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都市伝説・・・奇憚・・・blog

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栃木県・華厳の滝/中禅寺湖

【概要】
中禅寺湖からの地表を流れる唯一の流出口大谷川にある滝。
落差97mの滝を一気に流れ落ちる様は壮観で、日本三名瀑のひとつにも数えられている。

明治36年(1903年)5月22日、一高生の藤村操が投身自殺したのが最初の自殺とされている。その後彼に影響を受けた自殺が相次いだため、自殺の名所という評判が立ってしまった。
現在では立ち入りも難しく、自殺は「ほとんど」ない。



【解説のようなもの】
今更ここで取り上げるのもなにかなぁ、と思ったものの、取り上げないのも…というわけで、サラッと現状を記載するにとどめる。

昔から「小学生でも知ってる心霊スポット」のひとつであり、幽霊の目撃談よりは心霊写真がよく撮れる場所、というイメージの方が強いかもしれない。

実際、「幽霊を見た」というよりも「心霊写真(のようなもの)が撮れた」という話の方が圧倒的に多い。
ただ、「何か写ってるんじゃないか」と期待しつつ目を皿のようにして探せば、滝や木々、岩肌の陰影が顔のようなものに見えてくるのはそれはシュミラクラ現象である。
一つや二つ、発見できるのは目と脳の構造上仕方がないことである。

ワタシ自身も何度も足を運んでいるが、ただの観光地以上でも以下でもない印象しかうけない。
ただし、過去多数の自殺があったのは間違いなく、慰霊碑の存在がそれを今に伝えている。
観光地、景勝地だからといってむやみにはしゃいでもいい場所ではないのかもしれない。


 


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茨城県・多良崎城跡

多良崎城は茨城県ひたちなか市足崎にある、鎌倉末期から南北朝時代にかけて築城されたとされる。
天正18年の戦争で攻略され、落城している。

過去にアンビリーバボーでも紹介されたことがあるので、ご存知かもしれない。
ここでは大きく2つの心霊現象が起こるという。

・城址へ至る道は二車線道路なのに、何故かオートバイが通行禁止。それは、オートバイに限り女性の幽霊を見て事故を起こすから。

・城址でも女性の幽霊が目撃される。

しかし、反面

「何も起きない」
「ただの山で、怖くもなんともない」

という意見もネット上に多く、有名なわりに否定意見も多い珍しい心霊スポットである。



 


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茨城県・東海村の幽霊石碑

茨城県東海村の幽霊石碑。
もし読者に昭和40年以前の生まれの方がいらっしゃれば、ピンとくるのではないだろうか。

新聞や週刊誌、ワイドショーで取り上げられて一時ブームになったアレである。
個人サイト・ラウンジピュア内の『心霊現象の小部屋』に詳しいので抜粋して引用させていただく。

東京中日スポーツ昭和50年7月30日号の画像もあるので、参照されたい。
▼石碑に浮き出る顔
昭和50年7月、茨城県守谷町(当時)の公民館の広場の一角に不動明王を彫った石碑があった。(現在でもあるかどうかは未確認)。

この公民館でソロバンを習っていた小学5年生の女の子が家に帰ってきた時、
「公民館の石碑におじいちゃんの顔があった。」
と両親に言い出した。

(中略)

どこで聞きつけたのか、「石碑に顔が浮き出た」ということで、7月10日から新聞やテレビが取材に訪れた。7月30日には「東京中日スポーツ」に掲載され、その他の雑誌にも掲載され、NHKでも放送された。

石碑に浮き出た顔は人によって見え方が違う。しかし誰でも何らかのものは見える。では、自分には一体何に見えるのだろう?

(中略)

ピークの時には公民館の広場には1万人もの人々が詰めかけた。市ではその対応に追われ、臨時駐車場を作り、警察と役場の職員が交通整理をしなければならなかった。

だが整理をしても、地元の人と見物客の間で駐車場をめぐるトラブルが多発し、あちこちでとっくみ合いのケンカも起こった。地方から車でやって来た若者が人身事故も起こした。

幽霊を見に来た暴走族と暴力団が衝突した。石碑の写真を1枚100円で販売する者もいた。焼きそばとかき氷の屋台も出て、本来なら心霊スポットとなるべき不気味な場所は、お祭り騒ぎの大混乱となった。

最終的には誰かがこの石碑に塗装して顔を消してしまい、騒ぎは収まった。
ネット上でも噂になっている。
残念ながら上記の通り塗りつぶされてしまったため、現状ではこの現象は確認できないようだが、それを知らない人が訪れたがっているようだ。
625 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[] : 投稿日:2003/09/27 20:30:00
10年くらい前の話ですが東海村のお化けの石ってどこにありますか?



632 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[] : 投稿日:2003/09/30 19:27:00
>>627
ほんとに。笠松からどのくらいの所?



