が残る集落東部の井根山のふもとへと向かい、墓掃除を行った後、墓前にシキミや線香などをそなえ、森の中に読経を響かせた。

今年も無事に墓参りを終えた味間南自治会長の男性(67)は、
「事の始まりはたたりを恐れてのことだったかもしれない。しかし現在は、かつての隣人の墓があるというのに何もしないのは忍びない、という気持ちでまつっています」
といい、
「もうすでに我々の世代では夙について詳しいことはわからない状況になっているが、そういう村が実在したという歴史を、
この墓を守りながら後世に伝えていかなくては」
と話している。


夙村の跡。現在はスギやヒノキの植林に覆われている=2018年9月23日午前10時29分、兵庫県篠山市味間南で



10:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)14:57:26.27ID:PoFHNEuA0.net
おおー、雰囲気ある写真やね



12:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)14:58:51.19ID:clUij/Cw0.net
写真が素敵



14:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)14:59:08.99ID:QUqhtkR00.net
うはぁ、横溝正史の世界
雰囲気ありすぎw



9:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)14:57:12.82ID:kYmyI9qx0.net
私は岡山に住んでる 22歳の不真面目なOLなんですが昨日、友達6人と飲みまくった挙句肝試しに行きました。

が、もう大体のスポットは行った事があったので飽きてしまいカー○○○の名所に行って見ようという事になりました。
そのスポットには何度も行った事があるんですが、今回始めてあんな建物を発見しました。
しかも・・・
入るんじゃなかった。
6人の内一人は行方不明です。本当に

倉敷市にホテル『ドレミイン倉敷』という所があるんですが・・・
そこへ行く途中の茂みの中に高さ3M・幅2Mぐらいの柵があったんです。

5人だけは連絡がついてるのにそいつだけ連絡が取れないんです!!
彼はちょっとDQNな人で警察には頼めないんです。

あの夜酔っていたのでみんなでその柵を乗り越えて中に入ってみたんです。

そしたら、建物は無くて電灯だけが点いている場所に出たんです。

そして、その電灯の真下位の所に扉があって開けてみたんです。
そしたら、物凄く臭い、なんとも言えない匂いがしてきたんです。
私は嗅いだだけだ気持ち悪くなってしまって、その中に入るのをやめたんです。
だけど、その行方不明な奴を筆頭に男だけは入っていった

その後5~6分くらいして中に入った3人の内2人が
「やばい、中に誰かおる!!ホンマやばい」
っていいながら飛び出してきたんです。
私らも何がなんだかわからないまま柵の方へ走り車に乗って逃げました

車に乗ってきたので男2人が残って私たち3人は先に別の場所へ逃げました
20分くらいしてから残りの2人から電話がかかってきました。
「Kがいくら待っても戻ってこない」

落ち着いた私たちももどってみると、ほんとにKの姿は無く携帯もつながらず、結局2時間ほど待ってみましたが一向にもどってきませんでした。

私たち5人は仕事もある為一旦解散してきたんですが、それから丸18時間まったく連絡がないんです!
普段人一倍気が強く、周りを大事にするKから連絡が無いなんて考えられません

戻ってきた2人曰く、男に追いかけれたらしいのですが、岡山県民の方、もしくはなにか情報をお持ちの方がいましたら情報を下さい!お願いします!!



24:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:02:53.22ID:rGqBPz0bO.net
>>9蓋w懐かしいな



11:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)14:58:49.85ID:XZjXRiyW0.net
差別・隔離されてた奴らの怨嗟があるなら既に滅んでる地域だらけ



16:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)14:59:27.28ID:5YK9fN5k0.net
野党にでも襲われたか



19:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:01:27.62ID:4rIYUpeQ0.net
こういう話が大好き



20:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:01:51.96ID:txUBY91X0.net
小説化しろよ



23:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:02:40.49ID:BL0PmhFb0.net
まぁ普通に疫病でかなり死んで他は引っ越して流れで0になっただけなんだろな

マスターキートンでペストが村の子供連れてく話思い出した



30:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:04:28.81ID:AoHVSZhL0.net
交流のある村で破滅的な疫病が発生。
そこで近隣の村々がどう動くか。
想像に難く無い。

そりゃ祟る罠。



31:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:05:45.02ID:oYmQ4aWK0.net
サイレンが鳴って皆赤い水を飲んでしまったのか……



34:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:06:23.72ID:BBGj34Ad0.net
茨城県にも 一村まるごと400人
老人も女も子供も
皆江戸幕府によって大虐殺されたところがあるぜ
茨城県大子町の小生瀬 地獄沢ってところ

江戸時代初期に佐竹家が追いやられて幕府直轄になった村が年貢詐欺のゴタゴタで役人殺しちゃったんで
報復で幕府にやれちゃったの
400年前の話

ほぼ全員大虐殺にあったけど生き残った数人が300年も語り継いだ
興味あったらぐぐってみてね
現地には首塚 胴塚 耳塚とかあるんだって。ここの人ならどういう事か意味がわかるでしょう

小生瀬の一揆について

https://ameblo.jp/qzgplcx3t7/entry-12049331080.html

https://blogs.yahoo.co.jp/silverfleuret/12389716.html


53:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:13:40.72ID:vGgOhO7E0.net
>>34
松倉重政、松倉勝家のポンコツ親子のキリシタン弾圧もあったし無いとはいえないよな
 藁蓑を着せて火をつけ、もがきながら焼死する姿を「蓑踊り」と呼んで楽しんだり…
 雲仙岳の地獄谷に信徒を裸で立たせ、背中を斬った後に傷口に熱湯を注いだり、熱湯に浸けたりして絶命させたり…
結局、殿様の身分で打首になった馬鹿だったしw



88:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:25:52.43ID:bdsfPR7A0.net
>>53
松倉重政はキリシタンにかなり甘い殿様だったせいで幕府からもっと弾圧しろと脅された結果なので本人というより幕府があくど過ぎる
勝家は本人も異常者っぽいけど打ち首にされたのも幕府が自分達の悪事の全責任を押し付けたからだし



42:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:08:12.87ID:clUij/Cw0.net
ちょうどいま、アマゾンプライムで犬神家の一族を見て
文庫で八つ墓村を読んでいて
両方の話が混ざって頭が混乱している



43:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:08:40.00ID:2GNq71XA0.net
まぁ人が消えるとかじゃなくて、別人になってたみたいのもあるし・・



61:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:17:21.28ID:K3FsXhsp0.net
夙が虱(シラミ)に見えた



71:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:20:23.82ID:zv2K+5pt0.net
夙ってかつての被差別階級の夙しか思いつかんな



72:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:20:55.63ID:B01ANaBt0.net
>>1
大辞泉によると、夙とは、「江戸時代、畿内多く居住し、賤民(せんみん)視された人々」とある。



77:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:23:04.60ID:r9vex0k60.net
>>1
「どうせトカナスレに違いない」と叩くつもりで来てみれば…



87:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:25:34.12ID:+hL8KS8B0.net
夙川の皮革部落に移住しただけ
芦屋で柿渋で皮なめしするために



101:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:30:04.82ID:+hL8KS8B0.net
いやまじで明治になって解放された近畿の賤民は
弾左衛門を生み出した部落の首都芦屋に集合している



102:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:30:20.18ID:ZYmNCZzZ0.net
兵庫県内にはたくさんあるけど・・・なんで今さらw



110:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:32:59.30ID:I0xv8JvS0.net
夙川って高級住宅地だけどあの地名なんなの?



112:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:33:22.42ID:+hL8KS8B0.net
もともとこの手の賤民は土地にはこだわらない人たち
良い場所がアレば何の未練もなく元々の村を捨てて移住する

土地に執着する農民とは全く異なる

阪神間の部落地域に私立学校が多いのも部落だと底の住民が土地に執着せずに学校に必要なまとまった大きな土地が得られるから



118:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:37:20.06ID:bdsfPR7A0.net
>>112
というか農民と違って職人は季節ごとに移動するってのも珍しく無いから元々定住へのこだわりもあんまり無いだろうな



122:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:39:21.04ID:aB8DlNxA0.net
カムイ伝の当初のタイトル案は「夙の三郎」

黒大豆知識な



137:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:43:35.60ID:BwvuPtWH0.net
夙(しゅく、夙の者、宿の者)は、中世から近世にかけて近畿地方に多く住んでいた賎民。
中世の非人身分が分解する際に生じ、被差別部落の起源の多くであったかわたよりも下位



139:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:44:03.33ID:lRxQcpgf0.net
https://www.kakishibu.com/kakishibu
>柿渋とは、まだ青いうちに収穫した渋柿の未熟果を搾汁し発酵熟成させたもの。
>日本では古くから、この柿渋を塗料や染料、あるいは万能民間薬として、マルチに活用してきました。
>家屋や生活道具、衣料品の耐久性を高め、防水・防虫・防腐・消臭効果を与えるなど、その効能は驚くほど多彩。
>近年は柿渋から抽出した「柿タンニン」も、健康・美容素材として注目を集めています。

よく分からないけど色んな事に使える謎の液体を製造していた集団なのか

夙-Wikipedia
>かわたの間に伝わる伝承では:
>夙はかわた村よりも下位の賎民であった。
>夙の一部はかわた村の直接支配を受けていた。
>かわた村の中には夙筋という一系列があり、一段低いものとして差別された。
>かわた村の手下となった夙は三味線・鞁弓を弾き、小歌・芝居などの雑芸能に携わった。
>などとあり『日本財政経済史料』巻八もこの伝承を収録している。
>江戸時代には夙村ないし宿村が各地に存在し、
>九州の高島における「四苦」も安政頃に穢多に改名されているが夙の者であったとみえ、
>五畿内以外にもかなり広く存在した。

夙って地名じゃなく階級的な意味なのか



148:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)15:50:47.99ID:+hL8KS8B0.net
たしか柿渋は皮なめしに使われる
明治になって大量に皮革需要ができていまでは大金持ちで芦屋の六麓荘に住んでるよ
そういう部落産業の人たちだから



174:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)16:03:49.36ID:Nuc780WeO.net
賤民って言ってもガッツリ阻害されてたわけじゃないのか
なんかイメージと違うな
なんで柿渋作ってて賤民扱いされるのかしらんが定住しなかったから?



175:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)16:05:15.40ID:ijhTKHAa0.net
>>174
小作人以上に税金を払いようがないし呼ばれて三味線や語りをするやつらだからな



223:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)16:27:00.67ID:j/Vwnysq0.net
ググったら柿渋石鹸とかあるんだな。
作ってみたいがナトリウムが怖そうw



242:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)16:33:34.68ID:6S9Jb4830.net
もうそんな事言ってたら日本中たたりだらけじゃ



245:名無しさん@1周年[]2018/09/27(木)16:35:29.08ID:rbn5MJXx0.net
天狗の仕業じゃね?



引用元:【地域】江戸時代に忽然と地図から姿を消した村。祟りを恐れ今も墓参りを続ける近隣住人たち。兵庫県篠山市
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1538027659/




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