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都市伝説・・・奇憚・・・blog

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赤いマント考(3)

2010.10.16 (Sat) Category : プロジェクト・奇憚

【赤いマント考(1)はこちら
【赤いマント考(2)はこちら

(1)ではチェーンメールを、(2)では学校の怪談をとり上げた。
最後となる今回はこれらの元ネタとも言える、昭和初期の赤マントをとり上げる。

この赤マントは、昭和初期(昭和12年代前半)に、東京で発生する。
一説には

・大阪の小学校の下駄箱に出没したと言う、下駄を履いたマントの男(昭和10年)

という噂話が東京へ伝わり、赤マントという妖怪の下敷きとなった、とも言われている。
が、「赤マント」自体が東京発祥の噂話なことはほぼ間違いないようだ。

この赤マント、子供を誘拐し殺害するだけでなく、少女の場合は暴行…レイプして殺してしまう、という話もあり、当時の子供たちを恐怖のどん底に叩き落した、学校の怪談系都市伝説のさきがけである。

時代的には口裂け女よりも早いようだ。
もちろん、この話が生まれた当初は学校もトイレも関係なく、黄昏時、さびしげな道を一人歩いていると突如現れる妖怪であったと言われる。

発生には以下のような説がある。

・東京谷中で起こった少女暴行殺人事件と、当時紙芝居の人気演目だった「赤マント」が混ざって伝播した、という説。
・少年探偵団(江戸川乱歩)に登場する「怪人二十面相」がモデルという説。
・旧制高等学校の外套がモデルという説。

近年最も有望視されている説は、二・二六事件との関連性を指摘するものだ。

東京市に怪人赤マントが現れたのは、二・二六事件の翌年、昭和12年。
この年、東京市は戒厳令下に置かれ、言論統制が敷かれていた。

この未曾有の異常事態に動揺した東京市民の集団ヒステリーではないか、という結論である。

軍部の将校が来ていたカーキ色の外套(マント)とこれらの混乱が怪人赤マントを生んだのではないか、というのだ。

確かに、噂だけで怪人赤マントによる実際の被害が出たか、と言えばNOである。
そもそも昭和初期とはいえ、旧日本帝国軍部による戒厳令下でこんな怪異な人物が暗躍できる隙があるはずもない。

外で活動できなくなった怪人赤マントはその活動場所をより弱者である小学校の学校に移し、しかも容易に逃げられない個室であるトイレに腰を落ち着けたのではなかろうか。

今のような情報社会では考えられないが、当時はテレビや電話も数少なく、必然的に情報メディアは新聞に限られる。

この頃の最大の情報伝達手段と言えば口伝であり、恐ろしい話は驚異的なスピードで、より着色されながら各地に散って行ったことは想像に難くない。

この赤マントが時代を超え、学校の怪談として定着したのはなんとも面白い話ではある。


 




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赤いマント考(2)

2010.10.15 (Fri) Category : プロジェクト・奇憚

【赤いマント考(1)はこちら

前回は『チェーンメールとしての赤いマント』を取り上げた。

今回は『赤い紙、青い紙』の派生としての赤いマントである。

赤い紙、青い紙』はやはり3年ほど前に当ブログで取り上げた。
こちらでほぼ詳細は解説しているが、補足としていくつか。

いわゆる「学校の怪談」のひとつであり、京都にあるK中学校が発祥、と言われているが定かではない。

一般的なのは「赤い紙、青い紙」だがバリエーションとして

・赤い服、白い服
・赤いチャンチャンコ
・赤いマント、青いマント
・赤い半纏、青い半纏

がある。

話の大筋はほぼ同じで、トイレに入ると問いかけを受け、間違った答えを返すと(場合によってはどう答えても)殺されてしまう、というものだ。

以下で見てみよう。

『とある夕方の小学校で、とある男子生徒がトイレに入った。するとどこからかこんな声がしてきた。 「赤い紙が欲しいか?青い紙が欲しいか?」と声がしていた。どこからかその声がするのかわからなかったが、 怖くなった少年が「赤い紙」と発言した。その瞬間に生徒の体から大量の出血が起こり生徒は死んでしまった。