635 : 627[sage] : 投稿日:2003/10/01 01:03:00
>>632
マラソン道路の、笠松運動公園のゲートや駐車場のあるあたりから 1km~1.5km位日立方向に行くと、向かって右側、信号もない細い路地を5mくらい入ったところに石碑がある。

とても見通しがよいので
マラソン道路上からでもそれとわかる。
目印としては、マラソン道路の反対側(向かって左側)に食い物屋か何かがあったはず。
舟石川十字路(ガソリンスタンドのある信号)
まで行ったら行き過ぎ。

話によると「馬力神」と書いてある石碑の正面の、左半分に乳飲み子を抱いた女の人が写ってるとか。暗い中ヘッドライトで照らすとわかりやすいなんて話も聞いたけど、怖いから昼間しか見たこと無いなあ。

 


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茨城県・佐白山

茨城県笠間市ある。
心霊スポットとしては佐白山というより、そこにあった笠間城や井戸、トンネルを指す場合が多い。

この城の起源は鎌倉時代にまでさかのぼり、主な交戦としては

・真言宗正福寺と真言宗徳蔵寺に勢力争い
・正徳寺+宇都宮頼綱と徳蔵寺の戦い(正徳寺の勝ち)
・正徳寺と宇都宮頼綱の戦い(頼綱の勝ち)
・笠間泰朝と佐竹義春の戦い(笠間の勝ち)
・笠間綱家と宇都宮氏の闘い(宇都宮氏の勝ち)

以後松井松平家→小笠原氏→戸田松平家→永井氏→浅野氏→井上氏→本庄氏→井上氏→牧野貞通と主を変えている。

これだけ戦争が多ければ、まあ幽霊騒ぎもあるだろう、ということか。
『奇跡体験!アンビリバボー』で紹介され、一躍全国区の心霊スポットになったらしい。

心霊スポットとしての噂として

・トンネル内で武士の霊、または手をつないだ親子の霊がでる。
・井戸を3つ見つけると呪われる (また5つの井戸を見つけると呪われる)
・近くに池がありそこに近づくとと女の人の霊にひきずりこまれる
・井戸を覗きこむと呪われる もしくは神隠しにあう
・トンネルの中でクラクションを鳴らすとエンジンがかからなくなる

などがある…が、あまり戦争とは関係のない、普通によくある噂である…。



 


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茨城県・累ヶ淵

累ヶ淵(かさねがふち)は、茨城県常総市羽生町の法蔵寺裏手辺りの鬼怒川沿岸の地名。
日本三大怪談と言われる「牡丹灯篭」「番町更屋敷」「四谷怪談」と並ぶ「真景累ヶ淵」の舞台となった地である。

江戸時代にこの地を舞台とした累(るい、かさね)という女性の怨霊とその除霊をめぐる物語が広く流布し、そこから「累物(かさねもの」と称される一群の歌舞伎作品も生まれた。

累の物語が最初に知られるのは、元禄3年(1690年)に出版された仮名草子本『死霊解脱物語聞書』である。
『聞書』によれば、慶長17年(1612年)から寛文12年(1672年)までの60年にわたって繰り広げられた実話に基づくとされている。
下総国岡田郡羽生村に、百姓・与右衛門(よえもん)と、その後妻・お杉の夫婦があった。
お杉の連れ子である娘・助(すけ)は生まれつき顔が醜く、足が不自由であったため、与右衛門は助を嫌っていた。そして助が邪魔になった与右衛門は、助を川に投げ捨てて殺してしまう。あくる年に与右衛門とお杉は女児をもうけ、累(るい)と名づけるが、累は助に生き写しであったことから助の祟りと村人は噂し、「助がかさねて生まれてきたのだ」と「るい」ではなく「かさね」と呼ばれた。

両親が相次いで亡くなり独りになった累は、病気で苦しんでいた流れ者の谷五郎(やごろう)を看病し、二代目与右衛門として婿に迎える。しかし谷五郎は容姿の醜い累を疎ましく思うようになり、累を殺して別の女と一緒になる計画を立てる。正保4年8月11日(1647年)、谷五郎は家路を急ぐ累の背後に忍び寄ると、川に突き落とし残忍な方法で殺害した。

その後、谷五郎は幾人もの後妻を娶ったが、尽く死んでしまう。6人目の後妻・きよとの間にようやく菊(きく)という名の娘が生まれた。寛文12年1月(1672年)、菊に累の怨霊がとり憑き、菊の口を借りて谷五郎の非道を語り、供養を求めて菊の体を苦しめた。近隣の飯沼にある弘経寺(ぐぎょうじ)遊獄庵に所化として滞在していた祐天上人はこのことを聞きつけ、累の解脱に成功するが、再び菊に何者かがとり憑いた。祐天上人が問いただしたところ、助という子供の霊であった。古老の話から累と助の経緯が明らかになり、祐天上人は助にも十念を授け戒名を与えて解脱させた。

法蔵寺には累を弔った墓があり、常総市の指定文化財になっている。
また、法蔵寺には祐天上人が解脱に用いたという数珠・累曼陀羅・木像なども保存されている。
以上、wikipediaより抜粋

ということで、厳密には心霊スポットではない。
累、菊、助の墓は実在するが、この事件そのものが実話とされているがその根拠はなく、創作されたものとされるので墓自体も実在した人物の墓ではないという。

これといった心霊目撃談もなく、一般的に言う「心霊スポット」とは異なるが、観光スポットでもあるので、常総市付近を訪れた際は立ち寄ってみてはいかがだろうか。



 


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