後日、この話を聞いた別の男子生徒は夕方に怖いながらも我慢できずにトイレの中に入った。 すると「赤い紙が欲しいか?青い紙がほしいか?」という声が聞こえた。 これを聞いた生徒は怖がりながら「赤い紙」と答えると死んでしまうから「青い紙」と答えた。 だが、その瞬間に生徒は体中の血液を全て抜き取られ死んでしまった。』


『ある小学校の女子トイレの、4番目のトイレに入ると「赤いマントはいらんかい、赤いマントはいらんかい」と誰もいないトイレから聞こえてくるという。

ほとんどの者が恐れて飛び出して逃げるが、あるものがその声に対して、「はい、ください」と答えてしまったという。

すると、天井からナイフが落ちてこの女子中学生の背中に刺さり、その出血した血が彼女の背中を赤いマントを付けているように染めたという。』

また、学校だけでなく公衆便所に出現する「赤マント」もおり、こちらは少年少女を狙って襲い掛かり、問答無用で尻の穴から生き血を吸うのだそうだ。

その他、実は赤マントは美しい少女で、赤いマントをなびかせながら全国各地を飛び回り、その衝撃波で建物を粉砕する、という話もある。

タイでも「赤マント」という話があり、タイの日本人学校の女子トイレ、一番奥の個室に現れる。
この赤マントは怪しい男で天井から出現し、「赤いマントはほしいか」と訪ねるのだそうだ。
答えを間違えると殺されるのは一緒。
ただ、「いらない」と答えると何もせずに消えてしまうのだそうだ。

これらは単純な都市伝説、学校の怪談であり、信ずるに足る話ではない。
そもそも、女子トイレの4番目の個室に赤マント、3番目の個室に花子さんがいたら大変なことになる。

wikipediaにも項があるので、参照されたい。


 




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赤いマント考(1)

2010.10.14 (Thu) Category : プロジェクト・奇憚

昨日のこと。
私書箱に「赤いマントの詳細を教えてください」という投書があった。

一般的に「赤いマント」もしくは「赤マント」と言っても、

・チェーンメールとしての赤マント
・学校の怪談「赤い紙、青い紙」の派生としての赤マント
・昭和初期の都市伝説としての赤マント

の3種類がある。
そのどれの事を指して「赤いマント」と言っているのかわからなかったため、記載されていたメールアドレスにメールを送ってみたら…


エラーで帰ってきた(´・ω・`)


仕方がないので、ここで取り上げる事にする。
全三回程度の予定。

まずは、チェーンメールとしての赤マント。
チェーンメールそのものは3年ほど前に当ブログでも取り上げた(『赤いマント』)。

全文に関してはリンク先から読んでいただくとして、なんの根拠もない、普通のチェーンメールに比べても稚拙なものであることは疑いない。

例えば

>要するにすべての子供がこの紅いマントを持っていたということです

日露戦争が始まったのは1904年2月8日。
この時代に、すべての家庭が赤いマントを子供に買い与えられるほど裕福か、と考えればそんなことはない。

>彼が学校の近くにあるトイレに入った時

トイレではなく、近くにあったトイレ、ということは公衆便所だろうか。
この時代、公衆便所などというモノが整備されていたのか?

>はたえかねて自分の背中を持っていたカッターで挿し自害しました

誤字はともかくとして、なぜわざわざ背中を刺すのか。
しかもカッター?小刀(備後守)ではなく?

>血で染まった紅い紅いマントを着た

この時代のマントはいわゆる外套(コート)のようなもので、現在のわれわれが想像するようなマントではない。

>だってそうしたら僕と会えるんだもん。

いきなり第三者視点から本人視点に切り替わるのもお約束。

その他、諸々の矛盾点があり、どう考えてもいたずら目的のチェーンメールとしか思えない。
おそらくこのメールの作者は昭和初期の都市伝説「赤マント」を知っており、話に根拠を持たせるために時代設定を日露戦争にしたのではないか。

結論から言えば根拠を持たせるどころか失敗しているが。
そもそも、赤マントの都市伝説が生まれたのは福岡ではなく、東京である。


 




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